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act.20 逃亡シンデレラ、終幕。




「あ、」

「あー!」


そんなカンジではち合わせ。


校舎裏、フェンスの前。

フェンスをよじのぼって向こう側に飛び出しかけたそのとき、ふたりに見つかった。


泣きすぎた目がじんじんして、見つかったことにどきどきして、そのままフェンスのふちを蹴って飛んだ。

足元で軋む音がして、あたしは瞬間、青に溶けていく。


「あゆ!?」


着地した先には、腰まで伸びる荒れ果てた原っぱ。

呼び止めるような村田くんの声を無視して、草をかき分けて走り出した。


素足を撫でる草がいたいのかくすぐったいのかわからない。

それでも前に踏み出す。


後ろで同じく金属が鳴った。

ふたりもどうやらあたしの後を追って、フェンスを越えたらしい。

追いつかれてなるものかと速度をさらに上げた。


泣きすぎた目が、風に触れて気持ちいい。

こんなに泣いたのはいつ以来だろうか。

よくよく考えてみれば、恥ずかしいほどあたしは自分を見失いそうになっていた。


これまで経験のないはじめての事態によほどテンパっていたらしい。

まあそれも当然な気がするけど。


校内でも有名な男ふたりとウワサになって、さらに追いかけられるなんてどこぞの少女マンガなんだ。


少なくてもあたしはヒロイン体質じゃない。

それに見合うだけのものなんて持っていない。


平凡、平穏、円満、円滑が合言葉。

地味で空気でクラスのオタク系でもかまわない。

目立たなく、ひそかに学生生活を送ることができればいい。


卒業するまで、平凡で平穏な日々を過ごしていく。

そう思っていたのに、あの手紙のせいですべてが変わってしまった。


「あゆ! どこ行くんだよ!」

「ひでえ草だなあ。草まけするよ、長田さん」


葉がこすれる音のなかにまざる靴音と声。

こんなの、ちょっと前のあたしだったら予想もできなかっただろうに。


顔がにやける。

だって、楽しい。


こんなの、あたしの人生のなかでぜったいにありえないはずだった。


「あたしを捕まえてみてよ! そうしたら、仲直りしてあげてもいいよ!」


足を止めずに後ろを向いて、そう叫んでやった。


いったいナニサマなんだ、あたしは。

それでも現状であのふたりより優位にあるのは間違いない。


そうじゃなかったら、追いかけてきてくれるわけがない。


「マジでー!! よっし、行くぞ大地!」

「新手の鬼ごっこか、これ? とにかく、さっさと決着つけようか」


加速する。負けないように。

怖いと思うこれまでの臆病な自分を振り切るように。


足元でひかる境界線なんて飛び越えて、あたしは向こう側のさらに向こうへ行ってやる。


この時間がなによりも楽しくて、いとおしいから。

大事だと思えるから、絶対になくしたくないから。


聞きたいことを聞いて、仲直りをしよう。






「つかま、え」

「たっ!」


右腕と左腕を同時につかまれて、あたしの逃亡劇は幕を閉じた。


こんなに走ったのなんていつぶりなのか。

あまりにも頑張りすぎて、肺がいたい。


最終地は目標だったあの公園みたいな原っぱ。

両側から腕を捕まえられて、足から崩れるように落ちた。


「わ、か、った、にげないから、はなして」


切れ切れの呼吸のなかでそう言えば、なぜだか村田くんが驚くくらいすばやくあたしの腕をはなした。


いつもは嫌だとか散々だだをこねるのに、いったいどうしたのだろう。

めずらしいこともあったものだ。


めずらしいと思うことはさらに続き、いつまでたっても岡崎くんが腕をはなしてくれない。


「岡崎、く」

「俺ね、これでも怒ってるんだよ。どう考えても俺は関係ないよね?」


語尾が強調されて、笑顔が怖い。

たしかに言われてみればその通りなのだけれど、なにもそんなに怒らなくても。


普段怒らないひとに限って、怒ると怖いというのはほんとうなのだといま身をもって思い知った。


「でも、ああいうときにフォローしてそのまま、その、イロイロっていうのが岡崎くんのパターンだってうわさがあったし、」

「で、ウワサを信じたわけかあ。俺よりも、そのどうしようもないウワサを」


やばい。

どうやら地雷を踏み荒らしたらしい。

もう雰囲気から、かなり怒っていることがわかる。


でも、あたしだって怒っている。聞きたいことが山ほどある。

ここで、屈してなるものかと息を吸い込んだ。


ずっと、ずっと思っていた。

それが胸につっかえていて、苦しくてたまらなかった。


「じゃあ、どうしてこんなあたしなんかと一緒にいるの!? ふたりでからかってたんじゃないの!?」


地味で空気で、いるのかいないのか分からないようなあたし。

変わりたくて変われなくて、それでも外せなかったメガネ。

長いスカート、ただ一本に結んだだけのだらしない髪。


きらきらした向こう側のふたりとは、出会うはずがなかったのに。


はじまりはだまされて届けたラブレター。

そこから、すべてが変わってしまった。



胸の奥に沈んでいた重いものは空の青に溶けて、校舎から聞こえる鐘の音と一緒に響き渡った。





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