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act.21 飼い主の命令。




「じゃあ、どうしてこんなあたしなんかと一緒にいるの!? ふたりでからかってたんじゃないの!?」


岡崎くんの腕を振り切って距離を取れば、正面のふたりがあからさまに肩を落としたのが見えた。

続けて耳に届いたのは、重なったため息。


ちょっと待て。なんでそうなる。

これじゃまるで、あたしが悪いことをいったみたいじゃないか。


一世一代の博打に打って出たつもりだったのに、相手の反応は予想外のものだった。

もっとこう、シリアスな展開で語り合ったりとか、謝ったりとか言い訳を口にしたりとか。

顔色を変えるようなきまずい場面をシミュレートしていというのに。


これはどう見ても、ふたりがあきれ果てているようにしか思えない。


「だ、だって、どう考えてもおかしいでしょう! あたしなんて目立たないし、地味だし空気だし、クラスじゃオタク系とか言われてたのに、なんで突然あたしなんかと、」

「はいはい、ストップストップ」


自分を肯定するために次々と吐き出した言葉は、岡崎くんの突き出したてのひらに止められてしまった。


ぜったいに間違ってない。間違ったことなんてなにひとつ口にしてない。

これはずっといえなかった本音で、いちばん聞きたかったことだ。


なのに、口をひらけばひらくほどふたりの表情は曇っていく。

まるであたしが傷つけているかのように。

どこかが、ちくちくと痛んでたまらなかった。


「どこから何をいったらいいのか分かんないけどさ、その、あたしなんかっていうのやめない?」


ため息とともにもたらされたものは、意外な指摘だった。


頭をかきむしって近づいてくる岡崎くんの声に、いつものやわらかさや優しさが感じられない。

低い声は地をはって、足元を揺らして、感情をダイレクトに伝えてくる。


「俺と孝也は特別な人間じゃないんだよ。まあ孝也はいろいろな意味で別にしてもさ」


正直、なにをいっているんだろうって気分だった。


学校であんなにウワサになっていて、特別じゃないなんてウソだ。

だれからの目から見ても、あきらかにふたりは特別。

百人いたら九十九人があたしの意見に賛同してくれるにちがいない。


けれど、その残りのひとりは真剣なまなざしを向けてゆっくりと口をひらいた。


「俺たちが長田さんといっしょにいたのは、からかってなんかじゃないよ」


足音が、聞こえる。

伸び放題になっている草を踏みつけて、近寄ってくるのがわかる。


動けない。あんなに逃げたいと思って走っていたのに、足が動かない。

だってそれは、あたしが何よりもほしかった答えだったから。


「あーあ、せっかくキレイになったのに、泣いてばっかりじゃもったいないだろ」


真正面で足をとめた岡崎くんの手が、頬に触れた。


バカにしているわけでもない、からかっているわけでもない。

その優しすぎるくらいの笑みは、あの夕焼けの日と同じものだった。


「長田さんと一緒にいて、俺は楽しいよ。それも、信じてもらえない?」


指先がこぼれていくものをすくいとっていく。

にじんだ視界の向こうには、岡崎くんの笑顔。


信じたい。

信じたいけど、首を横に振ることができない。


脳裏にはいまだに焼きついて離れない、あの光景。

放課後、校庭、伸びる影、重なるもの。


岡崎くんの肩口から見える村田くんは、さっきからあたしを見ようとも、近づこうともしない。


この距離がなによりもの証拠じゃないか。

たとえ岡崎くんがそう思ってくれていたとしても、向こう側にいる村田くんはそうじゃないかもしれない。


あたしといてもつまらないから、手紙も告白も甘い言葉も何もかも今までのことが全部ウソだから。

だから、あの女の子とキスしたんでしょう。


「そんなに、あのときのことが忘れられないの?」


耳にやわらかく吹き込まれた声に、カラダが勝手に反応する。

いつのまにこんなにも距離が縮まっていたのだろう。

驚いて顔を上げれば、あたしを見下ろす岡崎くんの影に包まれていた。


あのときとは、間違いなくあのキスシーンを指しているんだろう。


素直に、首を小さく動かした。

岡崎くんにうそをついてもしかたないと思った。


あたしは、村田くんが信じられない。


頭をめぐるうわさの数々。

そんなひとがどうしてあたしを、という疑念はつねにつきまとっている。

そして、うわさを証明するかのように彼はしらない女の子とキスをしていた。



『あゆはこんなにかわいいのに』



うそつき。



『オレ、あゆに会いたくて待ってたんだ』



うそつき。



『長田あゆみサン、どうかオレをすきになってくれませんか』



あのとき。

うまれてはじめての告白をされたとき。


まったく嬉しくなかったといったら、ウソになる。


あの日、家に帰ってから、自分が拾って届けたのに受け取ってもらえなかった手紙を開けてみた。

封筒に宛名はなかったけれど、中身の便箋にはきちんとあたしの名前が書かれていた。


その文章は告白されたものとまるっきり同じ。

ただ、いちばん最後に、一文だけ付け足されていた。



――きみのその手が、ぼくのものになりますように。



その願い事じみた言葉がやけに嬉しかったことを、いまだに覚えている。


自分がだれかに想われることがあるなんて、こんなにも求められるなんて考えたこともなかったから。

教室の喧騒に消されてしまったあたしの存在なんて、無いにひとしいと思っていたから。


けれど、もうそれすら信じられない。


スカートが風に舞って、強くにぎりしめた手をかすめる。

かさついた音とわずかな感触が胸を見えない糸のようなもので締め上げていく。

同時に、目の前をにじませていった。


ばかみたいだ。

あの日からこんな手紙を大事にポケットに入れたままにして。

書いた本人は、いまじゃあたしのそばにもこないというのに。



「孝也、いい加減にしろよ」



次々とこぼれ落ちていくものでその指を濡らした岡崎くんが突然声を上げた。

さっきまで向けられていた優しいあの笑顔は一転、いままで見たこともないような厳しい表情が後ろに向けられていた。


その声に含まれていたのは、あからさまな怒り。

びりびりとしたものを肌で感じ取ってしまって、身がすくむ。


正面に立つ岡崎くんのカラダが向こう側にいる村田くんを隠してしまったから、なにも見えない。



「あのトランプの罰ゲーム、まだ決めてなかったよな」



青々とした草を揺らす風と、声。

雲間からのぞいたひかりが、いやにまぶしくて視界をうばわれていく。



「お前、全部話せ。じゃなかったら俺がもらっていく」



目の前が、白くかすんでいく。

その言葉だけが、あたしのなかに入り込んで激しく響いていた。







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