act.12 よしよし。なでなで。
よくよく、考えてみれば。
「あゆみちゃん、時間大丈夫?」
「平気だよ、母さん。さっき家に連絡してたみたいだから。な、長田さん」
男子の家に来るなんて。
「おっちゃん、オレも、オレもー!」
「孝也……。お前、まだ未成年だろうが。成人したらいくらでも飲みに連れて行ってやるから」
しかも、夕飯をごちそうになるなんて。
「で、あゆちゃんはうちの弟とエロ孝也のどっちの彼女なの?」
「オレに決まってんだろー!」
「姉貴の想像に任せるよ」
これはちょっと、はやまったかも、しれない。
「ごめんな、にぎやかだったろ?」
さわがしい、もとい、にぎやかな夕食を終えて、二階にある岡崎くんの部屋に通された。
白を基調とした少し大きめの部屋には、シンプルな造りの机と本棚にベッド。
テレビやパソコンまであって、村田くんが勝手にゲームを引きずり出していた。
さっきの様子から察するに、どうやら村田くんは家族ぐるみで岡崎くんと仲がいいらしい。
「それは楽しかったからいいんだけど。お姉さんが、その、誤解をしていらっしゃったんですが」
大学生のキレイなお姉さんは、あたしたちをそういうカンケイだと思ったらしい。
夕食のあいだ、根掘り葉掘り散々きかれて戸惑った。
上手くかわせないあたしを岡崎くんはさりげなくフォローしてくれたけれど、問題は。
「シツレイだよな。あゆはオレのだっつの」
「違うから! 村田くんのせいで余計混乱させたんでしょ!」
この男の存在であったわけで。
とにかく引っ掻き回すわ、余計なことを言うわで、食卓はとんでもないにぎわいだった。
「最終的に、俺と孝也が長田さんに報われない恋をしてるっていう結論だったっけ?」
「カンベンしてください。ちゃんと誤解といてね。ほんとに」
「ねーちゃんひとりで盛り上がってたもんなあ。でもオレのせいじゃねーよ!」
いや、カンペキにあんたのせいだから。
岡崎くんのお姉さんの脳内ではしっかり三角関係なるものが構築されたらしく、夕飯を終えたあと頑張ってと肩を叩かれ励まされる始末。
おすすめはやはり自分の弟だと、こっそり耳打ちまでされた。
「大地、こないだの続きしようぜ」
コントローラーを差し出して、ふたりでテレビの前に並ぶ姿はなんだか幼い。
ゲームに夢中になってカラダを揺らす村田くんと、身動きすらしない岡崎くん。
そもそも、このふたりは同じクラスでもないのにどうして仲がいいんだろう。
外見も性格も正反対な気がする。
同じ中学だったのだろうか。
「ね、ふたりは同じ中学だったの?」
素朴な疑問を正面の並ぶ背中に投げかける。
先に反応したのは岡崎くんだった。
「いや、幼稚園んときから。でも孝也は小五のときに転校したんだよ。で、高校で再会」
「前は家近所だったもんなー、オレら」
正面のテレビから顔を動かさずに答える村田くんの表情は読めない。
よほど夢中になっているのだろう。
岡崎くんがコントローラーを差し出してきたけれど丁重にお断りした。
「オレんち、もうねえよなあ。けっこー悲しかった」
「あのあとすぐ新しい家建ったしな。この辺も変わったからしかたないさ」
「そういやこないだ、あいつに会ってさー!」
あたしのヒトコトで思い出話に花が咲いたのか、わけもわからない会話が続く。
あいつとか、あの場所とか、あのときとか。
さっきまであんなにゲームに夢中だったくせに、その手はいまじゃすっかりおろそかだ。
いいなあ。
なんて思いたくないけれど、やっぱりうらやましい。
男子と女子の友達関係はどこか違うような気がする。
女子は小学校のときにいくら仲が良くても、中学に行けばそのクラスのグループとべったりになって、離れていってしまうことが多い。
高校にくればなおさら。
友達じゃなくなったわけではないけど、しばらく連絡すら取っていない子もいる。
あたしは高校一年の友達を避けるようにしてきたから、とくに。
離れ離れになったのに、高校で会ってまた仲良くなって。
家族ぐるみでお付き合いなんて、なかなかない。
村田くんはその知名度から友達がたくさんいるみたいだけれど、その中でも岡崎くんは特別な位置にいるように思える。
そこにいま、あたしが入り込んでいるこの現状。
まるで異邦人みたいな気分だ。
知り合ったのだってつい最近。
なのに、こんなにも近づいている。
反芻する、差し出されたてのひら。
きらきら星がふたつ。
境界線を飛び越えてしまった罪悪なんて吹き飛ばしてしまうほど、まぶしくて嬉しかった。
少し、さみしい気がするのはどうしてだろう。
ふたりの背中が、いまはなんだか遠い。
「あゆー?」
突然、あたまに軽い重みとやわらかい感触がした。
床に落としていた視線を引き上げれば、いつのまにか目の前に村田くんがいた。
その手が髪を撫でていることに気がついて、あわてて後ろずさるもベッドに当たって行き止まり。
大きな音と痛みが背中に走って、息を飲んだ。
「うわっ、長田さん、大丈夫?」
村田くんの後ろから顔をのぞかせていた岡崎くんがそばに寄ってきた。
その手が軽く背中に触れる。
「思いっきりいったよな。痛む?」
「あゆ、だいじょーぶかー? よしよし」
背中が痛かったのなんて一瞬だ。
それよりも、頭を撫でる手と背中に触れている手のほうが気になって仕方ない。
もう大丈夫だって。
痛くなんてない、平気だって。
顔を上げてそういえばいいのに、なぜかその言葉が出てこない。
「孝也、お前驚かせすぎ」
「え!? オレのせい? 大地がこんなところにベッド置いとくからだろ」
この手が、離れなきゃいいって思ってる。
ふたりが、このままこっちを見ていてくれたらって、思ってる。
なんだ、この考え。
おとめちっくすぎて笑える。
だけどさっきの言いようのないさみしさは、その手のぬくもりにすっかり掻き消されてしまった。
「ベッドは悪くないだろ。どう考えても」
「だってあゆがなんか寂しそうな顔してたんだぜ。触らずにはいられねえだろー」
「そこはただ長田さんに聞けばいいだけじゃないのか?」
ふたりの声があたしを名前を口にする。
背中じゃなくて、こっちを向いて。
「あゆー? そんなにいたい?」
「長田さん、なにか冷やすものでも持ってこようか」
返事をしなかったのは、もう少しこのままでいたいと思ったから。
ほんとうにどうしてしまったんだろう。
迷惑だって思っていたはずなのに、この気持ちはいったいなんだろう。
うずくまった腕のあいだから見えたふたりの顔は不安そうで、それをもう少しこのまま見ていたいと考えている自分は意地が悪いと、そう思った。




