突然の告白
久しぶりのライブもいつも通り常連さん達と和やかで落ち着いたホッとする時間を共有できた。
初めての舞台でのセッションもミスをする事なく終えれた。
だが、カクテルの方は、まだまだ修行が必要だと苦い笑みを頂いた。
料理は抜群だと褒められたのに、ガックリと肩を落としていた俺に
「まだまだ時間はたっぷりあるよ。」と慰めの言葉も追加で貰った。
バイトの忙しい時期も乗り越え、いつもと変わりない学園での日々が過ぎていた。
筈なんだが、近頃は
「草薙さん、お昼を一緒に食べませんか?」
何故だか知らないが、昼時になると女子から昼を一緒にと誘われる事が度々ある。
「悪いが昼は弁当なんだ。友達と食べる約束してるから申し訳ない。」
「そうなんですね。気にしないでください。それではまた。」
ちょこっと頭を下げて走って行ってしまった。
なんか断り方が拙かっただろうか?よくわからない。
四月頃はまだ俺の周りに近づこうとする者は少なかったのに、何故か最近は、昨年頃のようなピリピリとしたオーラが無いからなのか声をかけられる事が増えたように感じる。
そういえば最近、巻き込まれる事も少なくなったよな。
龍也達も俺の世話を焼く必要が無くなり、生徒会に入って忙しくしている。
監視がなくなった事に俺は、
「やっと自由を手に入れた。」
などと龍也に嬉しそうにしてたら
「また、やらかしたら今度は監視だけじゃすまないと思うから気をつけた方がいいよ。」
と、釘を刺されている。
それでも昼にはテラスで三人弁当を広げる事が多い。
たまに、今日みたいに龍也達が生徒会の方で食べるとLINEがあったりもするが。
そんな時は、屋上で一人ゆっくりと過ごすに限る。
陽射しが強くなり、日陰の少ない屋上には誰も来ない。
だから、静かでいい。
だが、今日は先客、加納が給水塔の影で寝ていた。
風が少し伸びた髪を躍らせている。
遠目には気持ち良さそうに寝ているように見える。
なのに、側によると彼の頬には涙の後、瞼にはまだ雫が残っていた。
静かに横に座り込み、俺は弁当を食べることにした。
何故かは自分でも解らない、ただなんとなくそうしたいと思った。
加納が眼を覚ました時、一人にしたくなかった。
いつ目覚めるかなんて知るもんか、それでもそれしか思いつかなかった。
弁当を食べ終えても加納は目覚めそうにない。
風が気持ちよく昼寝には丁度良い。
6時限目は確か体育だったな。
体を動かしたくないな~と、俺も加納の隣に横になった。
青い空と白い雲、心地よい風、睡魔が訪れるには時間はかからなかった。
遠くで野球部の掛け声が風に乗って聞こえてくる。
覚醒前のぼんやりした頭で、放課後まで寝てしまったか~、と重い瞼を開けた俺の視界には瞼を閉じて近づく加納の顔が写った。
そして、俺の唇にそっと触れる唇の感触を残し離れていった。
慌てて目を閉じ、気づかない振りをする俺の胸に重みを感じ、わずかに体を起こしてみる。
俺の胸に頬を預けたまま、
「起きてたんだろ?何故逃げなかった?嫌じゃないのか?男に寝込みにキスされてるのに。」
加納は顔の位置を変え、俺に視線を合わせ尋ねてくる。
「たいした事じゃない、感情が伴わないキスなど、今更だ。」
「じゃ~、もっとしてもいいって事?」
俺は、加納の視線から逃れ空に目をやる。
「好きにすればいい。但し、ここでは遠慮したいな。」
俺の返事を聞き、加納は体を起こし笑い始めた。
「おかしいことを言うね。」
「場所を変えたらキス以外の事もしてくれるの?」
「……..」
返事のしない俺に加納は、
「どっちなの?」と聞いてくる。
俺は、腕を頭の上に伸ばし、勢いをつけて上体を起こしながら、隣に座る加納に
「何がしたい?俺とセフレにでもなりたいのか?」
「違う、僕は弘樹の事が好きだから。してみたいと思っただけ。」
「好きって俺たちの接点なんて無かったと思うが?」
「僕は、中等部の三年に転校してきたんだ。そしてあの雨の日からずっと見てたよ。」
「雨の日っていつのだ?気づかなかったよ。」
「そうだよね。弘樹はその頃はかなり荒れてたもんね。でも、雨の中怪我をした猫を抱えて病院まで走って行っただろ。」
「あぁ、あの時か。あの猫どうしてるかな?」
「元気にしてるよ。やんちゃで困ってる。」
「えっ!お前が引き取ったのか?」
「違うよ。あのマンションペット禁止だろ。飼えないじゃん。だから、前の学校の友達にお願いした。」
「そうか、元気にしてるならいいや。」
「写真あるよ。見る?」
「おぅ、見る。」
加納が携帯を操作してる姿が楽しそうなのが、何故だか解らないが俺まで嬉しい気持ちになってる。
もう、加納が泣いてなくて。
「これだよ、見て可愛いだろ!」
「でかくなってないか?」
「もう、何ヶ月たったと思ってるの?大きくなるのなんて早いんだよ。」
「そうなのか?」
少し、頬を膨らませる姿が可愛くて無意識に頭を撫ぜていた。
「何?僕、子供じゃないよ。」
頭を撫ぜた俺に講義する加納は何故か泣きそうな顔をしている。
今度も無意識に抱き寄せていた。
「何?どうして?」
「何故だろうな、お前が泣きそうだから。」
「泣いたりしないよ。バカだなぁ。」
「そうか?いいじゃないか。お前、抱き心地いいから。」
「バカじゃないの?」
俺の胸でくすくす笑う振動が伝わってくる。
でも、いつの間にか笑いが泣き声に変わっていた。
陽が暮れ始め少し風がひんやりとしてきた。
加納の暖かさが心地よく感じて、離したくないと思ってる自分が不思議だ。
「ねぇ、僕の事好きになれそう?キスはしたから、その後も出来そう?」
「そうだな。ゆっくり試してもいいかもな。」
腕の中の加納が顔を上げ俺を見つめるから、ぷっくりとした唇が目の前にあるから、
啄んでみた。
飴でも舐めていたのか?甘いなぁと思った。
だから、もっと味わいたくなっただけ。
啄んでいた筈が、いつの間にかお互い舌を追いかける様に深く絡め合っていた。
風に煽られた何かがカタンと音をたてるまで。
ビクッと加納の肩が揺れ、慌てた様に俺から離れると立ち上がり屋上から姿を消した。
後に残された俺は、ズボンの膨らみに大きな溜息と共に頭を抱えた。
また、カタンと音がする。
誰もいない筈の周りを見渡し、そして、加納が出て行った扉をぼんやりと眺める。
「俺の事好きって言ってたよな。キス以外もしたいと言っていたが本気なのか?」
軽い言葉で俺を誘う加納の揺れる瞳が俺を捉えて離さない。
俺は、どうなんだろう?
キスは、嫌どころか止め時が解らない程良かった。
だからといって好きなのか?
気にはなっていた。
ふとした時に思い出しては考えていた。
だから、なんだと言うんだ。
解らない。
こんな気持ちをどう処理していいのか、今は考えるのを止める。
そんな思いを大きく伸びをする事で排除して屋上の扉を抜け、教室に向かった。
荷物を持ち、加納の教室に向かった。
だが、教室には何人かのクラスメートが雑談に花を咲かせていたが、その中には加納の姿はなかった。
自転車置き場かな?と思い鞄を抱え、向かったがそこにも加納の姿はなかった。
仕方なく一人自転車を走らせながら、またあの瞳を思い出していた。
マンションのエレベーターの壁に背を預け、ため息が自然と溢れる。
思考を切り替え、バイトに行くために、家に帰ってからする事を思い浮かべていた。