迷惑な客とやり過ぎ注意報で初めての喧嘩?
休憩も終わり、頑張ってくると、控え室を出る。
「ヒロ、カウンター変わって。」
亮さんがカウンターから出て、店の外に出ていく。
「何かあったんですか?」
側にいた翔さんに尋ねる。
「あの男の紹介で来た奥の客、酒癖が悪くて、ミサちゃんに絡んで亮さんを怒らせた。めっちゃ強い酒飲ませて酔い潰れさせ、やっと静かになったとこ。きっとミサちゃんを送って行ったと思う。」
「あの男も出入り禁止にしたらダメなんですか?あの男の紹介の客、碌な奴いないじゃないですか。迷惑ばかりかけて。」
「うん、今度はアウトだと思う。亮さんかなりキレてたから。」
「今までよく我慢したと思いますよ。誰の先輩だったかな?あの男。」
「吉川さん。」
「吉川さんはいい人なのに。来辛くなるんじゃないですか?」
「そうだな、吉川さんも縁切った方がいいんじゃないか?」
「亮さんが話しつけるだろう。どうなるかは亮さん次第だね。」
30分ぐらいで亮さんが帰って来たけど、吉川さんが一緒に店に入って来たことに驚いた。
吉川さんが奥の席で酔い潰れてる男を見て溜息を溢し、携帯を鳴らしている。
「鈴木さん、今時間ありますか?」
「はい、では、シャドウまでいらしてください。話はその時に。お待ちしてます。」
話が終わって亮さんに頭を下げる吉川さん。
「迷惑かけて申し訳ない。これで三度目だよね。ここまでくると態と俺を困らせたいみたいだね。亮さん、もう少しだけ時間と場所を借りるね。この埋め合わせは必ずするよ。」
「気にしなくていいですよ。」
他に客もいないし、入ってくる客もいない。多分closeの札を掛けたんだと思う。
暫くして、ドアが開いてあの男、鈴木が店に入って来た。
「急に呼び出してなんだ?」
吉川さんを見つけ、文句を言っている。
「奥で酔い潰れている男、君の知り合いなんだってね。」
鈴木が奥に行き男を確認して
「あぁ、同期の男だ。それがどうした?」
「隣のボックスにいた女性に乱暴を働いて怪我をさせたみたいでね。女性は訴えるそうだよ。君はどうする?」
「そうか、それは災難だったな。俺には関係ないけどな。」
「なるほど、君の紹介らしいが責任は取るつもりもないって事でいいのかな?」
「当たり前だろ、たかが店を紹介したぐらいで俺まで責任取ることないだろ。」
「この店は会員制で紹介ないと入れない店だって知ってるよね。紹介者は責任を持って紹介しないといけないのは常識なんだが。」
「こんなチンケな店が何が会員制だと。笑わせる。」
「私も君みたいな男を紹介した事を悔やむよ。責任も取らせてもらうしね。」
「へぇぇ、どんな責任を取るんだ?」
「迷惑料を払う事になるね。そしてお前は出入り禁止かな。」
「出入り禁止?こんな店、こちらからお断りですよ。あなたの紹介だから仕方なく来てやっただけですからね。俺にはもっと上等の店が似合ってますから。」
「そうですね、貴方の様な下品な客にはこの店は勿体無い。」
「なんだと!誰が下品だ!」
「奥の男、早く連れて帰ってください。貴方もあの男も、下品でドブの臭いがします。」
「貴様~、よくもふざけやがって!」
アッと思った時には、吉川さんは殴られて床に倒れていた。
それと同時にドアが開き警察官が入って来た。
「傷害罪で現行犯逮捕。」
あれよあれよという間に鈴木は逮捕され、手錠をはめられ連れて行かれた。
奥で酔い潰れていた男も警察官が背負って連れていってくれた。
ドタバタ騒ぎは警察が来て速やかに解決した。吉川さんもお邪魔しましたと、お詫びは後程と警察官と一緒に出て行った。
今日は早仕舞いだと、亮さんの一声で、後片付けが始まった。
俺たちは、一海達が一緒だからと先に終わらせてもらい、帰りの電車に乗っていた。
二駅過ぎたぐらいから少し混んできたのを感じ、一海とミユキをドア側に移動させ、腕で囲う。
慣れてる一海は、見上げながら龍也と話をしている。
ミユキは、恥ずかしそうに俯いたまま、電車の揺れに合わせて時々俺の胸におでこが当たる度、体をビクッとさせている。
「ミユキ、週末に映画でも見に行かないか?」
少し屈み耳元で囁いてみる。
わざとやってる事がバレバレで、少し怒らせてしまったかもしれない。
「弘樹、いじわるしないで。」
コツンと胸におでこが当たる。
「ごめん。あんまり可愛いから虐めたくなった。それで、映画は行ける?」
頷くだけのミユキの耳が真っ赤なのに気づいた俺は、ミユキの頭に顎を乗せ周りから可愛い姿を隠した。
隣からは大きな溜息が聞こえてきたが、聞こえないフリをして窓に映る笑みを浮かべる幸せな自分の顔を見つめていた。
龍也達と別れ、マンションまでの道を並んで帰る。まだ、ご機嫌斜めのようで黙ったまま俯いて歩いているミユキのつむじを眺めながら考える。
駅から離れ脇道に入ると、途端に行き交う人が少なくなり、街灯も遠くの方に見えるだけになる。
ここからぐらいだったら大丈夫かなって、ミユキの手を取り、指を絡ませる。
ビクッと驚き俺を見上げるミユキに微笑み、ぎゅっと繋いだ手の力を強める。
「何時に待ち合わせる?家まで迎えに行こうか?」
唐突に話し出した内容に見上げてくるポカンと半開きに開いた口、微かに覗く舌が可愛くてエロい。
俺は悪くないと思う。
そんな可愛い顔で見上げてくるから、チラッと見えるピンクの舌が俺を誘うから、外だけど、道のど真ん中だけど、我慢ができなかった。
腕の中に抱きしめ、唇を塞ぎ、舌を絡めミユキが背中を叩く手がダラリとするまで容赦なく貪ってしまった。
立っていられなくなったミユキを抱きかかえ、必死で顔を隠すミユキが凄く可愛い。
ミユキの部屋の前に辿り着きそっとミユキを降ろす。鍵を開けドアが開いて入っていく姿が拒絶されているように思えて焦ってしまう。
「俺も入っていい?」
「うん。」
「ごめん。怒ってる?嫌いになった?」
「馬鹿、嫌いになんかならないけど、もうしないで、あんな事は。」
「ごめん。誰もいなかったから安心して。」
「それでも、しないで外では。恥ずかしいからね。」
「わかった。今は?」
ドアが閉まった玄関で腕の中に囲い、許しを待つ。
俺を見上げる潤んだ瞳、濡れた睫毛。
そっと瞼に口づける。
「ホントにごめん。許して。」
「怒ってないよ。コーヒー飲む?」
「ありがとう。」
手を繋ぎリビングに入った俺たちは、その場に立ち尽くした。
今さっきまでの甘い雰囲気は跡形もなく消えていった。
忘れていた、散らかしたまま出かけた事を。
仕方なくコーヒーはまた今度にして、二人仲良くお片付けをする事にした。