act.22 ペナルティゲーム―それは3つの疑問から。
風が伸びすぎた草をざわめかせて、空の向こうへと消えていく。
岡崎くんの声は耳からあたしのなかに入り込んで、激しく揺さぶったまま消えることはなかった。
この展開も、その発言の意味も、まったく理解できない。
罰ゲーム? もらっていく? 全部話す?
いったいいま、目の前でなにが起こっているのだろうか。
お昼過ぎの太陽は天井の青を泳ぐ薄雲に隠されていく。
まぶしさに細めていた目をこじ開ければ、なにを考えているかわからない端整な顔があたしを見て、笑った。
「俺が、長田さんをもらっていくぞ」
くり返される強い言葉と、一瞬にしてカラダを駆けめぐる低音ボイス。
まるでこわれものを扱うみたいに触れられた肩が火照っていく。
突然なにを言い出すんだ、この男は。
もらっていくだなんて、あたしはモノでも犬猫でもない。ほいほい取引されてたまるか。
そもそも、いつのまにそんな話になったんだ。
「おかざ、」
「どうするんだよ、孝也」
反論しようと口を挟めば見事なまでにスルーされ、さえぎった声は向こう側に立ち尽くす彼に投げつけられた。
なんだ。なんなんだこの展開は。
ドラマとか少女マンガの読みすぎじゃないのか。
そう思っているくせに、気持ちとはウラハラに高まっていくもの。
どきどきとそわそわとわけの分からないモノがこみ上げてきて、触れられている部分から溶かされていく。
どうしたらいいのか分からなくて、熱を帯びてふくれあがってしまいそうな頬を両手で押えたそのとき。
「大地でもあゆはゆずれねえよ!」
叫びにも似た声が、原っぱを大きく揺さぶった。
** *
彼があたしに残した疑問は、三つ。
「あゆ、座んないの?」
「……いい」
原っぱの片隅にある錆びついて朽ち果てたようなベンチが、うめくような音を上げて軋んだ。
腰を下ろした村田くんが隣をゆずってくれたけれど、その誘いを断ってあたしは彼の正面に立っていた。
顔がいやに熱くて、それが全身にいきわたっているものだから隣になんて座れない。
あんな出来事があったばかりなのに、座れるわけがない。
足首をくすぐる草に視線を落としたまま、てのひらをかたく握り締めた。
『これで、全部分かると思うよ。良かったね』
あのあと。
村田くんが声を上げたすぐあと、岡崎くんは何もなかったかのように午後の授業に戻ってしまった。
ひらひらと手を振って、去っていったあの背中。
最後にささやかれたものがいまだ耳をくすぐっている。
あたしはどうやら、またもや彼にしてやられたらしい。
その笑いを含んだ言葉で、解決したひとつめの疑問。
あの突拍子もない「もらっていく」発言は、村田くんをあおるためのものだった、ということ。
さすがに本気にしてはいなかったけど、でも、あのときの焦りとか混乱とかカンチガイとか思い上がりとか、とにかく思い出すと恥ずかしくていたたまれないあの時間を返して欲しい。
まったく、岡崎くんは最後の最後まで性悪で食えない男だった。
「ごめんな」
「え、」
正面から聞こえた声に、思わず顔を上げた。
なにが、と聞こうとして、自分が吐き出してしまった重々しいため息が原因なのだと思い当たる。
訂正する間もなく、力のないその声は言葉を続けていく。
「べつにバツゲームにしなくても、あゆにはちゃんと話すつもりだったんだ。だから、ずっと会いたかった」
ゆっくりと静かに、言葉を選んで口を開く村田くんにいつもの元気はなかった。
ここに来てからずっと、彼はあたしの目を見ない。
今だってうなだれたまま。
まるで草にでも語りかけているみたいだ。
「岡崎くんもいってたけど、罰ゲームってなんのこと?」
「大地んとこでトランプやったじゃん。そのときのハナシ」
これで、ふたつめの疑問が解決。
そういえば前に、岡崎くんの家で夕飯をごちそうになってトランプをしたことがあった。
思い返せばつい最近のことのはずなのに、なぜだかもう遠いことのように思えてならない。
それだけ、ここ数日でいろいろなことがありすぎた。
たしか、あのとき。
ゲームに負けたら勝った相手の言うことをひとつ、十分間だけ聞く、という罰ゲームを決めていた。
ということは、この話し合いは十分間だけなのだろうか。
それだけですむような話なのだろうか。
そんなことが頭をかすめたけど、どうにもこうにも口に出せる状況じゃなかった。
「あゆは、もうオレのことなんてヤだと思ってるだろうけどさ」
うなだれていた顔が、上がっていく。
学校で評判のベビーフェイス。
甘ったるい声。子犬みたいな大きい黒目。
そのとおり。
あたしは、もうあんたの顔なんて見たくない。
友達を使って、ひとをだまして告白して。
あれだけ散々追いかけまわしたあげく、他の女の子とキスするような男となんてかかわりたくない。
なのに。
なんで、そっちがそんな顔するんだ。
「大地からのバツゲームだと思って、十分間だけ、ハナシ聞いて」
あのときも、彼は泣きそうな顔をしていた。
赤い点滅。かすかに聞こえた保留音。
岡崎くんの家で遊んだときにかかってきた電話。
電話を渡した岡崎くんのお姉さんも、それを見ていた岡崎くんも、みんなおかしな表情をしていた。
次の日から村田くんはいなくなって、校門で見てしまった夕焼けのキスシーン。
「ぜんぶ、話すからさ」
すべては、そこから。
そして、それが三つめの疑問だった。