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act.25 ペナルティゲーム―その名は欲情ハニィ。2






「さわっていいっていってんの!」





焼きつくされてしまいそうな、空の下。

吹き抜ける風も青も静寂も引き裂く音。


自分の声が、自分のものじゃないみたいだった。


あつくて、あつすぎて、くらくらして、わけが分からない。

だからこんなことを口走っているんだ。


カラダが内側からどろどろと溶け出している。

溶けたものは足元の草に流れ込んで、ベンチに座る村田くんへとたどり着く。


瞬間、宙に浮いていたままの手を伸ばした。


一歩踏み込んで、さらに距離を縮めて、頬を両手で包み込む。

そのまま指先でつまんで、軽く左右にひっぱり上げた。


「これが、あたしの分の罰ゲームね」


ちゃんと笑えただろうか。

あたしの気持ち、伝わっただろうか。


この手を通して、村田くんに届いただろうか。

表情からひとの気持ちを察するこのひとに、分かってもらえただろうか。



こんなあたしを見つけてくれて。

メガネを外すきっかけをくれて。


手紙をくれて。

この手を、ほしいといってくれて。



心からありがとうと思っていること、どうか分かってもらえますように。



無音の願いを口のなかだけでとなえて、熱っぽい指先をはなした。

とろけて崩れ落ちてしまった心臓が、カラダじゅうを一気に駆けめぐる。


頭のてっぺんからつま先まで響き渡るものをごまかしきれなくて、視線を落とした。


「そ、そろそろ、学校に戻ろっか! 岡崎くんも心配してたことだし。ね!」


気まずさと気恥ずかしさのせいで口が上手く回らない。

勢いとはいえ、やってしまったことをいまさら取り消すことはできないし、後悔はない。


ちょっと、いやかなり、本当はとてつもなく恥ずかしいけど。


「ほ、ほら、行こう、よ」


場の雰囲気がなんとも耐えがたくて、目の前の手をつかみとる。

歩き出そうと促すつもりで引っ張ると、強い力で逆にその手を握りしめられた。


「ちょ、」

「オレ、いままでけっこーガマンさせられてたんだけど」


うつむいたままの彼から聞こえたのは、不吉な言葉。


我慢ってなんだ。我慢て。

させられてたって、あたしが我慢させてたとでも言いたいのか。


声の響きと不穏なものにカラダが自然と後ずさろうとする。

けれど、離してもらうことはおろかその手の込められた力がゆるむこともなかった。


ちょっと、待て。

これってなんか、やばくないか。



「もう、いーんだよな?」



捕らわれた腕の先。

さっきまでの表情はどこへやら。


にやにやとしたあのいつもの笑顔に、まばゆいばかりのベビーフェイス。

子犬の目があたしをうつしだしたと思ったら、そのまま引き寄せられた。


「ちょ、わあっ! あぶな、」

「その格好さ、オレのためにしてくれたの?」


村田くんの足のあいだにちょうどおさまる形で向かい合わせ。

腕をつかまれたまま、下からのぞきこまれる。


「かわいい。やっばいくらい、めちゃくちゃかわいい」


右手はつかまれたまま。

左手は引っ張られた勢いで村田くんの肩をつかんでいた。

膝がベンチの上に乗っかってしまって、降りようと思ったのに腰に腕を回されたものだからどうにもできない。


左手で肩を押し返してもびくともせず、距離は縮まるばかり。

近い。とにかく、やたらめったら近い。

あたしの顔の真下で、甘ったるい顔がにやけている。


「いいにおい。あゆからはいつも甘いにおいがするんだ。知ってた?」


右手をさらに引っ張られて、首筋に顔を寄せられた。

結い上げた髪のせいでむき出しになっている耳に、かすれた声が響く。


甘いにおい?

そんなのしらない。しるもんか。


それよりも、くっついたカラダがあつくてくらくらする。

自分じゃないにおいがまとわりついて、急上昇する体温にのぼせてしまいそうだ。


「あのときはこの手が欲しくてたまんなかったけど、今はあゆの全部がほしい」

「……っ、んんっ!!」


耳にやわらかい感触がして、そのあと軽く痛みが走った。

思わず声が出たのは、決してあたしのせいじゃない。

跳ねたカラダを目の前のひとに押しつけて、与えられた衝撃にたえる。


ただでさえ、こんなにもあつくてたまらないのに。

近すぎる距離とそのささやきと行動のせいで、もう形を保っていられない。



「すきだよ」



溶ける。


溶かされていく。



その目のなかにいるあたしが揺らいで、流れ出す。



「あゆを、オレにちょーだい」



まっすぐなあの目に射抜かれて、もう動くことも抵抗することもかなわない。


手首を離されて、頭の後ろに手が伸ばされる。

そのまま傾けられるように押さえつけられて、落ちていく。



「っ、」



かたく目をつむった、次の瞬間。



お互いのカラダから、振動と大きな音が鳴り響いた。



「……え?」

「んだよー! ジャマしやがって」


一向に切れることのないその着信音に、村田くんがあたしの手を離した。

空気が腕を冷やしていく感覚に、ようやく我に返ってベンチから飛び降りる。


あたし、いまやばくなかったか?

そもそも何をしようとしてたんだ。


はねかえる鼓動と、血液が一気に駆けめぐる。

そんな状態を知ってか知らずか、しつこく鳴り止まないものにあわてて手を伸ばして、通話ボタンを押した。


「は、はい……?」


動揺を賢明に押さえ込んで声を出す。


あからさまに息が上がっているのは、外が暑いから。

そう言い訳しようと次に備えて胸を押さえる。


『長田さん。まだそこにいるの?』

「おか、ざきく、」


耳に押し当てたケータイの向こうで、かすかな笑い声が聞こえた。

その声の持ち主がわかって、ほっと胸を撫で下ろす。


きっと、心配してかけてきてくれたのだろう。


助かった。

そう思ったのが、運のツキだった。


『で、どうだった?』

「なにが?」

『あのときのこと、忘れさせてくれるようなキスでもしてもらったかなと思って』


やっぱり。

最後の最後まで食えないのはこの男なのかもしれない。



あたしの声にならない声は草をかき分け、風とともに空へと舞い上がった。






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