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act.8 ガラスの靴をうばわれて。






「よし。あゆは今から腹がいたくなれ!」



なにその命令。

魔法の呪文か何かなのだろうか。


突然、指先が向けられてそんなことをいわれたけれど、残念ながらあたしのお腹はいたって正常。


「ムリなんですけど。どう考えても健康だか、」

「くっ、」


またもや隣で岡崎くんがふき出す。

このキングオブ笑い上戸め。


いったいいまの会話のなにがそこまでツボに入るのか、さっぱり理解できない。

むしろこの会話の流れから、おかしいのは村田くんでしょうが。


「違う、違う。村田は俺の提案にのったってことだよ」

「は?」


意味がまったく分からない。


提案っていうのは、いっしょにいようとかいう爆弾発言のことであって、それとこの呪文がいったいどう結びつくのだろう。

ぐるぐるとその意味を考えていれば、村田くんがいきおいよく立ち上がって手を差し出してきた。


きらきら。

きらきら。


甘ったるいひかりが、頭上で笑っている。


「いっしょに、いこう」


そのセリフに反応できずにいると、今度は反対側で立ち上がる音がした。

首を動かせば、岡崎くんの手がそこにあった。


「長田さんは腹痛で早退。俺たちはサボり。お膳立ては完了だろ?」


日陰の校舎裏がこんなにまぶしいのはどうしてだろう。


つながった言葉の意味。

冗談みたいな、でも冗談じゃなかった提案。


教室にはもう戻りたくなかった。

お腹は痛くないけれど、ウソをつくくらいの演技はできる。

ナカちゃんをだますみたいで、胸は痛むけれど。


なんで、あたしなんだ。

からかわれているんじゃないのか。


疑問は尽きることはなくて、でも。


「……腹痛より頭痛のほうがいい」


差し出されたふたつのてのひらを、跳ね除けることなんてできなかった。







「早退とか、はじめてした」

「マジ!? あゆはマジメだなー」

「アタリマエだろ。お前はサボリすぎ」


まさか三人で校門を出るわけにも行かず、先に抜け出したふたりのあとを追うようにあたしも学校を後にした。


ウソの頭痛は見抜かれていたのか、そうではないのか。

保健室で頭を押えて帰りたい、と口にしたらあっさりと許可が出た。


ナカちゃんはいつものように笑って送り出してくれたけど、やっぱり気付かれていたような気がしてならない。

あたしが教室に戻らなくてもいいよう、担任にカバンを持ってこさせた采配はさすが魔女と言わざるを得なかった。


お昼すぎの外はやけに蒸し暑くて、二人はシャツの前ボタンを開け放って歩いている。

村田くんはいつもそんな感じだけれど、岡崎くんのそういう姿はなんだか新鮮だった。

優等生的なイメージが強いせいかもしれない。


学校指定のカーディガンを着込んでいるあたしは、うっすらと汗ばんでいて、まとわりつくスカートも長すぎる髪もうざったくてしかたなかった。

メガネが顔に張り付くようで、それがますます気持ち悪い。


「あつ……」


何気なく、メガネに手を伸ばした。

軽い音がして、覆われていた部分が空気に触れる。

これだけでもだいぶ、涼しい。


ついでにレンズの汚れでも拭いておこうとカバンを持ち上げれば、左右にいたはずの人影が消えてしまったことに気がついた。


「んー!」

「へえ」


先を行き過ぎてしまったのだと思い、振り返る。

その先には、なぜか足を止めているふたりのにやにやとした笑いがあった。


いったい、何なのだろう。


「なに?」


足を止めて、疑問をそのまま投げかける。

男二人が道端でにやにや笑って、気持ち悪いことこのうえない。


初夏の風が頬を通り過ぎて、長い髪が重たげに揺れる。

低い位置で結んでいるから、首筋がじっとりと汗ばんでいる。


結い上げておだんごにでもしたほうが涼しいと、そんな余計なことを考えていた矢先。

ようやく問いに対する答えがもたらされた。


「久々だと思って。メガネなしの顔」

「だよな! オレ、やっべーコーフンしてるし」


その瞬間。


あたしは間違いなく全身から汗をふきだしたに違いない。

髪の毛からつま先まで汗ばんで、呼吸すらできなくなった。


手から滑り落ちたダテメガネ。

そんなわけないのに、指先がフレームの赤に染まっているように思えた。


そうだ。

いまあたし、メガネしてない。


地面で跳ねるプラスチックの音。

レンズが太陽をうつして、強いひかりが跳ね返って視界をくらませる。

同時に思考までもが混乱の渦に飲み込まれていく。


落としてしまったんだから拾わなきゃいけないのに。

拾って、さっさとかけて、ばかじゃないとかなんとか言ってやればいいのに。


それよりも、久々ってどういうことだ。

岡崎くんとは二年から保健委員で一緒になって、村田くんとはついこのあいだ知り合ったばかりなのに。


なんで、このふたりはメガネをかけていないころのあたしを知っているんだ。


「長田さん、目悪くないんだろ?」


歩き出した二人が迫ってくる。


動けない。

顔が、カラダが、全部が熱くて、ごちゃごちゃして、声もでない。


「じゃ、今日はメガネぼっしゅー。な!」


足元に伸びる手がメガネを拾い上げて、そのポケットに隠してしまう。


返して、とそういえばいい。

それなのに、どうして声が出ないんだろう。


「このままどこか行っても、パクられるのがオチだよなあ」

「じゃあ、いつもの場所でいいんじゃないか」


通り過ぎていくふたり。

動けないあたし。


メガネを外せなくなって、しばらくがたつ。

もう、卒業するまでこのままなのだろうと思っていた。


地味で目立たなくて、空気みたいな存在。

手にしたのは平凡で平穏な日常。


それで、かまわなかった。


「あゆ」

「長田さん」


正面で呼ばれたのは、自分の名前。


きらきら。

きらきら。


空高くのぼりつめたおひさまから、こぼれて降りそそぐ。


「め、めがね、かえし、て!」


最後の悪あがきとばかりに、力のない抵抗。

でもそれは、やっぱり無意味な結果に終わった。


「やーだよ。だって、あゆかわいいし」

「俺たちの前くらいはいいんじゃない?」


混ざり合うふたつの声に、熱が上がる。

カラダの内側からどろどろと、溶けてしまいそうな感覚がした。






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