2.5次元
私はむこうの世界に焦がれている。
むこう。現実じゃないと言われる場所……。
物心ついた時から本の虜だった。初恋の相手は漫画のキャラクターだった。映画の中ほど美しい光景を知らないし、アニメに出て来るような友達が欲しい。
あんなのはファンタジーだ、お伽話だ、幻想だーー、人は色々な言葉で言うけれど、私にとってはむこうこそが現実なのだ。それ以上に感じられるリアルがこの世にはない。
親は信じられないし、兄は私を馬鹿にする。友達も恋人もこっちの世界には一人もいない。
だからなのだろうか? 私はこの世界を偽物だと感じる。自分がいるべき場所はここじゃないと強く思う。
一体何が正しいのか? 感覚か? 世界か? 想像か? 実存か?
考えて、考えて、考え続けて、私は結論を出した。だから今、13階立てのビルの屋上にいる。
私は手すりを乗り越えた。その手すりを後ろで握り、風しかない空間に身をさらす。体重を支えているのは足のかかとだけ。そのまま体を前に倒していって、私は飛び降りた。
どうか神様。私を私がいるべき世界へ送って下さい。そう強く願いながら。
◇ ◇ ◇
全てが真っ白になった。
遠くから声が聞こえてきた。
「おーい、あいつがかえってきたぞー」
ゆっくりと目を開けると、見たこともない場所にいた。白い霧が薄く辺りを包み込んでいる。横から何かが近づいて来る奇妙な音が聞こえた。
「大丈夫?」
私は助け起こしてくれた相手を見た。それは青いネコ型ロボットの彼だった。
そんな、まさか!……でも、お腹にちゃんとポケットがある! 本物だ! 驚きのあまり私が声を失っていると、周りに人が集まってきた。
「飛び降りるなんて勇気があるね」稲妻形の傷がある魔法使いの少年が言った。
「自殺することは呼ばん、勇気とは!」およそ800歳の小柄で緑の騎士団長が頑固そうに叫んだ。
「オメェ、いきなりけぇってきたから、オラ達おでれぇたぞ!」金髪にかわる黒髪の武道家が言った。
「ここはどこ?」私は彼らに訊ねた。「帰ってきたってどういうこと?」
「ここは我々の世界だ」顔に斜めの傷がある無免許医が言った。「そして、君が元々いた世界でもある」
それだけで説明は十分だった。答えがすとんと落ちてきた。
私は間違っていなかったんだ! 私がこちらの世界に惹かれていたのは必然だったんだ。なぜなら、私はその一員だったのだから!
興奮が体を駆け巡る。歓喜で胸が爆発しそうだ。
私は周囲を見回した。すぐ近くに初めて読んだ本の主人公がいる。少し離れたところに初恋の彼もいる。みんなみんなよく知っているキャラクター達ばかりだ。ここが、この場所こそが私の……!
そのとき、ふと疑問が湧いた。
「ねえ、私は元々、この世界にいたのよね?」
「そうだよ」
「なら、どうして私はあっち、つまり現実の世界にいたの?」
集まった人達は互いに顔を見合わせた。私が何が変なことを言ったみたいに。
「あなたが自分で行くって言い出したのよ」5月を意味する名前をもつ姉妹の一人が言った。
「私が? 自分で?」全く意味がわからなかった。私がそんなこと言うわけない。だって、あそこは私の世界じゃないんだから。
「憶えてないの?」5月の妹が心配そうに言った。
「しっかりしてよ」ネコ型ロボットの彼が言った。「君がどうしてもこの世界から抜け出したいと言うから、みんなで奇跡を起こして、君を送り出したんじゃないか!」
私はそこにいる人達の顔を、もう一度見た。みんな、何か私に言いにくいことを隠しているような表情をしている。
何かがおかしい。
「……どうして私はそんなことを言ったの?」おそるおそる私は訊ねた。
大きな丸い耳をしたネズミの彼が進み出てきて、言った。
「それはね、ハハっ! ここに君の居場所がなかったからだよ♪」