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act.26 非日常ティータイム。





「アイスティー作ったんだけれど、飲む?」




放課後、真白いカーテンが揺れる保健室。

そこで、あたしはいつものように保健委員の仕事をしていた。


下校時間が近いためか、利用者はだれもいない。

混雑していたこの場所にようやく本来の落ち着いた時間が戻る。



――いや、戻っているはずだった。



「センセ、あたしダイエット中だから砂糖入れないで」

「あ、俺もストレートでお願いします」

「ミルクとかありますか? ミルクティーがいいんですけど」

「オレ甘いのがいー! あゆもだろ? あゆも甘いものすきだよな」


なんだ、これ。


あたしの平凡で穏やかで静かな放課後はどこへ消え去ってしまったのか。

イスを寄せ集めて丸テーブルに集合しているのはあたしを含めて五人。


最初は岡崎くんとふたりだけだったはずなのに、次々と増えていって今じゃこの有様だ。


「……飲めればなんでもいいです」


特等席とばかりに真横を陣どって、顔をのぞいてきた村田くんから目をそらす。

なんであんたが勝手に飲み物の糖度まで決められているんだ。

甘いものがすきだなんて、いつどこでだれがいったんだ。


そんなことをいまさら口にしてもしかたない。

村田くん相手にどうにかなるとも思えない。


そもそも、この大きくもないテーブルを五人で囲むにはムリがある。


せまい。きゅうくつ。暑苦しい。

特に真横の村田くんが近すぎる。


つのる苛立ちに堪えきれず、これみよがしにため息をついてやった。


「ちょっと、あゆ。なんでため息ついてんの?」

「ミチルがうっせーからだろー。あゆとオレはマジメに仕事してんだよ」

「はああ!? あんたこそ事あるごとにあゆの手ばっかりにぎって、邪魔してんじゃん!」


またか。

またはじまったのか。


今日だけでいったい何度目になるのだろうか、この争いは。

片岡さんには悪いけど、ふたりの声はとにかくうるさい。


左隣には片岡さんが座っていて、あたしを挟む形で声が飛び交うものだから耳が痛くてかなわない。

以前ふたりは付き合っていたらしいけれど、かなりにぎやかな彼氏彼女だったんじゃないだろうか。


耳をふさいでそんなことを考えていれば、真横から伸びてきたものに右手をつかみとられた。


この行為もまたいったい何度目なのか。

そろそろ村田くんの跡でもついてしまいそうだ。


拒否するのも面倒で、そのままにしておいたのが間違いだった。


「いーんだよ」

「意味わかんないんだけど! なにがいいわけ?」


ふいに、握り締められた手が引き寄せられていく。

カラダが右にかたむいて、引き戻そうとしたのに間に合わなかった。


手の甲にやわらかい感触と水音。

あたしの手の甲を口元に寄せた村田くんはまばゆいばかりの笑みをたたえて、言い放つ。


「これは、オレのだかんな」


いやいやいや。

なに言っちゃってんの、このひと。

というか、なにしてくれんの。


こみ上げてくるものを振り払うかのように、手を引き戻した。

目の前でにやにやとする三人の顔が見られない。


じんじんと熱を放つ右手。

置く場所がなくて、溶け出す前に左手をのせてふたをした。


「あーもう、勝手にいちゃついてればあ?」

「おう! もう電話とかでジャマすんなよな」


あの日。

あたしと村田くんがあの原っぱで話をしていた日。


まるで見計らったかのように電話をしてきたのは岡崎くんと片岡さんだった。

学校に戻ったあとで片岡さんから謝られたけれど、むしろ感謝しているくらいだ。

あの余計なひとことさえなければ、岡崎くんにも感謝していたというのに。


「なに? 長田さん」

「……別に」


器用な手つきで画用紙にはさみを入れている岡崎くんに視線を向ける。

目が合ったと思ったら、何を考えているか分からない笑顔を返された。

絶対分かっているはずなのに、まったく食えない男だ。


優しいのかふざけているのか、その本心がわからなくて混乱させられてばかり。

でも、村田くんを大事に思っていることだけは分かった。


仲直りをするきっかけをくれたのも結局は彼だ。

あのトランプ大会もバツゲームもその計算のうちに入っていたとしたら、本当に恐ろしい。


「あゆ、大地ばっかり見てんなよ」


またもや突然、右手を引かれて我に返る。


指のあいだに入り込んでくる長い指先。

絡められる前に引き離して、席を立った。


「な、ナカちゃんの手伝い、してくる、から!」


逃げるようにしてその場を離れる。

後ろから不満の声が上がっていたものの、無視を決め込んで足を急かした。


だめだ。

やっぱりどうもあの日以来、自分が村田くんに甘くなっているような気がする。


前は隣に座るのも嫌だった。

手をつなぐなんてもってのほかだった。


『あのてのひらが、あの子がオレのものになったら。もう死んでもいいやって思った』


あんなふうにいわれたのは、はじめてだった。


誰もあたしのことなんて見ていないと思っていたし、それで構わなかった。

空気で地味でどうしようもないまま終わるのだと思っていた。


なのに、彼はあたしを見つけてくれた。

もうあたし自身が覚えていないようなことまで覚えていてくれた。

こんなてのひらを欲しいといってくれた。


それがなによりもうれしくて。


『だから、イヤなことがあったらそこに逃げてた』


それに。

触れられない繊細な部分もあるのだと知ってしまった今では、もう前のように突き放すことはできない。


この状態はやばいと思う。

いままで築き上げてきたものが崩れ落ちる音が聞こえる。


だけど、あたしはラインの向こう側を知ってしまった。

足元でひかる境界線を自分から踏み越えて、手を伸ばしてしまった。


後ろから、にぎやかな声がする。

うるさくて、やかましくて、あたしの平凡な日常を返せと思う。


でも反面、うれしくてたまらないと思っている。


五人で囲むテーブルは狭くて、窮屈で、暑苦しくてイライラするけど。

ひとりでいるより、前より、ずっと楽しい。


「ああ、もう嫌になる」

「あら、そんな嬉しそうな顔して?」


保健室の奥。ついたてを挟んで、窓側。

薬棚の奥まった場所にある流し台に立つナカちゃんが、あたしのひとり言に返答する。


岡崎くんの他にもうひとり。

ここには、あなどれない人物がいた。


保健室の魔女は窓から差し込むやわらかいひかりを受けて笑っていた。

まるであたしの考えなんてお見通しだといわんばかりに。


「ずいぶんにぎやかになったわね。お手伝いがたくさん増えてうれしいわ」


ナカちゃん、それなんてポジティブシンキング?

にぎやかはとっくに度を越えて、これじゃ騒音だ。


それを嬉しいとか楽しいとか思っている自分はきっと重症にちがいない。

大きなため息をついてしまったあたしの肩をなぐさめるかのようにナカちゃんは撫でていった。


「ガムシロップが無くなっちゃったから取ってくるわ。ここ、お願いね」

「はい」


遠のいていく足音を背中で見送って、用意されていたグラスにアイスティーを注いだ。

氷がぶつかって高い音を響かせる。

ため息は窓の外へ。


こんな日々がいつまで続くかわからない。

だけど、ずっと続けばいいと思う。


うるさくて、さわがしくて、にぎやかで。

でも前より楽しいこの毎日が、ずっと続けばいい。


最後のひとしずくが落ちて、グラスのなかの茶色い水面に波紋を描いた。




***** **


こんにちは。

ここまで読んでくださって、ほんとうにありがとうございました!


次回で最終話となります。

最終話、エンディング、番外を同時に更新する予定です。

また、感謝の気持ちをこめてサイト拍手ページにて会話文SSをUPします。


最後までお付き合いいただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いします。



梶原ちな


***** **

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