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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
ステラ・クローガーと四人の冒険者
31/36

迷宮の暗闇は

「誰か、ろうそくか松明もってないか?」


 ふり向いて皆に尋ねる。『心の灯(エンライトメント)』の光は、術者から分離して飛ばすことができないのだ。

 ジーナに触手を伸ばしてもらう手もあるが、それは彼女に悪いし、足元の闇の中にどんな脅威が潜んでいるか知れたものではない。


「ろうそくでよければ」


 メリッサが燃えさしの短いろうそくを差し出した。ちょっとした防水や革ひもを通す穴の滑りをよくするために、彼女はよくこういうものを持ち歩いている。


 火をつけて落とすと、蝋燭はずっと下の方まで消えずに落ちていった。やがて落下が止まり、穴の深さが見て取れる。ざっと20mと言ったところだ。見ているうちに灯心が何か湿ったものに触れた様子で、小さな火灯りは闇に沁み込むように消えてしまった。ひとまず、下には床と一定量の酸素があると解った。


 だがここを下りるのは流石に早計だろう。ステラたちが閉じ込められた場所との位置関係がわからないし、その間にどんな仕掛けがあるかもわからない。


「一応、下から登ってこられるようにロープを垂らしておくか。下層(した)からの脱出時に見つけられれば儲けものだ」


 ぼくらを含め冒険者パーティーは、こういう立体的な構造の迷宮に備えて、たいていの場合何がしかの登山道具に類するものを持ち歩いている。太めのハーケンとロープをやや離れた石壁に打ち込み、擦りきれるのを防ぐためにロープと穴の縁との間に丈夫な革製の保護具をかませて、僕らはその回廊を後にした。



 さきほどのT字路まで戻り右へ進む。


「さっきは通り過ぎたが、ちょっとここを見ておくか」


 マーガレットが左手の壁に口を開けた、狭い入り口を指さした。いかなる目的で作られたものか、そこは他の通路の半分ほどの幅しかない。


「一列にならなきゃいけないわね……」


 メリッサが心配そうに、頭上の闇の奥をのぞき込んだ。この通路だけみょうに天井が高く、見通しが効かない。


 少し進んだところでその闇の中からバタバタと空気を震わす音が響いた。


「な、何!?」


「多分コウモリだ! 吸血(ヴァンパイア)種でないにしても咬まれたら病気をもらうぞ!」


 マーガレットが皆に注意を促す。彼女はぼくと行動を共にするより以前、洞窟を抜けるルートで敵拠点へ侵攻する作戦中、コウモリの所為で少なからぬ部下を失っているのだ。


「まずいわ、後ろからよ!」


 メリッサの声に恐怖がにじんだ。ぼくらはこの時、うかつにも防具の貧弱なオリヴィアを最後尾に配置していた――


 その瞬間、僕らの上空がカッと明るくなった。オレンジ色の光――いや、炎が大コウモリの群れをすっぽり飲み込んでいた。甲高い断末魔の声とともに、胴体が猫ほどの大きさの、毛皮と皮膜でできた生き物が落ちてくる。


 クレアムがとっさに火炎の吐息(ブレス)を吐いたのだ。眩しさに目がくらんだぼくらは数秒の後ようやく自失から覚めた。


「ありがとう、クレアム」


 すんでのところで不潔な牙による咬傷を免れたオリヴィアが、クレアムの頭を優しく抱きしめた。


「えへへへ、クレアムは役に立つ子なのじゃ」


「危険を知らせてくださるだけでよかったんですよ、クレアム様」


 ジーナが申し訳なさそうにそういいながら、黒焦げになったコウモリの死骸を通路の脇へ竿で押しやった。


 吐息は竜語魔法と違って彼女の発育に遅延をきたす心配はないが、それでもできるだけクレアムに無理はさせたくない。それはぼくらの意見が一致するところだ。

 

「物騒だな、この通路の構造とコウモリだけでも、十分危険な罠として機能してる……さて、この先には何がある?」


 前方に向き直って進む。行く手は左へ折れる曲がり角になっていたのだが、その手前まで来たとき不意に視界が明るくなった。またしても吐息(ブレス)――というわけではなかった。


 ここへ来るまでも回廊には一定の間隔で錆び朽ちた金属製の燈明皿や松明掛けがあったのだが、そのすべてが久しく使われていないものだった。だが、今この狭い通路の曲がり角で、一個の燈明皿に、手も触れないのに自然に火がともったのだ。


(センサー付きライトじゃあるまいし)


 ぼく自身にしか理解できないバカげた連想が脳裏をよぎる。そして、その灯りに照らされて、黒い石壁に作りつけられた小さなドアが浮かび上がっていた。


「何かしら、ここ」


「見当もつかないけど、この灯りの存在を考慮するに、何か重要なものがありそうだ」


「私が開けてみましょう」

 

 ジーナがすっと前に出る。危険な罠が発動した場合に備えて、メリッサが城塞の壁を構えてその後ろに陣取った。ぼくとマーガレットがその後ろにしゃがみ込み、オリヴィアとクレアムを守る。


「そう重いものではありません。特に罠などもないようです」


「そうか」


 ジーナの手のひらがドアの表面に張り付き、接触部が溶けたように石材に食い込んでいるのがちらっと見えた。彼女の体組織はごく微細な隙間にでも能動的に潜り込み、接触した物体の情報やわずかな化学物質を収拾することが可能だ。

 残念ながらその微細な触手状の組織が発揮できる物理的力は限られていて、重量のある仕掛けを解除するようなことはできないのだが。


 ともあれ、ジーナが取っ手に手をかけて手前に引くと、ドアは静かに開いた。その向こうには小ぢんまりと片付いた、書斎めいた空間があった。


「こんな場所があるとはね……荒らされてないところを見ると、どうやらステラたちはここを見てないな」


「何か役に立つ情報が手に入るかも。ちょうどいいわ、ここで彼女に連絡を取りましょう」


 オリヴィアが薬指に手を滑らせ、彼女の『伝心の指輪』をとって僕に渡そうとする。


「ああ、大丈夫だ。ぼくの分がまだチャージ二回まるまる残ってるからね」


 オリヴィアだって何かのはずみに、僕らと分断されないとは限らないのだ。


 指輪を起動すると、ステラはすぐに出た。飛びつくように、という感じだった。


――シワス! シワス! 連絡待ってたわ!


「待たせて済まない。そっちの様子はどうだ、まだ持ちこたえられそうか?」


――何とかまだ。ロブの意識は戻らないし、スティーブは麻痺毒以外にも何かもらったみたいで、顔色がよくないんだよね……なにより、狭いから空気が悪いし、ダリルがその、そろそろ限界。


「どうした? 彼女は魔力切れ以外は問題ないような話だったが」


――あー、うん……まあ、察して。


 困惑した口調。と、ステラの声が遠くなり、ダリルの物らしい涙声で罵倒する気配があった。


〈――ファグナー! いいからあっち向いててよ、この朴念仁! 鈍感!〉


(あちゃー……)


 だいたい察しはついた。


「ステラ。どうやらその問題だけはすぐに解決がつきそうだな……ダリルには気の毒だけど。それで、ぼくらだが、今いるのは一階真ん中の十字路から少し北へ上がった場所、東へ入り込んだ狭い通路の奥だ――」


 この書斎風の空間について伝える。ダリルはどうやらこの場所には踏み込まず、スルーして階段へ向かったらしかった


――なるほどね、うん、そこは見てないわ。なにか役に立つ情報があるといいけど……ほんと、早く来てよね?


「分かった、できる限り急ぐ。いまみんなが手分けして、記録のたぐいを探してるところだよ」


 ステラたちの状況は予断を許さない。とりわけ、スティーブの容態が気になる。不死生物(アンデッド)モンスターが持つ病毒にはどんな凶悪なものがあってもおかしくない。


 通話が終了したのとやや遅れるタイミングで、オリヴィアが奇妙なものを差し出してきた。


「シワス、これ……」


「待った、いきなり突きつけられても何が何だか。説明してくれよ」


 それはどうやら、書物に類するものだった。回りくどい表現になっているのは、その材質があまりにも常識からかけ離れているからだ。


 薄く剥離させた雲母のように見える、光沢のある軽い薄片だ。だが、分厚く重ねられたそれは雲母片とは違い、触ってもおいそれと壊れそうになかった。


「この材質は私も初めて見るの。でも、しるされた文字は読めるわ。二千年以上前に使われていた古代文字『ルード』の、さらに原型に相当するものよ」


「それで? 何が書いてあるんだ?」


「この階層が研究施設だった、っていうステラの推論、当たってる……ここの元の住人は、人間を含めた様々な生物を持ち込んで、何か新種の生き物を生み出そうとしていたみたい」


 ウワーオ。ベタもいいところだ。


「……吐き気がするよ。主に陳腐すぎて」


「忌憚のない寸評、ありがとうございます」


 オリヴィアが少し気分を害した様子でぼくを睨みつけた。


「ええ、ええ、どうせ、私達魔術師のすることは古代からそんなに変わってないわよ……先人の知識の集積をあさり人跡まばらな荒野や深山に分け入って、やれ新生命の誕生だ、やれ神の英知を盗みとれ――」


 これはまずい。魔術師が研究を進めるには、どうあがいてもそうした法則性の乏しい事柄を膨大な量収集していくしかない。演繹的な手法があまり役に立たないのだ

 そのこと自体はぼくも知っているし、その問題は彼女が常々嘆いているところなのだった。


「悪かった。取りあえず読み上げてみてくれ。それ次第では第二階層の攻略に、何かの指針が得られるかもしれない」


「走り読みしただけでも胸が悪くなるけど……覚悟しててね」


 オリヴィアが改めてその手記を紐解くと、薄片が擦れ合ってたてるパリパリという小さな音がした。それは静寂の中で、まるで雷鳴のように耳に障った。


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