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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
ステラ・クローガーと四人の冒険者
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探索開始

 ふと空を見上げる。日はそろそろ中点から大きく西へ傾き――この世界も地球と同じく、太陽は東から西へと動く――おおよそ午後三時少し前くらいの刻限かと思われた。定時連絡を入れるには、やや妙なタイミングだ。普通に日没前に切り上げるなら、そろそろ帰路につくべきところ。ただし、迷宮の中では得てして時間の感覚は大きく狂う。


「ステラ、ぼくだ。何かあったのか?」


 指輪から、一瞬ステラの息遣いと、ためらうような間が感じられた。そして、押し殺したような声。


――シワス……助けて。


「おい! どうした! 何があった!?」


 思わず立ち上がったぼくの膝から、食べかけのパスタが皿ごと転げ落ちた。靴がオリーブ油で汚れる。だがそれどころじゃない。


 ただならぬぼくの様子に、他の妻たちも集まってきた。みんなが頭を指輪の周りに寄せ合う。


――第二階層は不死生物(アンデッド)モンスターの巣窟だったわ……スティーブとロブが『屍灰の山(アッシュマウンド)』にやられて、麻痺毒をもらったのよ。いま小部屋に退避してるけど……


「まさか、包囲されているのか!?」


 マーガレットが指輪にかみつかんばかりに叫んだ。


――ドアの外はゾンビだらけ。ほかのも混ざってるかも……しくじったよ。回廊に何か所か、一方通行の罠があった。何の気なしに柱の間を抜けたら、そこが後ろで壁になってるっていう仕掛け。それで、気が付いたら追い込まれてた。


 胃のあたりがずん、と冷たくなったのを感じた。神聖呪文を操る僧侶が行動不能に陥れば、パーティーが生還できる可能性は劇的に下がってしまう。


「何てこった……位置はわかるか?」


 助けてくれと言われるまでもない。行くしかない。


――大まかにしかわからない。まだ二階の全容が把握できてないし、ダリルの魔力がもう底をつきかけてて、位置確認の魔法が……


「分かる範囲でいいわ、ステラ。その階層に降りてからの大体の経路を教えて」


――降りてすぐ、ドアが四つある部屋。北向きに降りたはずだよ――正面の二つのうち、右側をくぐった。回廊を二回右に曲がって、その後がよく覚えてない……地下墓地みたいな壁に壁龕が並んでるところに出たんだけど、そこが透かし壁と列柱で区切られてたせいで、壁の向こうの化け物まで見えたんだ。

――それで判断を狂わされた。魔法と弓をめった撃ちしながら走り抜けて……そうね、たぶんあたしの勘が狂ってなければ、ここは降りたところから歩いた距離にして30ロッドくらいのはず。


 ロッドはこの世界の距離の単位だ。1ロッドはおおよそ3mで、してみるとステラの歩いた体感距離はざっと100m前後というところか。


「それだけわかればだいぶ違うわ」


「絶対に助ける。希望を捨てるな……そこのドア、材質は?」


――ありがたいことに鉄よ。そこそこ分厚いし、壁とドア枠は石でできてる。でも狭いし換気が悪いわ。じきにひどいことになりそう。


 そのあとも、妻たちの悲鳴交じりの励ましと、何とか情報を得ようとする質問の声がごた混ぜに飛び交った。やがて、指輪の石は通話時間の終了を予告してちかちかと速い点滅を始めた。


――ああ、チャージが切れる……


「大丈夫だ。クレアムの分の指輪であと二回送信できる。それにこっちからの送信はあと10回可能だ」


――うん。有効に使ってね。救援待ってる。何とか頑張ってみる。


 指輪の光が消えた。


「くそ、切れたか! 私の指輪を……」


「よせ、マーガレット。三(マイヌ)の通話時間を10個分使っても、漫然と話してしまえばあっという間だ。状況が変化した時にだけ連絡をとろう、僕らの声が彼女の命綱になるかもしれない」


「そ、そうか――わかった」


 マーガレットが唇をを破れんばかりに噛んだ。なんだかんだ言っても、彼女とステラは仲がいいのだ。かつて敵味方だったとは思えないほどに。



「さて、情報を整理しよう……」


 迅速に探索準備を整えたぼくらは、隊列を整えて迷宮へ向かっていた。ワイアームの解体が後回しになったが、ちょうど出発の時にウェスト四兄弟が戻ってきたので、現場の指揮を任せた。

 長兄のクラウスは強面の割にしっかりした男のようだし、後続の冒険者たちを取りまとめてくれるはずだ。


「ステラのおかげで、第二階層には少なくとも三種類以上の不死生物がいる事がわかった。屍灰の山(アッシュマウンド)、ゾンビ――元の死体ができた時点からの時間経過を考えると乾燥した死体(ドライデッド)に近いものになってるんだと思うが――それにスケルトン。もっと危険なものもいるかもしれない」


 知りえた限りで最も危険なのは、ステラたちのうち二人を麻痺に追い込んだ屍灰の山(アッシュマウンド)。こいつは乾燥した腐肉や屍蝋、遺骨などをごた混ぜに捏ね上げて作られた人為的な産物だ。活動していないときの見てくれは、半ば暴かれた墓地の土饅頭か、不潔なごみの山と言った具合。両腕には長く伸びた赤い爪を備え、そこに麻痺性の毒を秘めている。


 動き出すまでは気づきにくく、耐久力もそこそこに高い。恐らくスティーブが死角を突かれ、隊列が崩れたところでロブが第二の犠牲者になった――そんな所か。


屍灰の山(アッシュマウンド)がいる、ってことは……」


「何者かが第二階層の番人、もしくは掃除人として置いたと考えるのが妥当ね」


 メリッサの疑念をオリヴィアが引き取って、恐ろし気な注釈を加えた。


 

 大灯台の一階部分を特に遭遇もなく通過し、第一の階層へと降りる。そこは、崩れた小灯台と同じく黒ずんだ石材で組まれ、整然とした印象を与えるフロアだった。湿度が高く、空気はひんやりとして、壁には結露して流れた水のあとが無数にしるされて汚れていた。


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