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わたしの色

掲載日:2016/05/15

「きみは空が好きなんだね」

ふらふらしていた意識がすうっと現実に引き戻された。

その人は空色なわけでもない、空が描かれているわけでもない一枚の絵を見つめてつぶやいた。少女が上を向いてる絵。表情も見えない。

「いつか、君の空をみてみたい」とほほ笑んで、来た時と同じように静かに去っていた。ちょっと泣いているみたいだった

高校の思い出にと思って、部活のみんなで自己満足のために展示会に参加して、わいわいして終わりなはずだった。

自分の思いが届くわけもないのに届いてしまった。

絵の中の少女は私だ。ほんとは芸大に進みたかった。ちゃんと学んで空を描きたかった。いつも見守ってくれる空を。一日として同じものはない空を。私のキャンパスの中に切り取ってしまいたかった。

心がざわめいていた。誰にも言ったことのない思いを見透かされた。

こんなことってあるのかな。見ず知らずのひとに積年の思いのようなをさらけだされてしまって。小説みたいじゃないか。

ああいいのかもしれない、小説の中に入ってしまっても。こんなに流されやすい自分は嫌いだったのに、流されたいとおもった。絵を描こう。ちゃんとやりたいことをやろう。空を描いて、あの人にみせよう。

「心の赴くところ」という絵。毎日彼は見に来ていたみたいで、最終日の翌日には売れていた。


「あ、こんな感じでお願いできますか?背景は白な感じで。」

「はい、無垢な少女って感じですかねー」

「そうそう!やっぱ倉木ちゃんはたのみやすいわあ」

「そうですか?ありがたいです」

いまのわたしはただの会社員だ。週休2日、残業なし。おじさんたちのセクハラすれすれの発言をうまくかわせば、こんなご時世にかかわらずホワイトな職場だ。真っ白。

副業がまあ本業だ。気持ち的には。フリーのイラストレイター。今は少し知名度もあがって、新聞広告もかけるようになった。主にはカフェの看板だったり、小さい会社の広告を書かせてもらっている。もちろんこんな綱渡りな職業で食っていけると思っちゃえるほどお気楽な生活はしていない。

毎日、たのしい。それはなんか形式的なもの。

「絵を仕事にするって、自分を捨てることだ。」先輩ライターの疲れた言葉は、もうほんとにその通りだ。自分をもって絵をかいたらクライアントの希望に添えないし、仕事も来ない。自分の絵で食っていけるなんて、ほんの一握り。近所の公園の砂場のなかでダイアモンドを見つけるレベルだ。

10年前の風だけがいやに涼やかだった8月の半ばに売れた一枚の絵と、その時の自分を裏切らないために、それからおそらく自分の絵を買ってくれた彼のために、絵を描いている。

いつか空を、今日の空をきりとれるように。

別に絵を仕事にしなくてもいいのかもしれないが、趣味なんてふわふわしたところに絵を置いたらいけない。書きたいっていう気持ちを忘れてしまいそう。


雨の日。毎日一枚描く空の絵。納得のいく絵は描けたことはない。一瞬あとにはまた違う空の表情になっている。

古代の哲学者が人間とは何かという難題に毎日取り組み続けた、そんな終わりのない迷宮のようなものだ。

でもそれでいい。いまの描けない状況のほうがいい。

部屋には捨てられない絵がたくさんだ。10×365。単純計算で気持ち悪くなるほどの量だ。


正直、社会適合性はない。

絵を描くということはよほど親しいひとにしか言ってないし、まあ地味な女くらいにしか周りには思われていないんだろう。

わたしの友人たちは物好きだ。

「ねえ、ゆい。個展とかひらいたら?」

「無理だよ…いくらかかると思ってんの。絵を買うひとなんていないしさ。」

「いや、だって、いまのゆいなにがしたのかわかんない感じだよ?そのさ、運命のひと?にまた絵をみてほしんでしょ。」

「え、いや、そういうんじゃないって!…でも、そうだよね。絵をわかってほしい。題名だけじゃない、なんかくみ取ってほしい思い?みたいなの、いろんなひとにみてほしい…かも。」

「かもって」理沙が苦笑いした。

「最近さ、将来が見えないし、親は見合い見合いってうるさいし、息詰まってるんだよね正直。」うんうんという理沙。

「個展か~」

「やる?」

「いやでもなあ…」

「やれるじゃん?」

「ん~わたしなんかが…」

「yuiの絵って心に来るものがあるよね、yuiが忘れられない絵ってものをおしえてくれた。yuiのイラストかわいい~yuiは~yui応援してます!yuiは」

「いやなになになになに!やめてよー」

「ネットの声ってやつだね、さすがオタク麻紀」

「個展やってたりしないんですかって書いてある」

「そんなの…」

「やろーよー」

「パパのギャラリー安くする。」

「あ、ただじゃないのね笑」

「そんでやる?」「やればいいのに」「意気地なし」「いつまで待ってんの、その空の男」理沙さん麻紀さん顔こわいです…

「う…ん。空の絵以外ね。」

「あーわかったわ。うちらが企画するから、画家先生はぼーっとしててくださいな」


あれよあれよという間になんだか個展を開くことになっていた。いやうんすごいね。


今日は茜色で、でも涙みたいに雲が散ってる空だなあ。仕事終わりに公園でキャンバスを広げてみた。

個展まであと2週間。

今までの空の絵は、展示しない。あれは全部、あのひとのものだから。

だから、個展開催中の2週間はその日の空を描いて入り口に飾る。

これがけじめ。

もう何回となく描いた空は、いまやっと世にだそうって思える。

10年も一度会ったひとを待ってるなんて馬鹿でしかないけど、それが私だ。

一目ぼれだった、んだろうな。母一人子一人の家庭でつらかったんだろう、と思う。他人事みたいだけど、ほんとにそうとしか言えない。

もう失恋して、いいと思うんだ。

個展は失恋する勇気をくれるはずだから。


「よーし家帰ろうっと」

いつもと変わらない街だけど、光景だけど、空はちがうから。

鼻歌をうたって家路についた。

「う…そ」

5年前に引っ越したおんぼろアパートが燃えていた。

なにも考えていなかった。

ただ、空の絵が、思い出されて、火の中にとびこんだ。

「あ、ちょっとお姉さん!」「やばい飛び込んだぞ」「すげえ燃えてんのに」「救急車は!!」「おい消防きたぞ!」


あ、あつい

ねえ待って

あの絵は守らなきゃ

やだやだやだやだやだやだやだ


意識が遠のいていく


「お姉さん!!しっかり!」

ゆっくり目をあけると火の中だった。

あ、絵。周りを見渡すとたぶん自分の部屋で、自分で空の絵のキャンパスをいくつか抱えてて。こんなときなのに笑ってしまった。

無意識ってすごい…あはは。

消防士の男の人はなにかにびっくりしてるみたいだけどよくわからない。

「きみは…空を描いているのか…?」呆然としたように彼はつぶやいた。独り言のようだった。

「まさか…こんなところで…」

どんっぐうう…

火が迫ってきた

彼ははっとしたように周りをみて、顔を引き締めた。

「すいませんっ、すこし息を止めて目をつぶっててください!」

頼まれなくても、意識がもうろうとしている。


「きみの空はきれいで…いやそんな言葉じゃなんか伝えられないな…」

そんな声がして目を開けると、病院の天井…じゃなくて男の人の顔がドアップだった。

目をあけたわたしにびっくりしながらほほ笑んだ。

「きみの空はいま何色なんだ?」



運命ってやっぱりあるのかもしれない。

毎日何もない自分は運をためていたのかもしれない。


今日の空は何色でもない、わたしの色をしていた。


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