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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
ステラ・クローガーと四人の冒険者
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斜め上の親心

 夜が明けると、ぼくらは再びロッツェルの衛兵詰め所で馬車に乗り込み、修道院跡へ向かった。ぼくはともかく、マーガレットは生あくびを連発している。


 食事は保存のきく食材だけを持ち込んで、現地で作ることにした。乾燥させたパスタに塩、オリーブ油にニンニクはじめ各種香辛料、ハーブ。ベーコンとチーズを少々、それに玉ねぎ。


 パスタ料理だけでは物足りないが、海辺だしなにかしら魚介類も手に入るだろう。と言うのも――街道にはぼくら以外にも荷馬車や徒歩で移動する集団が、いくつか見受けられたのだ。


 メディムの冒険者たちだけではなさそうだ。どうやら機を見るに敏な連中が、迷宮に絡んだ一連の動きを察知しはじめたらしい。その集団には見覚えのある荷担ぎや御用聞き、近隣の酒場や食料品店の徒弟、と言った連中が大勢いた。


「シワス様。右斜め後方をご覧ください」


 マーガレットに代わって御者台にたったジーナが、座席との間にあるカーテンを開いてぼくに声をかけた。


「ん?」

 外を見る。ちょうど僕らの馬車が、天秤棒を担いだ青年を追い越すところだった。市場でよく見かける彼は、サヴィニアン号のニコロ船長の息子、マルコだ。海水の入った桶に朝一で採れたタコや新鮮な二枚貝を入れて運んでいるのがわかった。


「こりゃあ、商人衆まで面倒見ることになるかな……」


 実のところ、迷宮周りでの商売じみたことは、ぼくらも考えていた。効果が軽めの治療薬や毒消し、それに触媒の必要な魔法に使う、こまごました天然素材といったもの――例えば位置確認魔法に使う磁鉄鉱の粉末とか――を、少々取り揃えて持ってきているのだ。


 せこい、とか阿漕、とかは言わないでほしい。領地の所有をはなから放棄し、寄進なども受け付けてないわが家は、実のところ台所事情が世間で想像する程よろしくない。メリッサが注文を受けて作る武具の代金や、オリヴィアの印税は、水準こそ高いが不定期で不安定なのだ。現役時代から持ち越しの余剰物資があれば、有効に現金化しない手はない。


 まあ、もちろん良心価格で売ろうとは思うのだけど。


(なんだか、MMOゲームのエリアごとの拠点にいる販売NPCみたいなことになりそうだなあ)


 何となくしみじみとした気分。この世界に召喚されて「おまいは勇者です」ということにされるまでは、ぼくもごく普通の高校生として、基本無料タイプのMMOを世間並みにプレイしていたものだった。おかげでこの世界になじむのはそれなりに早かったが、戸惑う部分も大きかった。


 まさか、レベルの概念やステータスの可視化など一切ない世界で、本気で魔族を相手取った戦争の最前線に立つなんて。想像しろという方がおかしい。


 それが今やNPCの真似事をする羽目に。いやあ、人生って不思議だ。


「なるべく売り物が傷まないうちに、マルコからあの海産物を買い取るとしようか」

「それがよいと思います。あの桶に鮮度保持の魔法付与が行われているとは思えません」


 ジーナのきびきびとした反応に、うなずきながら席に戻る。そのとき、何気なく頭の横の柱飾りに触った途端――ガシャ、と妙な音がした。


 後部座席の中央に座って、うとうとしていたマーガレットが、ぎょっとした様子で自分の手足を見まわす。クッションの間からせり出してきたアームが彼女の手首と足首、膝の少し上をホールドし、拘束状態にしてしまっていた。


「な、なにこれ」


 カタカタと船の巻き揚げ機(キャプスタン)がまわるような音が車内に響く。それにしたがって彼女の身体は次第に宙へ持ち上げられ、次第に左右非対称かつなにやらいかがわし気なポーズを形作り始めた。


(あ、これアカンやつだ)


 カタンカタン……


 どうやら車輪の回転を内蔵した歯車装置に伝え、差動装置的なものを駆使して愉快な動きをさせているらしい。


「いや、ちょっとこれッ! し、シワス、助けて―!」


 地球にいたころに図書館に潜り込んで読んだ本の中に、似たようなものがあったのを思い出す。好色残忍な暴君として悪名高い隋の煬帝が、巡幸中に退屈を紛らわすために作らせた「御女車」とかいうやつだ。

 どうやらこれはリンドブルム伯爵の仕込みに違いない……ぼくとマーガレットに早いとこ孫を儲けさせようというつもりか。


(お義父さん、この心遣いは正直、要りませんでしたよ!)


 馬車をポンと贈ってくれたことで上がった彼への評価が、ナイアガラ瀑布やエンジェルフォールもかくやという勢いで下がっていく。このままではマーガレットが世間様にお見せできない姿になってしまうではないか。


「いやあああああ! 停めて、停めてー!」


「待ってろ、すぐ停める!」

 変なところで固まる恐れもあったが、とにかく僕はさっきの柱飾りに手をかけ、逆方向へ動かした。


 カタンカタン……軽快な爪車のスナップ音とともに、各部アームは開始時と同じ左右対称の行儀のいい配置に戻り、マーガレットはようやく座席の上に戻された。

 パチン、と音がして、手首や足首を戒めていた留め具が解除される。


「……大丈夫?」


 オリヴィアが恐る恐る声をかける。マーガレットの顔は憤怒と羞恥で赤黒く染まっていた。


「あンの退廃貴族親父がァアアアアアッ!!」


 お怒りはもっともだ。ぼくとしても、こんなものを仕込むならできればその、純粋に楽しめるように事前に教えてほし……いやいや。


「だいたい、これあったからってマーガレットとの間に限定して子宝に恵まれるとは限らないのになあ」


「こんなもの使って生まれたとか、子供に話せないわよね……ねえシワス、これあとで分解してみていいかしら?」


「却下」

 メリッサの探求心はわかるが、こんなものを量産されても困る。


「クレアムも座ってみるのじゃ……シワス、スイッチを入れるのじゃ」


「これは子供のおもちゃじゃないんだ、クレアム。バカなことはよせ」


「むー。じゃあヘルヘルを座らせてみるのじゃ。大人のおもちゃだから大丈夫なのじゃ」


「大人をおもちゃにするんじゃありません」


 だいたいこのドラゴン幼生体、僕らのだれより年上のはずなのになんでこう見かけの年齢以上に幼児っぽいのか。それに正直、あのダンジョンから何か出てきても、クレアムをおびえさせることができるとは思えない。


 ぼくらこそ、クレアムにおもちゃにされているのではないかと首をかしげたが、御女車はぼくの思案をよそに、無事修道院の中庭に到着したのだった。 


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