act.4 子犬と飼い主、被害者A。
なんで、こうなる。
あたしがいったい何をしたというんだ。
「大地、お前さー、エンリョしろよ。オレはあゆとふたりがよかったのに」
放課後、いつものように保健委員の仕事をまっとうにしていただけなのに。
平凡で平穏な学生生活を謳歌していただけなのに。
「俺も一緒に帰りたかったんだよ。お前と長田さんとさ」
なんで、このふたりと一緒に帰らなきゃいけないわけ?
右隣には子どもみたいに頬を膨らませた村田くん。
左隣にはウソくさい笑顔を浮かべた岡崎くん。
昇降口を抜けて、踏みしめる校庭の乾いた土。並ぶ三つの長い影。
いくら下校ラッシュが終わったあととはいえ、背後から突き刺さるいくつかの視線がいたくてたまらない。
歩く速度を上げれば、なんてことはなしについてこられ。
速度をゆるめれば、狙い済ましたかのように足並みがそろう。
この二人組はどれだけオンナノコの扱いに長けているのか。
わざとらしく重いため息をついてやれば、岡崎くんに顔をのぞきこまれ、またしても笑われた。
「そんなに俺たちと帰りたくない?」
「マジで!? オレ、すっげーうれしかったのに」
あたしの顔をうつした大きな黒目が見る見るうちにしょぼくれていく。
なんでそう余計なことばかりいうんだ、この男は。
またいろいろ面倒なことになったらどうしてくれる。
左側に顔を向けてにらみつけても、やはり何の効果もなく笑顔でかわされてしまった。
校門を通り過ぎれば、その付近でケータイや鏡を片手に円陣を組んでいる女子の集団と目が合った。
そのささやきまでは聞こえなかったけど、明日からの自分を思うと絶望する。
『あの村田』くんと、『その公式友人』の岡崎くんと並んで歩いていれば、それはそれは目立つことだろう。
ささやきに火がついて、瞬く間にウワサとなって広がり、校内に蔓延する。
そんな未来予想図に、特大のため息をついた。
「あゆは、そんなにオレと帰りたくない?」
顔に合わない長身をかがめて、顔をのぞきこんでくる子犬の濡れた瞳。
夕焼けが反射して、わずかに空の色をうつしている。
ここではっきりそうだと言えたなら、あたしは今までこんな苦労はしていない。
「そ、そんなこと、ないと、思うよ」
「ふっ、」
自分の意見なのに思うも何もないだろう、あたし。
自分の発言に自己嫌悪している最中、絶妙なタイミングで噴出した岡崎くんに怒り心頭。
反射的にその腕に抱えていたカバンをぶつけてやった。
「ってえなあ。長田さん、暴力反対」
「どっちが悪いのよ! 岡崎くんでしょ!」
「いいなー」
ワケのわからない村田くんの発言に、一瞬にして毒気を抜かれる。
今の会話の何がうらやましいのか。
これだから、『あの村田』の考えることはさっぱりわからない。
「オレもあゆとそういうこと、シたい」
指をくわえてマユを下げる村田くんの情けない顔に、噴出しそうになった。
この男、ほんとうに何を考えているんだろう。
「長田さん、ここはひとつ村田を叩いてやったら?」
口元に隠し切れないほどの笑みをたたえながら岡崎くんが指を差す。
その先には期待に満ちあふれた村田くんの顔。
ちょっと、待て。
だからなんでそういう話になるんだ。
「イヤ! なんであたしが、」
「あゆはオレより大地のほうがいいんだ。あのときも大地が届けてくれなきゃ受け取ってもらえなかっただろーし。あゆは、オレより大地のほうがすきなんだ!」
「なんでそうなるわけ!? あんたの頭の中は全部恋愛沙汰で占められてんのか! そもそもあれだって、む、……んんっ!」
うっかり本音と隠していた口調が飛び出せば、後ろから伸びてきた手に押さえつけられた。
口を覆う大きなてのひらに困惑して上を見上げれば、岡崎くんが片目を閉じて合図を送ってくる。
自由を奪われた右手に、覆い隠された口元。
後ろから抱えられるかのように動きを押えられて、背中に当たるその感触に体温が上りつめていく。
「バカだな。お前のだったから受け取ったに決まってるだろ? 届けたのが俺じゃなくても長田さんはちゃんとお前のところに行ったよ」
「ん、むむっ、んんー!」
「ほらな。長田さんだってそういってるだろ?」
そんなこと、これっぽっちも言ってない。
押さえつけられて抵抗しようとも声も出ず、火照った顔がくやしくてたまらなかった。
勝手に話を書き換えられて、かつ意見することもできない。
「あゆ……!」
目の前の子犬の黒目に力が宿る。
やばい。
これは、すっかりソノ気になっている。
「じゃ、俺はこっちだから。頑張れよ! 親友!」
「おうよ!」
突然離された手。
息つく間もなく、今度は左手首を村田くんにつかみとられた。
これで二度目。またもしてやられた。
逃げるどころか助け舟すら失って、あたしは呆然と遠ざかる背中を見ているだけだった。