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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
石鹸は手から出る
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元勇者のにぎやかな朝 その2

「そういえば一昨日、シワスが町に買い物に出てるときにね――」


 メリッサが厚切りのパンにクリームチーズのスプレッドをたっぷりと盛り上げながらそう言いさした。


 オリヴィアはつい先ほど、入浴のあとスープ一杯だけ胃に収めて幸せそうにベッドにもぐりこんだところだ。

 その彼女を除く六人で囲んだ、平和な朝の食卓。それがほんのわずかだけ、金色の糸を張り巡らしたような緊張感に彩られた。


「何かあった?」

 ぼくはメリッサの黒い瞳をのぞき込む。二日遅れというのは少し報告が遅くないか。そんな思いも頭をかすめたが、彼女はオリヴィアとは対照的に、徹底した実際家だ。

 屋敷に併設の鍛冶工房で日々金属製品と取っ組みながら、さらに家政全般を取り仕切る、伝説級(レジェンダリ)鍛冶師メリッサ・ミード。その判断に狂いは無いはずだった。


「いつもの、あの人――エドガー・ニューコメンさんがいらしたのよ。あなたに面会したいって」


「ああ、男爵閣下(しんえもんさん)か。あの人もまあ懲りないね」


 ――何の用だったのかな。


 ぼくは首をかしげながら卓上のコショウ容器に手を伸ばした。


 エドガー・ニューコメン男爵は定まった所領を持たない一代限りの貴族で、この港町ロッツェルの代官だ。

 その種のお役人としてはあり得ないほどに清廉で気持ちのいい人物なのだが、暗黙の裡に王国からぼくに差し向けられている監視者であることには変わりはない。


 ぼくは彼のことを密かに『新右衛門さん』と呼んでいる。懐かしの某アニメ番組で主人公のお目付け役としてその身辺に出没する、無駄にいい声のイケメン侍にちなんだあだ名だ。

 で、このニューコメン男爵閣下なのだが、何か事あるたびに元ネタそのままに我が家に駆け込んでくるのが、どうにも困りものなのだった。


「あー、いつだったっけー? 街の井戸水が塩辛くなった、って血相変えて飛び込んできたの」


 クロスを敷いたテーブルの上に『おっぱいで頬杖をつく』器用な姿勢で、第三夫人のステラが物憂げに言った。彼女が朝食の席に顔を出すのは割と珍しい。普段は昼前に起きてきて午餐(おひる)の時間まで飲んだくれているが、今日は朝食がメリッサの担当とあってか、しらふで食卓についていた。


「あれは三年前の果実月、十六日のことでございました、ステラ様」

 第六夫人、ジーナが感情を排した声ではきはきと補足する。彼女の記憶力は機械的と評するのがぴったりの、精緻で正確なものだ。


「井戸水騒動か。あの時は単に地震の影響で地下水脈に海水が流入したのだが、ニューコメン殿はだいぶ大げさに騒いでいたものだったな」

「なのじゃなのじゃ。クレアムとオリビィで精霊さんにお願いして、水の流れを戻してもらったのじゃ」


 第二夫人のマーガレットと、クレアムが隣り合わせの席でうなずきあっている。くだんの事件をぼくも思い出していた。古代文明の時代に作られた、地下水脈に通じる地下通路をくぐっての調査と、地震で陥没した水没部分から引き揚げられた、ちょっとした財宝。


 ――町の井戸水にはめでたく真水が戻り、わが家にも恩恵がもたらされた。

 それまでこの屋敷では一苦労して丘の下の井戸から水をくみ上げて運び込んでいたが、水脈正常化のついでに、屋敷内に直接水を湧き出させてもらえるようになったのだ。


 とはいえ、その一件はぼくにとって一つの痛恨事でもあった。代官自身の手に余ることがあったら、一尋館を頼る――その前例を作ってしまったからだ。本来ならばあの程度の事件は、メディムとかそのあたり、近場の大都市から中堅どころの冒険者(フィールドワーカー)を派遣してもらえば済むはずだった。


ニューコメン(新右衛門さん)の動機はひとえに市民の安全と福祉だからね。得がたい人物だと思うよ。だが、ぼくたち一家の持ってる力が大きすぎて、今の平和な世の中にはふさわしくないのも事実だ。みんな、これだけは確認しておこう」

 ぼくは妻たちひとりひとりと視線を合わせ、最後に皆をぐるりと見回して、言葉を継いだ。

「まず、だれが来ようと、いったんぼくに話を通してもらうこと。そして、君たちのうちのだれだろうと、許可なく誰かに同道してこの町を出ないこと。可能ならば屋敷からもだ。いいね?」


 みんなが一斉に無言で首を縦に振った。かつて世界を救った七人、信頼のきずなはゆるぎなくその団結は固い。


「ニューコメンさん、今日あたりまた来るんじゃないかしら。でもシワスは昼間、市場で買い物をしてきてくれるのよね?」


「うん、ジーナとクレアムを連れていくよ。可能なら待っててもらって。夕刻の鐘のまえにはオリビィも起こしてやらなきゃいけないし――編集者が原稿取りに来るってさ」


「かしこまりました、同道いたします。メリッサ様、お茶の用意を整えて置きますので、恐れ入りますがお客様への接待のほうお願いいたします」


「ええ、任されたわ」

 メリッサはうなずいて微笑む。だが、二人の会話のすぐ後に、わずかな不協和音が忍び込んだ。


「ジーナぁ、どうしてそう、いつまでも他人行儀なの。だいたい、せっかくの食事なんだから一緒に席につけばいいのに」

 ステラが尖った耳をピクリと震わせて、ぼくの後ろに立ったジーナに視線を走らせたのだ。


「私はあくまでも奉仕者ですので。シワス様が妻として遇してくださるのも望外のこと、分をわきまえず皆様と同席することなどできません」


 声しか聞こえないが、ジーナはきっと静かに微笑みながら軽く頭を下げていることだろう。だが正直、この流れは遮断したいものがある。


「ジーナ、これはぼくからのお願いだ。席について、一緒に食べて」

「シワス様がお望みであれば、そのように」


 ジーナが音も立てずに椅子を引いて席につく。銀製のサービングトレーはかたわらのワゴンに戻して、ごく品の良い大きさに切り分けたミートパイを皿にとっていた。


「あーあ、あたしも市場についていきたいなあ」

「来るかい? ショコラ」


 ショコラというのはぼくがステラにつけた、ぼくだけが使う呼び名だ。艶やかな褐色の皮膚が懐かしいカカオ製品を彷彿とさせる、というのが命名の由来。彼女はもともと黒竜王の軍でダークエルフのレンジャー隊を指揮していた、いうなれば敵将だった

 それがまあ、いろいろとあって今日に至っているのだ。


 ちなみに彼女はその胸元に、我が家の妻たちの中では最大の弾頭重量を誇るミサイル二基(おっぱい)を装備している。


「んー、やめとく。あたし等ダークエルフが世間でどんな目で見られてるかは知ってるからねー」


 直接的な迫害を受けるわけではない。ステラがぼくの妻であることは大抵の住人が知っているし、ぼくを怒らせれば何が起きるかも過去の事例が饒舌に物語ってくれる。

 ユズ――ユージニー王女殿下の一件はそのいい例だ。だがステラはあえて人目とトラブルを避け、一尋館に逼塞することを選んでいた。


「だからと言ってお前のように、日がな一日酒を食らってごろごろ寝ているというのもどうかと思うぞ。ちょうどいい、今日は私の鍛錬に付き合え」


 超人的な剣の使い手、伯爵令嬢で聖騎士の第二夫人マーガレットが口を挟んだ。彼女とステラはかつてのパーティー内でも武勇の双璧で、実力はほぼ伯仲。ただしステラの得意はあくまで弓で、マーガレットと剣で互角に渡り合うのはいささか無理がある。


「ふふっ。私から三本取れたらなんでも一つ、ステラの望みをかなえてやろう」

 マーガレットは緩やかにカールした金髪を揺らしてステラを煽った。


「負けないってわかってるとまあ言いたい放題だねー……あ、待てよ」


「どうした」


「今日はオリヴィアが徹夜明けで当番辞退だっていうじゃない。代りに入る権利を賭けよう」


「ぐ。そ、それは万に一つも負けられんではないか……」


 二人の美女の間で視線が火花を散らす。喫煙者だったらそれでタバコに着火できるレベルだ。だが彼女たちはおそらく意識的にある事実を念頭から消し去っている。

 つまりその――オリヴィアの代わりに今夜ぼくの隣で寝る権利は、残り三人にも留保されている、という問題を。


 だがぼくもあえてそれに目をつぶって食堂を離れた。

 二人は家事があまり得意でない。武人だからそれはしょうがないが、結果彼女たちは居所のない感じを味わうことが多いようなのだった。今夜の枕をかけて二人が気持ちよく汗を流し、日ごろの鬱屈を晴らせるなら大いに結構だ。


 広間の大きな時計が十時を知らせるころ、ぼくは外出着に着替えたクレアムとジーナを伴って、屋敷の門を出た。


五分ほどフライングで投稿。メリークリスマス

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