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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
ステラ・クローガーと四人の冒険者
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蛇竜との戦い

 人間なら悲鳴に相当するような、甲高い咆哮が上がった。


 灼けた火箸をいくつも体の奥深くにねじ込まれたようなものだ。蛇竜はビクビクと震え、持ち上げていた頭をがっくりと地面に落とした。だが次の瞬間、猛然と体を伸ばしてそのまま突進した。


 その方向にはオリヴィアがいた。このままではあの巨大によるぶちかましをもろに受けてしまう。


「しまっ……」

 思わず悲嘆の叫びが喉から洩れたが――


――ガッギィイン!!


 分厚い金属板に砲弾があたって逸れたような、ものすごい音。


「残念でしたッ!」

 ワイアームの頭のあるあたりから、穏和なアルトが歯切れよく響いた。


「メリッサ!?」


 本来なら目を疑うようなものがそこにあった。ワイアームの突進は、メリッサが地面に突き立てた巨大な大盾(タワーシールド)で阻まれていたのだ。


「『城塞の壁(シタデル・ウォール)』、それに剛力の篭手か!」


「そういうこと!」


 大人二人でやっと動かせるほどの分厚い鉄の盾だ。『霜が島(フロスト・ランド)』で巨人から奪ったものだが、メリッサはこれを全身の筋力と骨格の強度を増大させる篭手と併用して、オリヴィアを守ったのだった。


「私はマーガレットやステラみたいな戦士じゃないけど、こうやって仲間を守るくらいなら!」


 盾に頭を押し付けたまま硬直した竜の顔面を、メリッサがハンマーで強打する。鼻の上にある小さな角は粉砕され、鼻骨が陥没したその箇所が次の瞬間黒く炭化して火の粉が散った。


(守るくらいならと言いつつ、あれは確実に二割は削ったぞ……)


 変な汗が出る。だが、妻たちの奮戦がなんとも心強い。


 ワイアームは狂乱状態になっていた。雨上がりのアスファルトで灼かれるミミズのようにのたうちながら、擦りきれた翼を打ち振り、上空へ舞い上がる。


「逃げる……!?」


 あれが他所へ飛んで行ってロッツェルや周辺の村を襲ったら。そんな考えで目の前が暗くなりそうになる。だが、蛇竜はそのまま滞空し、やがて体の動きが幾分落ち着いたものになった。


 そして――


――GORAAAATH!!


 ただの咆哮とは違う、明らかに何らかの意味が込められた言葉が発された。それを浴びた瞬間、体から力が抜け失せ、ぼくたちは膝から地面に落ちていた。四肢がまるで溶けたバターになったようだ。


「クッ……竜語魔法か!!」


 油断していた。原始的な古竜の中でも、このワイアームだけは――物理攻撃しかできないワイヴァーンなどとは違って――真正の竜族ほどではないがこうした神秘的な力を直接行使できる。


 このままではまずい。毒の吐息(ブレス)はともかく、それ以外のどんな攻撃を食らっても、今の状態では僕らはなぶり殺しに遭う。


 咆哮を浴びていないのはマーガレットだけだ。彼女にはいま上空を攻撃する有効な手段がない。ステラがいない今、何とかできるのはオリヴィアだけ――だが、彼女は斜め上からの咆哮をまともに受け、ほぼ完全に気絶していた。


 「シワス……皆……!」


 マーガレットの美しい顔が焦燥に歪んだ。彼女がここで打てるであろう手は、恐らく二つ。


 神聖呪文『不調の回復レストア・コンディション』でオリヴィアを回復させ、蛇竜の攻撃を阻む次の一手につなぐ。何の魔法であれ、間に合いさえすれば――だが、マーガレットの位置はオリヴィアからわずかに遠い。

 もう一つは――彼女はそれを選択したようだった。


神の不可視なる繰り糸ディヴァイン・ストリング!」


 剣を鞘に戻し、胸元から鎖で下げられた聖印を掲げて叫ぶ。曇り空から一筋の光が彼女の上に射し、その体がすっと浮かび上がった。


(いかん、悪手だ――)


 穢れ無き乙女が天へと迎えられ聖者が水上を歩く類の奇跡を再現する、高位の神聖魔法。だが、この天から降りてくる奇跡の綱は、飛行生物相手に斬り結ぶにはあまりに緩やかな移動速度しかもたらさないのだ。


 それでも、マーガレットは貴重な一瞬を稼いでくれた。


「お前の敵はこっちだ!」


 雄たけびを上げつつ滑る様に空中を近づいてくる彼女に、蛇竜はうるさそうに一瞥を向けると灰緑色の毒霧を吹き付ける。

 円盾を顔の前にかざして何とか直接吸い込むことは避けたようだが、わずかな量が彼女の髪や手首の皮膚を侵した。


「グッ……ぬぅ、これしき……!」


(マーガレット……!)


 声を上げて励ましたいが、その力も出ない。竜語魔法の阻害効果は恐ろしいものがあった。


 その時、膝をつく僕をかばうように、小さな影がワイアームと僕の間を遮った――クレアムだ。


「クレアムが相手じゃ! お前ごときの好きなようにはさせないのじゃ!」


 淡い緑の髪が逆立ち耳の上の角が普段の倍ほどの大きさに膨れ上がる。


「NYOTHPAAAAA!」


 先ほどとは別種の咆哮がクレアムの喉からほとばしった! ぼくらの身体を地面へ押さえつけていた力が吹き飛ばされたように掻き消え、四肢に力が戻る。

 クレアムは成竜になるまで溜め込まなければならないはずの力の一部を、かつての戦いから八年を経て、またしても僕たちのために使ってくれたのだ。


「ありがとう、クレアム……! 電撃の網(ショック・ウェッブ)!」


 体の自由を取り戻したオリヴィアが、首飾りの石を一つむしり取って宙へ放り投げ、呪文を唱えた。宝石として通用するサイズの電気石(トルマリン)の結晶が砕けて細かな粒子となり、次の瞬間、ワイアームの全身を青白い電光が幾重にも取り巻き、締め上げた。


 神経電流そのものを攪乱し運動を阻害するこのウェッブは、それと同時に直接のダメージを与える。その威力は、対象が持つ総耐久力の必ず三分の一。

 決して扱いやすい魔法ではないが、相手が強大な魔物であればあるほど戦局に及ぼす効果は大きい。


 のたうちながら地面に転げ落ちたワイアームに、ぼくらは一斉にとびかかった。呪文を解除して地上に降りたマーガレットをジーナが支え、素早く毒消しの薬を噴霧する。


 『渦潮の舌(ヴォルテック・タング)』が翼をそぎ落とし、『量子の騎兵刀(クォンタム・セイバー)』がワイアームの脳を直接刺し貫く。

 林でマーガレットと最初に接触してから、時間にしてトータル三分ほどで戦闘はようやく終結した。


 空き地に長々と伸びた巨体。どうするかと思案に暮れた丁度その時、遺跡から戻ってきたグローバー兄妹――カイルとカリンが呆然とぼくらを見つめているのに気が付いた。





 わずかに芯が残る絶妙な硬さに茹でられたパスタに、プルカの酸味と唐辛子の辛さ、貝と玉ねぎのコクのある味わいが調和する。

 昼食は少々遅くなったが、調理を中断したタイミングがよかったせいで、何とか食材を無駄にせずに済んだ。駆け出しの二人ももののついでで食事に誘う。パスタの出来は上々で、ぼくはおおいに満足感を味わっていた。


「美味しい!」

 カリンが目を輝かせ、マテガイに似た細長い身をつるんと吸い込むように口に運んだ。


「しかし、すごいですね……あんなモンスターをあっという間に」


 カイルがぼくたち一家を見まわしてため息をついた。露店の商人たちはいまだに蛇竜の死体の周りに群がったままだ。ぼくらの正体について色々と憶測をささやいているのが聞こえた――ちくしょう、変哲もない管理係を装って通すつもりが水の泡だ。


「いつから見てた?」


「えっと、奥様が――」


 どの奥様だろう。


「盾であの竜を止めたところから」


 あ……メリッサね。


「竜族のうろこは種別によって若干の差はあるけど、大体いい触媒や素材になるわ。解体手伝ってくれればあなたたちにも分けてあげる」


「ぜひお願いします!」

 

 メリッサの鷹揚な申し出に、カイルは一も二もなく乗ってきた。


「解体して始末しないと、数日で腐ってここを拠点に使えなくなるからな……そうそう、大灯台の方では何か変わったことはなかったかい?」


 半日で帰った二人のことが少々気になり、水を向けてみる。二人は午前中いっぱい、ネズミやナメクジに閉口しながら数枚の古い銀貨を拾い集め、正体のわからない壺に入った液体などを持ち帰っていた。


「場所と掛けた時間を考えれば、そう悪くない成果だと思います」


 カイルが少し恥ずかしそうにそういった。その表情がふいに曇る。


「ただ、妙な連中が来たんで、鉢合わせしない様にして帰ってきたんです」


「妙な連中?」

 何だろう。奇妙に心がざわつくのを感じた。


「二十人くらいの柄の悪い男たちが昼前にやってきました。結構な荷物を抱えてて、それなのに大して疲れてもいないような感じで……中の一人が、鞘に入ったすごい立派な剣を持ってるのが目につきました」


「ふむ。こっちの受付にはそんなやつらは来なかったな……」


 怪しい。立て札をあえて無視して通った冒険者という可能性もあるが、それにしては人数が多すぎる気がした。


「立派な剣か……君、その細かいとこまでは見えたかな?」


 マーガレットが気づかわしげに口を挟んできた。


「いえ、遠かったのではっきりとは。ただ、そいつが歩くたびにチャリチャリ音がしてたんで、鎖で吊る形式の外装だと思います」


「ふむ」


「マーガレット。まさか……?」


 伯爵の城から盗まれたという、建国王の魔剣『スケイル』のことが当然のように思い出される。


 彼女は首を振った。


「分からん。可能性はあるがいくら何でも出来過ぎだ。まあそいつらが何者でも、迷宮で出会えば答えは出るわけだが」


 

 その時、頭上から鳥の羽音が聞こえた。ふと見上げると、礼拝堂の入り口を覆う屋根の軒に白い鳩が止まっている。そいつは一声「クルル」と鳴くと、少し離れた垣根の上に停まってこちらをうかがうそぶりを見せた。


 足のあたりに何か金色に光るものが見える。小さな筒のようだ。


「……伝書鳩?」


 はっと思い出す。ワイアームと遭遇する前、こちらへ向かってとびこんできたのはこいつだ。そして多分ダリルが待っているのもこいつ。妖精鳩(フェアリー・ダヴ)


「たぶんルドルフの鳩だな。もしかするとあのワイアーム、こいつを追ってきたのか?」


 何のために?


 不意に耳の中でカラカラと鈴が鳴った。慌てて胸ポケットを探ると、伝心の指輪が光っていた。ステラからの連絡だ――


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