参入者
(冒険者か? だとしたら少し早いな……)
詰所での会話を思い出す。衛兵の話ではメディムからの冒険者の到着は明日くらいということだった。予定より早く着いたということかもしれないが、用心はした方がいい。
向こうの集団もこちらを見つけたらしく、静かに歩を緩めて小道の両脇へと散開しつつある。
――停まれ!
礼拝堂の入り口から威圧感のある声が響いた。マーガレットだ。
小道の一隊が小声でささやきかわす声が聞こえる。
――おい、どうする? まさかあの立て札、引っかけか?
――こんな手の込んだことをする必要が、あるのかな?
――今の声、女だったわね。山賊じゃなさそう。
慎重なのは結構だが少々声が大きい。集団の構成や力関係が丸わかりだ。どうやら男二人に女一人、まだ声を発さない誰かが一名ないし二名。メンバーの立場はほぼ対等――
「ダークエルフがいる!? クッ、みんな気を付けろ!」
切迫した叫びとともに、あちらが一斉に緊張したのがわかった。武器を構える気配と金属音、そして殺気。
――ステラか。
後方をさっと一瞥する。ぼくのやや後ろを歩いてきていた彼女が、慌ててしゃがみ込んだところだった。マーガレットの声に反応して、足を止めてしまったらしい。これは収拾しないといろいろとまずそうだ。
斧を腰に戻し、両手を大きく上げて彼らに示す。
「待て、慌てるな。ぼくらは敵じゃない!」
そのまま左手を水平に伸ばし、ステラをかばう身振りをとった。
「誤解を解こう。彼女は、ぼくの妻だ」
――つ、妻……?
場違いな単語にざわめきが起こる。
「ダークエルフが妻とか、何の冗談だよ……」
――聞いて驚くなよ、私も妻だ!
マーガレットが金髪と胸甲をきらめかせながら、礼拝堂の前庭に進み出る。ステラに対抗意識を燃やしたらしい。
「なんだこれ」
気勢をそがれた一団が明らかに困惑した表情になる。そこへトコトコと小さな足音が響き、前庭へ駆け出したクレアムが元気に叫んだ。
「クレアムもつまなのじゃー!」
(あ、やべ)
来訪者たちからいっせいに向けられた批難の視線が、ぼくに突き刺さる。
違う、違うんだ。ぼくは小児性愛者なんかじゃあない。
結果だけ言うと、井戸の水は安全だった。沸かしてハーブティーを淹れ、来訪者たちと車座を囲む。彼らは男三人、女一人のパーティーだった。全員が狭義の人間だ。
「……メディムからの冒険者じゃなかったのか」
「うん、違う。俺たちはちょっと前に南のリスマ―を出てきたんだ。この辺で漁れそうな遺跡を探すつもりでね」
一応のリーダー格らしい男がうなずいた。常識的な大きさ(つまり、ぼくにはちょっと細めに見える)の両手剣を背負った攻撃型の戦士だ。
メディムの組合からでないとすれば、灯台の迷宮について詳しいことを知らない、という事になるが――
「あの『大灯台』跡が古代の物だってのは知ってたんで、調べにきたのさ。それで、立札を見つけた」
ごもっとも。岬へ向かう道は、リスマー・ロッツェル間の街道から南西へ延びた間道になっている。普通に旅程を急いでいれば、まずこちらへやってくることはない。
「ロッツェルで組合を準備するほどの迷宮かあ。期待できそうじゃない?」
「へへ、俺ら、当たりを引いたってわけだな」
嬉しそうに話しているのは、片手剣と盾を装備した戦士と、魔術師らしい若い娘。癖のあるオレンジ色の髪を、リボンでまとめて後ろへ垂らしたその娘の顔つきは、まだ成人前に見えた。
「……まずは自己紹介をしようか。俺はファグナー。ファグナー・レクスだ」
両手剣の男がぼさぼさの燃えるような赤毛を、額から跳ね除けながら名告った。
「俺はスティーブ。家の名は知らん」
盾持ちの戦士は茶を一口すすって顔をしかめた。口に合わなかったらしい。少し離れたところで唾を吐き捨てているさまにはちょっと嫌な気持ちになったが、味覚上の好き嫌いは仕方ない。
「こっちのだんまりは、僧侶のロブ・ニンゴブル。癒しの術の使い手よ。あたしは――ダリル・ロチェスター。駆け出しだけど、電撃魔法が得意」
少女魔法使いが誇らしげに身長ほどの丈の杖を持ち上げる。ぼくはその瞬間、はっとなった。
「……ロチェスター?」
ぼくとステラが同時にダリルを凝視した。視線に気づいた少女は少しおどおどした様子で、杖を胸元に抱き寄せた。
「な、なによ。あたしの名前に何か文句ある?」
「いや、ない」
「うん、ないよ」
二人で口々に否定する。
「だったらそんな物凄い顔でこっち見ないでよ」
そうはいっても、文句はないが興味は大いにあるのだった。ステラがグッと身を乗り出して訊いた。
「……あんた、ルドルフ・ロチェスターとはどういう関係?」
「え、父さんのこと知ってるの? あなたこそどういう関係なの」
ダリルはあきらかに動揺した様子でステラに杖の先端を向けた。語るに即オチ、とはこのことか。
「娘か……」
「娘、ねえ。確かにあいつの年齢考えると、このくらいの子供の一人や二人、いても不思議はないわ」
「父さんにダークエルフの知り合いがいるなんて……」
ダリルは首をひねりながらステラを上から下まで、何度も目でなぞった。
「あー、長くなりそうだしこの話はあとにしよう。とりあえずこっちも自己紹介しなきゃな。ぼくたちはロッツェルから派遣された、迷宮の入場管理係――まあそんなところだ。ぼくは、シワス・ユズシマ」
「おい」
スティーブがぼくの名前を聞きとがめて顔色を変えた。一行の中では事情通のほうらしい。
「何で勇――」
彼の発言を食い気味に、マーガレットが立ち上がった。
「マーガレット・リンドブルムだ」
それまで落ち着き払っていた、戦士ファグナーの口がぱっくりと開き、顎が下がったままになった。
「オリヴィア・オレインシュピーゲルです」
続けて進み出る第一夫人。
「え、『新博物誌』の人!?」
ダリルがオリヴィアの著書の中でも売れたほうの一冊の書名を口にした。
肩にかけたカバンに手を突っ込んで、何やらごそごそと探す様子――出てきたのはあちこちに付箋の挟まれた一冊の革装丁4つ折り本。ダリルの指がその表紙に記された金文字をなぞった。
「やっぱりそうだ。なに、ここにいるのってつまり前大戦の勇者パーティーなの!? あたしたちそれに突っ込むとこだったの!? 死ぬの? 死んだの!?」
「ホントだったんだな、あの噂……勇者シワスがこのあたりで嫁六人と隠居してるって……」
ガクガクと体を震わせる四人を前に、ぼくらは淡々と自己紹介を続けた。不本意だがもはや止めようもなし。クレアムまで紹介が終わったところで、無口を貫いていたロブ・ニンゴブルが「かはっ」っと妙な声を漏らして後ろへひっくり返った。
「やっぱり出てくるべきじゃなかったのかしらね」
メリッサがため息をつく。精神的ショックを受けてへたり込んだ四人をまえに、ぼくらは顔を見合わせていた。
「とはいっても、ここに何のサポートもなしで、経験の浅いパーティを放り込むわけにはいかないだろう」
「そうだな。後進の育成と考えれば私達が先頭に立って入るのは憚られるが、放置はできん」
マーガレットがうなずく。
「なあ……あそこの灯台地下ってそんなにやべえのか」
スティーブがおずおずと手を上げて質問した。
「ええと、ぼくらもまだ直接確認したわけじゃないが……迷宮を発見したパーティーの報告だと、蟷螂蟹が出るらしい」
ファグナー一行が顔を見合わせた。
「やばいかな?」
「四人で距離とって戦えば、一匹はまあ、潰せる。二匹までなら何とかなるが三匹以上はダリルを守り切れないかもな」
「そこは『俺が命に代えても』って言ってくれないの?」
「いやいや、俺とファグナーのどっちかがやられたら、結局お前も死ぬぞ?」
自分たちの実力を客観視できるのはいいことだ。彼らは危険の中に無謀に突っ込むことを避けるだけの能力はあるらしい。
「まあ、ゆっくり考えるといい。このあたりで冒険者が稼ぐなら、ここの迷宮以外にもそれなりの場所はある。無理は良くないよ」
メディムからくる連中は、一度この地下の様子を確認したうえで準備を整えてくるのだ。ファグナー一行とは覚悟と対応力が段違いではあるだろう。
だが、どうやらぼくは失言をしてしまったらしい。彼らはグッと頭を上げて「いや、やる」とほぼ同時に言い放ったのだ。
「危険があるってことは、見返りも大きいってことよね。で、やばいことになったら勇者様が救出にきてくれる、と。王都あたりで下水道に潜るよりはよっぽどましなんじゃない?」
「その都合よく人を当てにする姿勢は先々大けがをしそうな気がするが……俺も賛成だ。まずは少し探索してみて、まずいと思ったら引き上げればいい……」
ぼくの横で、ステラがふ、と鼻を鳴らした。
(……シワス)
耳元に、小声でささやく声。
(どうした、ショコラ?)
(考えたんだけどさ、あいつらの探索に同行しようかと思うんだ。四人より五人いたほうがいいでしょ)
(はあ!?)
思わず彼女の肩を掴む。
(何のつもりだ。君はそもそも狭いところで戦うのはあまり得意じゃないし――ダークエルフだ。こういうことはあまり言いたくないけど、黒竜王側について人類と敵対したことで、世間の君たちに対する偏見はいまだに根強い。
さっき、小道を入ってきたときの彼らの反応を思い出してみろ。人目のないところで何が起こるかわかったもんじゃない)
(ロチェスターについて情報を得る前にあの娘が死んだりしたら、困るよね?)
嫌な言い方をしてくれる。冗談じゃない。ぼくにとっては情報よりも人命が大切に決まってる。取り分けても家族の命が。
(そりゃあ無論困るが――認めない。少なくとも、ぼくも同行するのでない限りは――)
(だめだめ。シワスにはこの後やってくるもっと厄介な冒険者連中を捌いてもらわないとね。それに、あの子の父親ってさ――)
ステラは、少し間をおいて言った。
(成人間際まで、あたしと一緒に育ったのよ。いや、あたしが育てた、と言う方が正確かな)




