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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
オリヴィア・オレインシュピーゲルと三人の訪問者
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市場に出かけてトゥリャトゥリャリャ

 一尋館の門をでて少し歩いた場所に、小さな農家風の建物――ありていに言えばあばら家がある。実はそこは、何かと人目に立ちがちなぼくたちが、街へ出る際に準備をするための場所だった。

 いうなれば一種のエアロック。外界との折り合いをつけるためにボンベやヘルメットを整える、そんな感じだ。


 こざっぱりとしてはいるが華美さとは無縁の地味な衣服を身に着け、ぼくとクレアムとジーナは荷馬車に乗って農家の納屋から直接、石畳の小道へ出た。


 かわいらしい花模様のスカーフに包まれて、クレアムの薄緑の髪は隠され、耳の上の小さな竜角もほぼ目につかない。

 ぼくは膝に当て革のついたゆったりした作業ズボンと、包みボタンの並んだ腰までのジャケットをわざとだらしなく着込み、ジーナはどこかの修道女のような暗灰色のワンピース。布地の重量がすべて肩にかかる、簡素な造りのものだ。

 知らない者が見れば、ぼくらの姿はごくありふれた農家の父娘と、たまたま荷馬車に便乗した修道女といった具合に見えるだろう。

 仕上げに、存在感隠蔽(コンシール・オーラ)の魔法が込められたベレー帽をぼくの頭にのせている。これでもう、勇者ユズシマ・シワスがそこにいると見破る者はあるまい。


 妻の中でもとりわけて出たがらないステラはもちろんのことだが、ぼく自身も、他の5人も、ことさらに『勇者とその家族』として住民と接することは避けているのだった。


 丘を下る緩やかな坂道を荷馬車で進む。付近で切り出された石灰岩で割と緻密に組まれた石垣が道沿いに連なり、日を浴びて白く輝いていた。


「シワス様、市場では何を買うご予定ですか」


「そうだなぁ。魚が食べたいよ。ここしばらくお天気がもう一つで、魚市場が寂しかったからね。今朝の天気なら何かいい魚が入ってるんじゃないかな? 少し遅いからあらかた売り切れたと思うけど、僕らで食べる分くらいはなにかあるだろう」


 この町の周辺は比較的暖かい気候だ。魚もやたらに脂ののった北方のものではなく、どちらかと言えば彩り鮮やかな花のような、ゆっくり泳ぐものが多い。

 幾つか、どう逆立ちしても手に入らない調味料や食材があるせいで料理方法には制限があるが、なに、これでこの世界には十年近くとどまっているのだ。それなりの工夫というものがある。


「シワスはお魚が好きなのじゃー。クレアムもお魚大好きじゃー」


 クレアムが歌うように言った。


 君も見ての通り、ここはおおよそ地球のイタリアあたりに近い風土、自然環境だ。

 明るい南国の太陽を浴びて、ぶどうとオリーブがたわわに実り、季節になればオレンジの花が濃い緑の中に白く輝く。 


 豊富な魚介が朝早くから市場に並び、野良猫もそれをかすめ取っては腹に収め、毛並みはつやつやとして王侯貴族のように我が物顔で歩き回る――全くのところ、ロッツェルで魚を食わないという法はない! どれもこれもあっさり風味で、味付けの選択肢が広くて美味いんだから。


 市場が最高の賑わいを見せるのは、日の出から二時間くらいだ。朝の潮目に合わせて船出した漁船が新鮮な魚をどっさりと水揚げして、それが瞬く間にはけていく。

 正午が近づいたこの時間だと、少し元気のなくなった烏賊やぐんにょりとくたびれたイトヨリが、小さなイワシやアジに混ざって木箱に残っているくらいが関の山だ。だが今しも港に入ってくる二本マストの小型漁船(フェルーカ)を、ぼくはこの時、目ざとく見つけていた。


「やあ、あれはサヴィニアン号だ! 少し急ごう、珍しいものが入るかもしれないよ」


「『沖の小娘』のあたりまで行ってきたんでしょうね。あの船長さんも、よくあんな難所まで帆船で行く気になるものだと」


「天気がよくなかったら、いくらニコロさんでもあそこへは行かないだろうさ」


 ロッツェルの沖合10㎞ほどの場所に、少女がフレアスカートをひるがえしたような姿の白い岩がそびえている。それが地元でいう『沖の小娘』だ。

 そのあたりは入り組んだ岩礁と複雑な潮流に阻まれる危険な場所だが、礁脈にはたっぷりと餌をとった大物の魚がごろごろしているという、もっぱらの評判だ。

 サヴィニアン号のニコロ船長はそこまで船を寄せて漁を敢行できる、ロッツェルでも指折りの腕利き船乗りなのだった。 


 

「シロガネダイだ……」


 市場に駆けつけ、秤に載せられた物を見てぼくはうめいた。

 紛らわしいがどこぞの高級住宅街のことじゃない。このあたりの海中で食物連鎖の比較的上位に位置する肉食性の大型魚だ。

 大きなもので身の丈およそ3m、岩場の深いところに潜み、広いなわばりを単独で占有する性質があるらしく、めったに市場にはお目見えしないのだが、最も脂がのるこの季節の味わいと言ったら――絶品、としか言いようがないのである。

 加熱すればとろりとした舌触りの中にもしっかりした歯ごたえが残り、タイのうまみを二十倍に濃縮したような素晴らしい肉汁が口の中に広がる。


 この世界ではあまり一般的ではないが、刺身を試したこともある。醤油と山葵の不在をあれほど呪った事は後にも先にも例がない。


 甲冑魚よろしく大きな鱗板で覆われ、その表面は光を反射して白く輝く。所々に目のさめるような金色の斑点が散らばるその姿はまさに魚の女王。


「シワス様……あれを買うのですね?」

 セリ場の人垣から少し外れてシロガネダイを見守るぼくに、ジーナがそっと耳打ちした。

「ああ。でも一尾丸ごとなんてさすがに無理だ。財布の具合はともかくとしても、あれを独り占めなんてのは、ね」


――多人数に強い感情を向けられると、このベレー帽にかかった存在感隠蔽(コンシール・オーラ)の魔法は破れるのだ。


 案の定、魚はマグロの解体ショーよろしく迅速に捌かれ、切り身となって瞬く間に競り落とされていく。腹側中ほどの、最も味の良い部位を競り落とした魚屋を追いかけてぼくらは走った。


「おっちゃん! そのシロガネダイの切り身、買った!」


「うお、早いなおい! いいとも、3ソレイユだ!」

 ソレイユ金貨は親指の爪ほどの小さな硬貨だが、その貨幣価値は日本円にしておおよそ1万5千円と言ったところ。

 3ソレイユは安くはない。だが、シロガネダイの腹身にはそれだけの価値がある。


 最高に活きのいい魚の女王様をお姫様抱っこに抱え上げ――トロ箱ごとだが――ぼくらは彼女を引き立てる香辛料(けしょうひん)を求めてまたひとしきり隣の青物市場を駆けまわったのだった。


「行くぞ、今夜はこいつでお刺身だ!」


「ポワレもじゃー」


 ついでに買ったエビやカニ、マテガイに似た細長い生き物の入った籠を抱えてクレアムがはしゃぐ。


「私はスキレットでかりっと焼き目を付けて焼いたのがいいですね」


 普段は食べ物の好みについてあまり言い立てないジーナまでもが口元を緩め、つばを飲み込んでいた。 


 タイムにセージ、小玉ニンニク、玉ねぎにローレル(動植物の名前は便宜的なものだ。似ていても地球のものとはわずかずつ異なるからだ。実際には現地の全くなじみのない言葉で表現されるのだが、君に向けてはぼくが逐一翻訳しているので、あまり気にしないでほしい)――お化粧の準備も整った。三日はバリエーション豊かな魚料理を楽しめる。


 馬車馬に少々過剰に鞭を当てて屋敷へ急いだ。夏の盛りは過ぎたけれどもまだまだ気温が高いので、魚介類はさっさと冷蔵庫に放り込みたかったのだ。


 坂を上って生垣を回り込む。変装小屋での着替えはすっ飛ばして馬車だけを定位置につなぎ、一尋館まで駆け戻ると、門の前に見慣れない男が所在無げに立っているのが目に入った。


(はて?)


 誰だろう。オリヴィアの担当編集者はもう少し後で来るはずなのだが――

 

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