act.7 「いっしょにいようよ。」
「ということで!」
「長田さん、一緒にメシ食わない?」
かみさま。
どうか、あたしに拒否権をください。
もう夏だというのに、校舎裏は建物に生み出された影によってひんやりとしていた。
体育館に続く渡り廊下を脱線して外へ抜ければ、そこにはさびついたフェンスとその奥に広がる草原。
そして、あたしたち三人以外はだれもいなかった。
「こっちこっち! ここはあったけーから!」
この場所の常連らしい村田くんは、一足先に駆け出して手を振っている。
ちょうどそこは校舎と校舎のすきまに位置していて、やわらかい陽のひかりにあふれていた。
上履きで踏みしめた土の感触は気持ちのいいものではなかったけれど、乾いているから汚れる心配はないだろう。
ため息で返事をして、重すぎる足をゆっくりと前に進めた。
「で、イジメられた?」
「おかげさまで」
パックジュースのストローをくわえた岡崎くんが、口の端に笑みを浮かべて質問を投げかけてくる。
あんな形で教室に迎えに来たのは、やはりわざとだったらしい。
本当にこの男は性格が悪い。
まあそうでもなければ、あの村田くんの友達なんてやっていられないのだろうけど。
「もう教室、戻りたくないんですけど。どうしてくれんの」
うらみつらみをこめて、左隣の彼をにらみつけてやった。
二人に引きずられるまま教室を出たときの、あの視線。焼き尽くされんばかりのレーザービーム砲。
思わず背中に悪寒が走って、身震いを起こす。
しかし、そんなあたしの状態なんてお構いなし。
岡崎くんはその作り上げられた鉄壁の笑顔を崩すことなく、とんでもない爆弾を投下してきた。
「じゃあ、俺たちとずっといっしょにいようよ」
「は!?」
突然なにを言い出すんだ、この男は。
そんな考えがあからさまに顔に出ていたのだろう。
岡崎くんがストローから口を離して、盛大にふきだした。
「長田さん、ウケる、」
あんたがひとりでウケてるだけでしょうが。
突っ込む気力もうせて、ツボに入ったらしい彼を置いて先に進んだ。
あの爆弾発言はなかったことにしよう。そうしよう。
ありえない。
というか、絶対ムリに決まっている。
このふたりと行動をともにするなんて、悪いけどこれっぽっちも考えられない。
「大地ー? なに笑ってんだよ?」
「しらない」
村田くんの待つ、日あたりのいい場所へたどり着く。
そっけない返答をして、フェンスの下にわずかばかりに流されたコンクリートに腰を下ろした。
見上げれば、空の青に溶ける白。
風に吹かれてはちぎれていく雲に、目を細める。
「天気、いいなー」
右隣に腰を下ろした村田くんが空を見上げてのんきな声を出した。
色の抜けたような髪が、ひかりを受けてきらきらとまぶしい。
いまさらながらに思う。
なんで、このひとの隣にいるんだろう、と。
本来ならばあたしは、この背中をあずけたフェンスの向こう側にいるべき人間なのに。
「ああ、笑った笑った。長田さんには置いていかれたけど」
「お前、あゆのこと笑ってたのかよ。シツレイなヤツだな」
左隣に岡崎くんが腰を下ろすものだから、必然的にあたしが真ん中になってしまった。
なんだ、この位置関係は。
とてつもなく居心地が、悪い。
こんな光景を見られたら、今度こそただじゃすまないだろうに。
左右との距離はわずか数十センチ。
手を伸ばしたら触れてしまいそうなこの距離に、身を縮める。
徐々に上がっていく温度にむせ返りそうな熱を覚えた。
こんなに暑いのは、きっと夏のせいだ。この二人なんて関係ない。
「あゆはこんなにかわいいのに」
きた。
またこういう発言をさらりと、この男は。
否定するのもばかばかしくなって、お弁当の包みをヒザの上で開いた。
自分よりもかわいい顔をした男に、かわいいなんていわれても信憑性がない。
それに、いい加減こういうのにも慣れてきたような気がする。
慣れざるをえなかったのだけれど。
「そういう意味じゃないって。ただ俺が提案したら、すごい顔して驚いてたもんだから」
すごい顔とか言っている時点でフォローになってない。
それに驚くようなことをいった岡崎くんが原因であって、あたしに罪はない。
取り出したフォークを握り締めて、卵焼きに突き刺した。
隣でバカ笑いしていた男に向けたつもりで。
「テイアン?」
「そう。俺たちとい、」
「ちょっと、余計なこと言わないで! どうせ冗談なんだから」
卵焼きを口に運ぶ前に、岡崎くんの言葉を制した。
冗談を冗談だと確実に受け止められない男がいるというのに、余計なことは言わないでほしい。
面倒なことになったら、あたしが困る。
卵焼きを突き刺したままのフォークを振り上げて、岡崎くんに顔を向ける。
彼は一瞬、口を閉ざしたものの、すぐさまその口元を緩めた。
「冗談じゃないつもりなんだけどな」
その言葉に反論できなかったのは、岡崎くんが距離を縮めてきたからで。
なおかつ、フォークをつかんでいた手首が掴み取られたから。
引き寄せられた右手。
隠れていく、黄色と銀色。
フォークをくわえたのは、にやけたその口だった。
「なっ、」
「ごちそうさま」
消えてしまったあたしの卵焼き。
低音ボイスとその行動に動揺しまくりの心臓と体温。
いま、いったい何がおきたんだろうか。
顔面に集中砲火。こもっていた熱がのぼりつめていく。
「ずりぃ!」
反対側で子どもが泣き出したように声をあげた村田くんが、腰に腕を回してきた。
そのまま引っ張られて、腕の中に抱きかかえられる。
「あゆのモンは全部オレのだからな!」
肩口にのせられた顔。
甘ったるいあの声が耳をくすぐって、やけどしそうなくらい熱くてたまらない。
どこかの俺様なアニメキャラが似たようなことをいっていたような気がするけど、こんなのはただのだだっこにちがいない。
というか、この状況はいったいなんなんだ。
とにかく、ヒザの上のお弁当がいまにも落ちてしまいそうで、それだけが心配でたまらなかった。