レイニー・ハロウィン
ハロウィンにちなんだちょっとした短編。ハロウィンは本来、死者が家族に会いに来る日と聞いたので。
「久し振り、ね」
懐かしむような声だった。
そう、ちょうど1年振りだ。エリと会うのは。
ハロウィンが終わって2日たったからだろうか、エリのへたは少しだけ黒ずんで乾いていた。
エリは女の子だけど、かぼちゃでもある。エリをみようとすると二重の概念が私に流れ込む。ま、私にとったらエリがかぼちゃなのか少女なのかなんてどうでもいいけど。
「歩こうか」
私はエリにそう言った。エリは小さく頷いて、私たちは歩き始める。
空はどんよりと曇り、固まった黒砂糖のような雲がゆっくりと流れていた。街は数日前のお祭り騒ぎから日常を取り戻しているようだ。
「去年より、派手だったみたいね」
「そうなの。深夜までずっと騒がしかった」
「ふふっ」
何がおかしいのか、エリは微笑んだ。たしかに毎年窓から見下ろしているハロウィンのお祭りは、年々大きくなっていると思う。本来は死んだ人が訪ねてくる日という意味だったんだけど。
――――――エリみたいに。
「そういえばさ」
前から気になっていたことを訊いてみよう。
「なに?」
「どうして毎年、10月31日じゃなくて11月2日にかえってくるの?」
エリは質問が意外だったのか、きょとんとした。その表情は絵になりそうなくらい可愛らしい。
「たいした理由ではないのだけれど……私、人が多いのイヤなの」
「人?死んでも死んでも人ゴミは避けたいの?」
自分の言ったことに自分で笑ってしまった。エリはちょっと顔を赤らめて口を尖らせた。
「ち、違うわよ!だいたいね、10月31日は他の死者もいっぱい下にくるのよ!」
「あ、そうなんだ。私エリ以外のユーレイは見えないから分かんないや」
周波数?が合わない人には見えないって前にエリが言ってた気がする。
「あんまり人が多いと…その……ゆっくりできないでしょ?2人で」
「あ、私と会うのが待ち遠しいんだ〜」
茶化して言ったつもりだったけど、エリは悲しそうな顔をした。
「いいえ。待ち遠しくは、なかった。きっと、なにもなかった」
「ん……どういうこと?」
「上では、境界線が不明瞭…というか、区別がないの。あなたとわたし、わたしとだれかの区別ができない。死んでしまうとすべての価値観を失って、他のものと混ざりあって解け、なにもかもが曖昧になってしまう。思い――――――感情と言えるようなものは薄れて消えていくわ。だから、私はあなたに会うまでについて、なにも語れない」
正直、よくわからなかった。実際私が体験したことじゃないし、難しい話だ。私が死んで、私が私でなくなってしまったら。
「でも、現にエリは私に会いに来てるよ」
そう言うとエリは微笑んだ。
「それは、あなたが私に会いたいと思ってくれているからだと思う。あなたの感情が、無秩序になってしまった私の流体を型に流し込んで固めてくれる。きっとそんな感じ」
エリはどことなく寂しそうだったけれど、嬉しそうでもあった。私がエリに会いたいと思うから、私はエリに会えるのかな?
「私は……信じたいのかもしれない。エリが死んだ後もまた会いたいって思ってるってことじゃなくってさ。きっとエリという存在はどこかにあるんだって。ずっと消えないんだって」
なにか近しいモノが逝ってしまったときの喪失感は、ひたすらに大きい。自分の一部がごっそりと抜け落ちてしまったようで不安になる。3年前もそうだった。
「だから決めちゃうんだ。まだどこかにいて、なにかをしている、カタチは変わってしまってもきっと存在しているに違いないって」
「そう――――――」
エリは曇り空を見上げた。涙を堪えていると言うよりはたくさんの涙が溜まってしまったような雲だった。
「きっとね、私も死が怖いんだとおもう。こうしてエリと会えることを知っているから、私も死んでも誰かには会いに来れるって思えるけど、本当に死んだ時、誰にも会えずに私は消えてしまうかもしれない。それが怖い」
感情が言葉になって、驟雨のようにこぼれ落ちた。
「自分の死が怖いから、人は大切な人が亡くなったときあの世の存在を作り出すのかもしれないわね。自分が死んでも、そこへ行けるって信じるために。でも、今私はあなたに会えて嬉しいわ」
優しい言葉。私の中に染み込んで、暖かくなる言葉。
私とエリは街中を歩いている。いつしか雨が降り出して、私は濡れた。ゆっくりと街が溶けてゆく。エリとの時間が終わりに近づいているんだろう。
「もう、行かなきゃ」
「うん」
「楽しかったわ」
「また来年――――――――――会えるのかな?」
風が吹いた。緩やかに街をかき混ぜて、また空へ戻っていく。その風は、いつも病院の窓から吹き付けてくる風に似ていた。
「来年、会えるならいいわ。またおしゃべりしましょう。それまで、こちらには来ないようにね」
「分かったよ。私も頑張るから――――――」
ぜんぶ言い終わらないうちに、エリは安心した面持ちのまま街に溶け込んだ。帰ったんだね。
だんだんだんだん、私も記憶が薄れてゆくのがわかる。元に戻った時には朧気にしか覚えていないのだろう。去年もそうだったし。
傘は持ってないけど、まあいいや。
溶け切る前に戻らなきゃ、きっと私も。
だからどのみち走らなくちゃいけない。
溶けてゆく街並みは、かぼちゃの煮付けを作ってるみたいだった。
和食好きのエリらしいな――――――
また、来年。
深夜にバーっと書いたからうまくまとまらない感じが残りました。
でも、色々な裏設定をそれとなくかけて楽しかったです。