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act.16 WH、JKはAKYだけどYSS。




次の日から。

とにかく徹底的に、あのふたりを避けまくった。


休み時間は男子が入ってこれないのをいいことに女子トイレに潜み、昼休みは屋上や図書室、体育館、廊下の片隅、非常階段前などをローテーションを組んで利用し、放課後は保健室に寄らずにさっさと帰った。


ふたりの動向は女子の動きを見ればだいたい分かったし、その方向にはけっして近寄らないようにした。

外で鉢合わせるのも嫌だったから、こそこそと隠れるように数日を過ごした。


このままいけば、あたしのことなんて忘れてしまうだろう。

そもそも今だって、別になんとも思っていないかもしれない。


そう思っていた矢先の、出来事だった。






「ねえ、いい加減にしなよ。毎日毎日来るタカヤがかわいそうじゃん」

「岡崎くんも来てたよ。なに、ケンカ?」


だから、なんであたしがこういう目にあわなきゃならないんだ。


クラスの女子数名が机を取り囲むこの現状はいったいなんだろう。

これまでの空気扱いから一転、いまではメインディッシュだ。


目立たないようにひそかに地味に生活していたのに、これじゃすっかりウワサの的。

自分の名前がじわじわと学校に浸透していくのが目に見えるようで心底うんざりした。


あたしの平凡な日常はいったいどこへ消えてしまったんだ。


それもこれもあれもなにもかもひっくるめて全部。

あのふたりのせいに違いない。


「ケンカなんかしてないよ」


いい顔を取り繕うのも面倒になって、そっけなく返答した。

嫌われようが何を言われようが、もうどうでもいい。

いまさら何をしても、以前のような日々など戻ってはこないのだから。


とにかく、一刻も早くこの集団が去ってくれないだろうか。

それだけを願って、口をつぐんだ。


そうすればきっと、この子たちはすぐにここからいなくなるだろう。

つまんないとかムカつくとか、そんな言葉を残して。


しかし、あたしは現代女子高生というものをなめていた。

自分も一応その中に含まれるのは分かっているけれども、それは横に置いておくとして。


彼女たちは常識というモノサシで測れるような甘いイキモノではなかった。


「長田さんはさー、あ、もうあゆって呼ぶわ。めんどくさいから」

「村田くんも岡崎くんもそう呼んでるしね、いいでしょ」

「つか、足だるいからイス持ってこよ」


なぜか、群がっていた女子たちが。

あたしとはまったく無縁であろうかわいい子たちが、机にイスを寄せはじめたのだ。


しかも突然の名前呼び。

許可した覚えもないのに、すでに了承ずみだと思っているこの図々しさが恐ろしい。


「で、あゆはあのふたりとケンカしたんでしょうが。あっちは必死であんたのこと探してるよ」


名前呼びの次は、あんたよばわりか。

クラスの中心グループというものは本当にすごい。

ここまでくるといっそ気持ちいいと思ってしまうほど。


そういえば、こんな強引なのが他にもいたっけ。


あたしをすぐさま名前呼びした甘ったるい顔の男を思い出して、あわてて打ち消した。

もうカンケイないというのに。


「アレでしょ、また村田くんの女グセの悪さが出たんでしょ?」

「あー、付き合ってたりするとけっこうショックだよねえ。まあそういう男だってわかってはいるんだけどさ」


いや、付き合ってないんで。

というかなに、この相談会みたいな状況。


クラス中が興味津々とばかりに視線を投げてくる。

こんな光景を目の当たりにしたらあたしだって見てしまうと思うけど、それとこれとは別。


ちょっとくらい助けてくれるとかなんとかないのか。

いや、自分でも助けないとは思うけど。


「タカヤのあれは病気みたいなもんだから。割り切んなきゃだめだよ。マジで」


淡い桃色のツメに息を吹きかけて、あたしをうつす大きな目。


割り切るとか割り切らないとかそういう次元じゃない。

なんで、あたしなのかがわからない。


告白された理由も、これまでふたりといっしょにいた理由もなにもかもがわからない。

ただ、それだけだ。


「ほんとにそういうんじゃないから。それに、」


あたしはこの子たちみたいにキレイでかわいいわけじゃない。

頭が良いわけでも、なにか飛びぬけたものを持っているわけでもない。


こんなあたしのどこがいいのか、あたしにはわからない。

だから、答えはひとつしかない。


「……今までだって、からかわれてただけだと、思うから」


つい、本音が口をついて出た。

こんなこと話すつもりじゃなかったと後悔しても、時すでに遅し。


取り囲む数人がいっせいにあたしを見て動きを止める。

そして、笑い出した。


「それはないわ」

「あゆはマジこういうの慣れてないんだねえ。あのふたりもかわいそうに」

「つかニブくない? いくらなんでも」


甘い花のにおいと笑いに包まれる。


いくらなんでもあたしにだってわかる。

この笑いがバカにしたものじゃないってことくらい。


でも、言葉の意味と何に対する笑いなのかがはっきりしなくて混乱する。

呆然とその笑いを受け止めていれば、隣に座っていた子がおもむろに肩を叩いてきた。


「タカヤがここのところ付き合い悪くなったのは、間違いなくあんたが原因だよ」

「は?」


思わず素で返答すれば、さらに笑いが沸き起こった。

ここは岡崎くんのような子が多いのだろうか。

まったくを持って意味がわからない。


あの村田くんの付き合いが悪くなった。

それすら知らなかったというのに、その原因はあたしだと思われていた。


どういうことなのだろう。

その思いが顔に出てしまっていたのか、いちばん大笑いしていた子があたしの頬をつまんで引っ張ってきた。


「タカヤはね、あんたを追いかけまわすようになってから女の子と遊ばなくなったの。あんなに女好きだったのに、一言目にはあゆあゆーって、うっざいのなんのって」

「あの村田くんが、だよ。信じられないでしょ。あ、こないだはイジメてごめんね。あたし、遊ぶ約束してたのに断られて、ちょっとムカついてたから」


やつあたりしちゃったと微笑んで、元クラスメイトだというあの子が小さく頭を下げていた。

それだけでも衝撃だったのに、さらに続けられる情報の嵐。


「岡崎くんだっておとなしくなったよね。前は一緒に遊んでたのに、いまは女っけすらないし」

「タカヤに泣かされた女子をフォローしてそのまま、ってパターンが多かったのにねえ。すっかり真面目になっちゃった。これも全部あゆのせいだよ」


なにもかもがあたしのせいになっている。

だから、このあいだはヤケに絡んできてたのか。


けれど、納得したと同時に反発を覚えた。


その原因はあたしじゃない。

だったら、このあいだのようなことはなかったはずだ。


村田くんとだれかのキスシーンを見て、岡崎くんになぐさめられたあの日のことは。


これじゃあ、なにひとつ変わっていない。

ウワサどおりのふたりの姿じゃないか。


やっぱりあたしは、からかわれていたんだ。


そう思ったらこみ上げてくるのは怒りじゃなくて、胸の底でたゆたっていた水だった。

じわっと沸き上がってきたそれを我慢できなくなってうつむく。


なんだこれ。

なんであたしが泣かなくちゃいけないんだ。



『これ、届けてもらえないかな』



岡崎くんにだまされて。



『どうかオレをすきになってくれませんか』



手紙を届けたら告白されて。



『あゆー!』

『長田さん』



そこからはじまったこの奇妙なカンケイ。



一生無縁だったはずの、有名な二人組。

きらきらひかって見えて、自分の名前を呼ばれるなんて何かの間違いじゃないかとさえ思った。


追いかけ回されて、散々はずかしいこともされて、学校までサボって。

昼寝して、晩ご飯までごちそうになって、トランプ大会をして。


迷惑でたまらなかったのに。

サイアクだと思っていたのに。


「あゆ?」


それが、いつのまにかこんなにも。


「ちょっと、あゆが泣いてんだけど」

「え、なんで。どうしたのー?」


こんなにも楽しいものになっていたなんて、思わなかった。


一度泣き出したら止まらなくなって、あわてた女の子たちがあたしの背を撫でる。

その感触にさらに気持ちがあおられて、まずます涙が止まらない。


かなしい。

かなしい。


やっぱりだまされていたんだ。

からかわれて、遊ばれて、笑われていたんだ。


いたい。

くるしい。

かなしい。


止まらない涙と、止まらない気持ち。

いつの間にか声を上げて泣いていて、あわてたように背中をさすってくれるものと頭を撫でてくれるものが優しすぎてたまらなかった。





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