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act.6 灰かぶりから、シンデレラ。






『あの、これ岡崎大地くんから頼ま、』

『長田あゆみサン』

『は、い?』

『どうか、オレを――』


なんで名前を知ってたのか、とか。

差し出した手紙にこぼれそうな笑顔を浮かべた理由とか。

最後の一文の意味とか。


長いスカートのポケット。乾いた音。


いつもいつも、くり返す。

寝てもさめても、あの日、あのときの校舎裏での出来事を。


そして、いつも思う。

かならず、そこにたどり着く。


どうして、あたしなのか、と。






「ねえ、長田さん。最近あのふたりと帰ってるよね?」

「あの村田くんと仲いいの? 同中だったりとか? いいなあ」

「タカヤと大地をはべらせて帰れるって、ハーレムみたいじゃん。うらやまなんだけど」


自分の席に人垣ができるって、こういう機会でもない限り絶対にありえない。

なんて、黄色い声と化粧くさいにおいに包まれながら思った。


地味で空気なあたしがクラスの中心部にいるような子たちに囲まれているのはさぞかし異様な光景だろう。

ヘタするとイジメとか思われているかもしれない。


ここ数日、保健室に三人でいることが多くなった。

その流れで帰りも一緒になっているだけだというのに、この情報網はいったい何なのだろうか。

さすがは天下の女子高生。手放しで拍手を送ってやりたいところだ。


「タカヤにあゆとかっていわれてるよねー。あたし一応元カノだからさ、なんか気になっちゃって」

「え、名前呼びなの? ほんと、なんでそんなに仲良いの?」


それはあたしがいちばん聞きたいことです。

そう言えたらどんなに楽か。


残念ながらこの状況下で、あたしにそこまでの度胸も度量も勇気すらも存在しなかった。


「いや、あの、ぜんぜん、仲とか良くない、から」


あほか。


思わず胸の内で自分の声に突っ込みを入れてしまった。

緊張丸出しで、萎縮しまくっているノドはまともな音すら発することができない。


女子の集団がいると、それだけでむやみやたらに緊張する。

自分がその標的となるとなおさら。


気の利いたことも言えず、うつむいて長すぎる髪で顔を隠す。

吐き出されたため息で、相手のココロの声が読み取ってしまえそうだ。


こんな“つまんない女”で悪かったな。


とにかく、今後一切あのふたりには近寄らないようにしよう、そうしよう。

保健室には行かない。近づかない、近寄らない。放課後はさっさと帰る。

そうすれば、こんなのすぐにおさまる。


言葉を飲み込んで、感情を飲み下す。

これまでもそうして過ごしてきた。

慣れた作業にためらいなんてこれっぽっちもない。


こうして黙っていれば、すぐに離れていく。

そうやって平穏な日常を作り上げてきたのだから。


「そういえば、なんでメガネかけるようになったの?」


そう思っていたのに。

相手は思いもよらない変化球を投げてきた。


その発言に思わず顔を上げれば、覚えのある笑いがあたしを見下ろしていた。


「あたし、同じクラスだったっしょ? 覚えてるよね」


何かが、背後から、音を立てて遠ざかっていく。

二重まぶたの大きすぎる目が、凍りついていくあたしをうつす。


「なに、一年ときいっしょだったの?」

「うん。長田さんて、最初メガネかけてなかったよね。二年になってから? あ、一年の後半からだっけ?」

「岩槻ぃ、あんた空気扱いすんのヤメなよ。カワイソウじゃん」


笑い声が、耳に、ささる。

突き刺して、貫いて、風穴を次々とあけていく。


「だって、前と違うんだもん。キャラ作ってるのかなと思って」

「じゃ、あのふたりって長田さんみたいなタイプがスキってこと?」

「あたしもメガネかけたら、かまってもらえたりすんのかな」


下品な笑い声に、鐘の音が混ざった。

離れていく短いスカートの群れ。

すかすかとあいてしまった穴を通り抜けていく、風。


メガネに手をかけて、ゆっくりと外していく。

こんなものであのふたりが近づいてくるのなら、この学校中のメガネ女子はみんな餌食になっているだろうに。


ぼやけることないはずのその視界がにじんでいたのは。

こみ上げてくるものをいつものように飲み下せないせいだった。






** *






きっかけなんて、ささいで単純。

だけど。


「あ、似合うね。かわいい!」

「ほんとだ。あゆみちゃん、すごく似合うよ」


そのヒトコトは、あたしにとってなによりも大きなものだった。



一年の終わりのころ。

クラスの友達と一緒に帰りながら立ち寄った駅前の雑貨屋。

スカートの長さにリボンの位置、マスカラくらいなら大丈夫とか、そんなたわいもないことを話しながら店内をめぐっていた。


あの頃。あたしも人並みにそういうことに興味があった。

もともと顔立ちが地味なのが気になっていたから、きっかけみたいなものが欲しくてたまらなかった。


高校デビューなんて大層なものじゃないけど、ちょっとした変身願望。

だんだんと変わっていくクラスメイトの姿に、いつか自分も、と焦るような日々を過ごしていた。


そんなときだ。

店内の回転台に並ぶイロトリドリのダテメガネで遊んだのは。


何気なくとった、赤フレームのメガネ。

かけてみれば、遊んでいた子たちから賞賛の声が上がった。


うれしかった。

その声が、単純に。


地味で目立ちもしない、ただ過ぎていくだけの淡々とした高校生活。


かわいくなりたかった。

そうしたらきっと、セカイはめまぐるしく回って、何もかもがひらけるのだと思っていた。


メガネひとつで変身なんてできるわけがない。

そんなことくらい、どこかで分かっていた。

でも、あの頃のあたしはまちがいなく真剣だった。


友達のすすめるまま、という風に見せかけて、すぐさま会計を済ませた。

次の日からメガネをかけて登校するようになった。


短いスカート、第二ボタンまであけた襟、ぶらさがるだけのリボン。

赤フレームのダテメガネとプラスチック一枚はさんだだけの空の色。

セカイが、変わった気がした。


平凡なあたしが変身をとげたのだ、と。

あの日までは、そう思い込んでいた。


「ねえ、長田さんてなんでメガネかけるようになったわけ? 目悪くなったの?」

「えー? アレどう見てもダテでしょ」

「スカートも短くなったみたいだしさ、好きなオトコでもできたんじゃないの」

「ははっ、おつかれさまーってカンジだけどね。 まあいいんじゃない? ああいう子、必ずいるよね」

「かわいくなりたい! みたいな?」


放課後の廊下にいくつもの笑い声が重なって、反響して、あたしを突き刺していった。

むき出しの足に、陽にあたる首もとに、風穴が、開いていく。


握り締めたてのひらに、爪が食い込んだ。

こぼれてしまいそうなものを、くちびるをかんでこらえた。


つま先から湧き上がる熱に頭のてっぺんまで支配されて、蒸発してしまいそうだった。

むしろ、そのまま水蒸気になって消えてしまいたかった。


ドア一枚向こうには、高校で見事に変身して、かわいくなった子たちの優越感があった。

つめたい廊下に立つあたしの足元には、絶望感と劣等感だけがただよっていた。



おなじいきものなのに、どうしてあたしは見下されているんだろうか。


どうして、あたしはこんな人間なんだろう。



一度はじめてしまったことは、おいそれとやめることができず。

それ以来、メガネを外すきっかけを失ってしまった。


二年生になってから、スカートを巻くのが面倒になって、固まったマスカラを捨てた。

いろいろ変えていた髪型も、いちばん楽な一本結びにした。


一年の頃に仲のよかった子たちとは自然に離れたし、新しいクラスでは無難な子と仲良くした。

あまり話さないように、笑わないように。

目立たないように、目を付けられないようにした。


クラスでは壁際で友達と話すようにした。

中心できらきらしている子たちには目をそむけた。

それだけで、あの日から足元にただよっていたよどんだ空気が消えていくのがわかった。


これでいいのだと思った。

平凡で平穏な日常。変化も刺激もなにもいらない。

これがあたしにふさわしいのだと、現実を思い知った。


なのに。



『長田あゆみサン』



忘れられない。

何度も何度もくり返す、あの日。



『どうか』



校舎裏。

岡崎くんに頼まれた手紙。


差し出せば、そのまま手紙ごと手を握り締められた。



『オレを』



教室なんかメじゃない。

学校の中心できらきらとしている、ひとに。



『すきになってくれませんか』



生まれてはじめての、告白されるまでは。






「あゆみちゃん。廊下、廊下」

「え、」


小声で名前を呼ばれて、机に伏せていた顔を上げる。

見上げた先では、気まずい表情を浮かべた友達が廊下を指差していた。


いつの間に鐘がなっていたんだろう。

気がつけば授業は終わっていて、にぎやかな音が広がっていた。


その指の先、ドア付近。

何気なしに視線をうつせば、呼吸が止まりそうになった。


「あゆ!」

「長田さん、ごめんなー」


にぎやかな教室に、痛いくらいの視線。

短いスカートの群れがその大きな目からレーザービームを放っている。


あやまるくらいなら、なんで来る!?


しょせんココロのなかの突っ込みなんて聞こえるわけもない。

きらきらと廊下の窓から差し込む陽のひかりを受けた二人組に、あたしはうなだれることしかできなかった。






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