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act.13 inflict punishment on an offender




「さっきから止めてるの、岡崎くんでしょ。ぜったいそうでしょ。この根性悪!」

「何のこと? それより、孝也。次パスしたらアウトな」

「は!? マジで!?」


フローリングに並べられたカード。反射する蛍光灯の白。

トコロドコロ止められて、まだ揃っていないゆがんだ列を食い入るように見つめる。


手元のカードと床の上のカードを交互に何度も見直した村田くんは、力尽きたかのように肩を落とし、息を吐いた。


「……マジで、ない」


それは、事実上の敗北をあらわすコトバ。


「はい、アウト」

「罰ゲーム、覚悟しとけよ」


瞬間、あたしと岡崎くんが顔を見合わせてにやついたのは。

いうまでも、ない。






背中の痛みと言い知れぬ感情から回復したあたしは、なぜか岡崎くん主催の七ならべ大会に参加していた。

普段なら、そんなくだらないお遊びはさっさと断っている。

にも関わらず、今回の参加を決意したのは止むに止まれぬ特別な事情があったからだ。


それは。


「罰ゲームありにしようか。敗者は必ず勝者のいうことをひとつ聞く、でどう?」


この、ヒトコト。


器用な手つきでカードを切る大会主催者は、耳にざわつく低音ボイスでそんな言葉を放った。

口の端に浮かべた笑みが黒く見えなくはなかったけれども、それを差し引いてもその提案はあまりに魅力的だった。


たとえば、もしもあたしが村田くんに勝ったならば。

これまでのようなことをやめさせることができるのでは?


一瞬にして、脳内を記憶と計算式が駆けめぐる。


勝てる。間違いなく。

というか、勝ってみせる。絶対に。


そう意気込んでトランプを囲んだ結果。


「一位、俺ね。で、二位が長田さん、三位が孝也な」


という成績におさまったわけである。


何となく予想はしていたものの、やはり小賢しいというかずる賢いというか、性格がそのまま反映されたようなゲーム展開をして主導権を握ったのは岡崎くんだった。


これは、間違いなく自分の勝利を確信していたに違いない。

ずいぶんと余裕だった気がする。

まんまといっぱい食わされた感が拭えないけれど、村田くんには勝ったので文句はいうまい。


「俺は長田さんと孝也に。長田さんは孝也に。それぞれ罰ゲームを命じる、ということで」

「それじゃ、オレだけふたつもなんかやんのかよー!」


手元に残ったカードを宙に放り投げて、岡崎くんに食い下がる村田くん。

あたしはといえば、その最高の提案にココロのなかでガッツポーズを決め込んだ。


岡崎くんは意外にいいひとだった。

これからは彼に対する考えを多少改めることにしよう。そうしよう。


「いいじゃない。パスしまくってたし、結果的に負けたんだから文句いわない」

「あゆ、なんか喜んでねえ?」


子犬のような黒目があたしをうつしだして、揺れる。

ひざを抱えて視線を向けてきた村田くんは、すっかりいじけているように見えた。


でかい図体して、何なんだその態度。

お前はいったいいくつなんだ。


そうは思うものの、少しだけ良心がちくちくとうずく。

これだから天下無敵のベビーフェイスは困る。

これじゃ、まるであたしが悪者みたいじゃないか。


それでも、ルールはルール。

決まりを守るのは当然、と自分をムリヤリ肯定した。


「どうせ罰ゲームは、近寄るなとか触るなとかそういうことをいうつもりなんだろー」


頬をふくらませた村田くんが反撃とばかりにスルドイ指摘をしてきた。

あまりにストレートに図星をつかれたものだから、ごまかす言葉すら思い浮かばない。


「ははっ、わかりやすいんだよな。長田さんは」


そんなあからさまに顔に出ていたのだろうか。

思わず頬に両手を当てれば、岡崎くんがさらにおもしろおかしいといった様子でお腹を抱え込んだ。


だから、なんでそんなに笑い上戸なんだ。


「まあ、孝也がボロ負けでかわいそうだから、いうことをなんでも聞くっていってもひとつだけで十分間、ってとこにしようか」

「大地ぃ! お前、最高!」


目元を押えてそう提案した岡崎くんに、村田くんがすぐさま飛びついた。

目の前で男子の絡み合う姿はなんと暑苦しいことか。


ここで反対するなんてことは、さすがのあたしにもできるわけがなく。

しかたなく、しぶしぶその提案を飲むことにした。


「じゃあ、罰ゲームは、」


十分間だけでも村田くんのああいった行動から解放されるならいいか。

そう考えて切り出したそのとき。

背後からひんやりとした風を感じて、振り返った。


鈍く軋む音。

薄く開かれていくドア。


「あゆちゃんほっといてナニじゃれてんの? あんたたち」


完全に開かれた扉の向こう側には、ゆるく巻いた髪をゆらした岡崎くんのお姉さんがいた。


「ねーちゃん!」

「姉貴」


顔を上げたふたりがそれぞれその呼び名を口にする。

あたしは軽く会釈をして、場所をゆずった。


部屋に入ったお姉さんは大きなため息をひとつついて、けだるそうに何かを差し出した。


ちかちかと、赤が点滅を繰り返す。

あざやかなその小さな色が、やけに目に突き刺さった。


夕食のときとの態度の違いに、違和感が広がる。

てっきり、またからかわれるのかと思っていたのに。


「あたしにアンタみたいな弟はいないわよ。ほら、エロ孝也」


それにしてもずいぶんひどい呼び名だ。

学校だけじゃなくて、人様のお宅でも評判になってしまうほど彼はイロイロやらかしてきたらしい。


呼ばれた張本人に視線をうつす。

てっきり、いつものように笑っているのだと思っていた。





――けれど。

点滅するコードレスフォンを差し出された村田くんの顔に、表情はなかった。





空気が、いつのまにか変わっていた。

まるで、この部屋自体が凍りついてしまったかのように。


「ありがと、ねーちゃん」


じゃれあっていた岡崎くんからカラダを離して、電話を受け取った村田くんはドアの向こうに姿を消した。


静かに閉じていく扉。

夜に包まれた廊下に立つ後姿。

会話は、なにひとつ聞こえてこなかった。


完全にドアが閉まって、思わず息をついた。

その場の空気の重さから、解放されたかのように呼吸を浅く繰り返す。


いまのはいったいなんだったのだろう。

たかが電話一本なのに、どうしてこんなにもおかしな雰囲気になったんだ。


意味が分からない。

これは、どういう事態?


岡崎くんに求めるように目を向ければ、彼もまた同じように表情をうしなっていた。



フローリングにちらばるカードだけがきらきらと。

蛍光灯を受けて、ひかる。



おわりをつげたのは、赤い点滅。



そしてそれは、はじまりをつげる警告の赤だった。







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