道化師と一人の観客の運命の出会い
四季のある日本、それだけで得をした気分になる。
その日一日をただ過ごしているだけなのに、目に映る季節ごとの見せる背景、それは絵画を楽しむより俺の心を踊らせる。
だが、否応なく過ぎゆく時の速さを感じさせてもくれる。
最近では一人でいる事に慣れたのか、それとも慣れたフリで気持ちを誤魔化しているのか自分でも解らない。
自分が立てた音以外にこの部屋の静寂を壊すものはない。
日常の忙しさに追われ、寂しいと感じている時間が少なくなってはきている。
それでも時折、賑やかな場所から抜け出した瞬間に寂しいとふと感じてしまう。
また、独り言が増えてる自分に気づき落ち込んだりする時もある。
薄れていく記憶から家族の想い出を探し、手を伸ばし家族の温もりに触れたい。
家の中を話し声で満たされていた取り戻す事の出来ない日々。
今日の様なシトシトと降る雨はそんな想いを思いだすから好きになれない。
明日は高校の入学式だというのにテンションは下がっていくばかりだ。
出来ればこの雨が止んでくれると有り難いと窓ガラスを雫が流れていくのを眺め思う。
家族の想い出が有り過ぎる家は、一人でやっていくと決めた俺には重荷にしかならない。
だから、この想いを切り捨て、一人用のマンションに移り住んだ。
まだ寂しく感じてしまう弱い自分を誤魔化しながらも生きて行く為に。
あの頃はまだ、灯りの見えない夜道をフラフラと歩いている様な生活をしていた俺。
朔也さんにジャズバー『シャドウ』に連れて行かれ、働く場所と機会を与えて貰えた。
あの日、オーナーの木島亮と出会い、一人ではない、甘えても良い相手が側にいる事に気付かされた。
巻き込まれ体質の俺が、度々の怪我に周りは監視の目を強める中、俺は心の許せる相手と偶に緩やかな時間を過ごす日々に満足している。
バイト先である『シャドウ』は俺のオアシス。
そこで過ごす時間は砂漠での水であり、俺にとっての生きる糧だ。
だから、入学式を明日に控えていようが店で常連さんと過ごす時間の方が有意義に感じる。
なのに亮さんに明日は入学式なんだから早く帰れと、追い出されてしまった。
珍しく緊張していたのか、仮眠ぐらいの短い睡眠しか取れず、落ち着かない時間を持て余している。
かなり早い時間だが、試験の日に桜が咲いたら綺麗だろうと思っていた裏庭に、門を飛び越え向かった。
桜は、八部咲きぐらいだろうか。立ち尽くす俺の周りを風に吹かれ花びらが舞って最高の時間を過ごせた。
退屈なだけの入学式を追え、教室に引き上げた先で、腕を思いきり掴まれ格好悪く尻餅をついていた。
睨みあげる俺の視線を、へらへらと笑いながら手を合わせ謝っている姿に怒りが湧く。
今朝俺をクッションにした男との再会である。
朝、早めに家を出た俺は踊り場で、階段から降ってきた人間に見事にクッションにされた。
俺がいつまで乗ってんだと叫びそうになった時、
「はぁ~、助かった~」
と、のんびりした声が聞こえてきた。
だが、俺に馬乗りした人物は相変わらず俺の上だ。
「退け!」
「え!」
「え!じゃない!、退け!」
「あ~ごめんごめん」
俺は制服の汚れを払いながら、改めて声の主を見た。
同じ制服みたいだ。
だが、俺より20センチは下にある顔は中学生にしか見えない。
ポカンと俺を見上げてるだけで、何も言いそうにないので、俺は、視線を逸らし一人階段を降りた。
今度も、こいつは俺を・・・。
周りは喧嘩が始まると遠巻きに眺めているから、怒りが冷えていく。
立ち上がり全ての視線を無視して、教室のドアをくぐる。
見物人からは、ホッと安堵のため息が背中に聞こえ、それがまた俺を不機嫌にする。
学校が始まったのもあり、バイト先を出る時間も早くなった。
睡眠時間が増えたせいだろうか、鳥の囀りに心地良い目覚めである。
目覚ましから起きろのサインは出されてはいないが、窓から差し込む日差しが起きる時間が近い事を教えてくれる。
「仕方ない、起きるか~」
声に出して、自分に勢いをつける。
自分に言い聞かせるような独り言が、最近多くなってきた。
「今日は早く起きてしまったし、自転車で行くかな 。」
俺は、簡単に朝食を済ませ自転車置き場に向かった。
自転車置き場には先客がいた。
階段から落ちてきて俺をクッション代わりにした男、加納美幸が地面に四つん這いになって、植え込みに頭を突っ込んでいる。
「そんなところに座り込んで何やってんだ。」
加納は、植え込みから顔を上げ、状況とは不似合いなにこやかな声で、
「あ~、おはよう。」
「だから、おはようじゃない。何やってんだ。」
「うん、落とした自転車の鍵を、蹴飛ばしちゃって・・・」
俺は、その言葉を聴いて、ため息をついた。
俺は自転車に跨り、
「後ろに乗れ!早くしろ!」
彼は、ぽや~と真昼の行灯みたいな表情で、俺を見上げたまま動かない。
「いい加減にしろ!ちゃっちゃっと動け!」
「はい!」
彼は、弾かれた様に後ろに飛び乗った。
「鞄は置いていくのか?」
「あ~忘れてた~」
何とも呑気な声の後、はははと作り笑いをしながら、鞄を抱え後ろに戻ってきて、俺の腰に腕が回る。
俺は、それを確認して、自転車を走らした。
何故、俺もこいつを後ろに乗せているのか、自分のとった行動がわからない。
それにこの男の謎さが気になって仕方ない。
『こいつは何なんだ。宇宙人か~。俺には理解できん。』
心の中で叫びながら、ペダルを扱ぐ足に苛立ちが乗り移ったように力が入る。
「はや~い、はや~い、弘樹すご~い。」
(弘樹だと?いつの間に呼び捨てにしゃがって!)
俺の苛立ちなんか知ってか知らずか、脳天気な歓声が風に流されていく。
脱力と苛立ちを乗せ、一路自転車は学園まで疾走したのは、言うまでもない。
同じマンションだからと加納と仲良くなることもなく、俺の生活は、カセットテープがリピートし続けるように過ぎていくだけだった。