act.18 12時、魔法、お城から飛び出して。
鐘の音が校舎中に響き渡る。
保健室の壁掛け時計を確認すればちょうどお昼の時間だった。
それなのに。
「もうお昼の時間だよ、ってちょっと、どこ触って……!」
あたしの言葉はその場にいるだれにも受けとめてもらうことなく、宙に浮いたまま。
好き勝手にカラダのあちこちを触られまくって、これはもうセクハラといっても過言じゃない。
やっぱり、跳ね除けてしまえばよかった。
「もう少しだからガマンしな!」
「あのふたり、驚くかもね」
なんて、そんなことは口が裂けてもいえないけれど。
「フルメイクできないのが残念だけど、まあいいっしょ。あんたは余計なことしないほうがいいわ」
「やっぱりその足いいな。スカート切っちゃったほうがよかったかなあ」
「あゆちゃんの髪、じつは一度いじってみたかったのよねえ。満足したわー」
強引に立たされた大きな鏡の前。
前髪はばっさりと切られて、長すぎる髪は高めのおだんごに結い上げられ。
スカートはヒザ丈なんて目じゃないくらいの高さになり。
カットされたマユ、薄づきのフェイスパウダーとビューラーの力で整えられたその顔は心底疲れきっているように見えた。
「ナカちゃん、これってセンセイとしてどうなの……?」
「んん、ギリギリアウトかしら」
アウトなのか。アウトなのにやっちゃったのか。
知らないふりすればいいよ、とふたりは笑っていたけれど、はたしてそういう問題なのだろうか。
とにかくいじられまくった結果、そこまでの大変身をとげたわけではないけれど、いかにも現代女子高生らしい自分がそこにいた。
素材を生かすというふたりの宣言どおりあたしはいたってあたしのまま。
それでも、鏡に映る自分の姿に顔が自然に緩むのを感じた。
短いスカートのスソを持ち上げてみる。
切られた前髪をつまんでみる。
くるりと巻かれたまつげに触れてみる。
ぜんぶ、自分のものなのに、まるでなにか別のものにでもなってしまったみたいだ。
鏡に映るあたしの左右には片岡さんと岩槻さんが立っていて、かいがいしく細かい点を直してくれている。
その白い指先を目で追っていれば、ふたりと視線がぶつかった。
「よし。あとは直接対決ね」
「セッティングは出来てるから、気合い入れなさいよ?」
直接対決? セッティング?
いったい何のことだ。
聞かされていなかった予定と不吉な単語。
にやつくふたりに嫌な予感を覚えて一歩後ずさる。
「ちょっと待って。いったいどういう、」
こみ上げる疑問を口にしかけた、そのとき。
耳にけたたましい靴音が響いた。
それはどんどん大きさを増して、反響して、胸をざわめかせる。
思わずふたりの顔を見れば、にっこりと肩を叩かれた。
「こういうことだから」
「がんばってね」
目の前に差し出されたのは、携帯電話。
ちょっとまって。
これって、まさか。
いくらなんでも、冗談でしょう?
「センセー! あゆが大泣きしたってマジ!?」
「長田さんがここにいるって聞いてきたんですけど!」
外れて吹っ飛ぶのではないかと思うくらい、大きな音を立てて開かれたドア。
聞き覚えのある、予想通りの声が同時に聞こえたと思ったら視線がぶつかった。
久々に見たふたりの表情はいままで見たこともないもので、自分がどれだけ心配されているのかが、すぐに分かった。
息を切らせて、髪を乱して。
なんで、そうまでして急いでここに来たわけ?
胸のなか。
ざわめくは、静まったはずの水。
あたしはからかわれていたんじゃないの。
だったら、なんでそんな顔して入ってきたの。
これが演技だったら、本気でヘコみそうだ。
じわっとまた湧き上がってきたものが熱くて、ようやく引いた目のハレがまた復活しそうになっている。
あふれそうなものをこらえようと、短くなったスカートのスソを握り締めた。
(バカだ。)
大嫌いとか言っておいて、散々避けておいて。
やっぱり会えたら会えたでこんなにもうれしいんじゃないか。
心配してくれたことが、急いでここに来てくれたことが。
こんなにも、泣きそうなくらいうれしいんじゃないか。
「あ、ゆ?」
「長田、さん」
気がつけば、ふたりの目が見開かれてあたしの全身を上から下まで確認するかのように見ていた。
いくらなんでも、そこまで確認するほどの変化じゃないのに。
だけどそんなに見られたら、恥ずかしくてしかたない。
むき出しの足も、顔も、火がついたみたいに熱くなる。
あわてて、握り締めていたスカートのスソから手を離した。
「タカヤー! 久しぶり!」
タイミングを見計らったかのように片岡さんが前に出て、村田くんへ近づいていった。
そのスキにあたしは岩槻さんの後ろに隠れるように足を引いた。
直接対決もなにも、なにを言ったらいいのかわからない。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
聞きたいことは確かにあるのに、ふたりを見たら急に怖くなってきてしまった。
もしも、本当にいままでのことが冗談で、からかわれていたとしたら。
あたしは、どうしたらいいんだろう。
「おー、ミチル。メールありがとな。それにしてもお前、あゆと友達だったの?」
「まあね」
目の前で交される会話。
視界に入るふたりはとてもよく似合っていて、やっぱり自分とはちがうのだと実感する。
どうしよう。
どうしたら、いいんだろう。
聞きたい。聞けない。聞きたくない。
本当のことなんて、知りたくない。
「長田さん、話があるんだ」
岡崎くんが一歩踏み出す。
その音が、合図だった。
「ご、ごめん!」
顔をそらした先には、開けっ放しの窓があった。
揺れる日にやけたカーテン。
その向こうの青。
そこしかない、と思った。
「ちょっと、あゆ!?」
岩槻さんの背から離れて、駆け出す。
窓のフチに足をかけて蹴り上げた瞬間、自分が外に溶け込んだ気がした。
ここが一階でほんとうによかった。
じゃなかったら、今頃大ケガでもしているんじゃないだろうか。
それくらい反射的にカラダが動いていたのだ。
とりあえず、逃げよう。逃げてから考えよう。
いまのあたしはどう考えてもまともに話ができるとは思えない。
そう考えて駆け出した矢先のことだった。
「あゆー!!」
「いくらなんでもこれはないだろ!」
背後から迫りくるのは、重なる足音。
いったいなんなんだ、この状況。
何度思ったか分からないことをつぶやいて、あたしは必死に速度を上げた。




