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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
マーガレット・リンドブルムと二本の魔剣
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亡霊の夜

「まさかヘルツォークさんを執事に据えるなんて、予想外だったわ」

 メリッサが僕の左胸に頭を預けながらそうつぶやいた。


 一週間ぶりの輪番、メリッサの日――いや、夜。


 お互いを解放し癒しあった後の満ち足りた穏やかな気分の中だったが、話題は結局そこへと戻る。

 

「その――適任だと思うんだよ。腕は立つし人柄は上品で慇懃、それでいて野心や敵意、覇気と言ったギラギラしたものはない」

「そうね。彼をこの世に生み出したのが何ものであったとしても、黒竜王の再臨を望んだのなら、あれは失敗以外の何物でもないわ」


 やれやれだ。ぼくは済まない気持ちでメリッサの茶色の髪をなでた。


 彼女はぼくより一つだけ年上。黒竜王討伐の旅を始めて間もないころ、強敵との戦いで折れた剣の修理を頼んだのがきっかけで知り合った、最初の仲間だ。

 穏やかで面倒見のいい性格も相まって、後々までパーティーみんなの姉のような存在となったのだが、それゆえに必要以上に物事に責任意識を持ってしまう――おかげで、僕自身はずいぶんと楽をさせてもらってもいる。


 だが、この時間だけは他のことを忘れさせてやりたかったところだ。


「君もやはり、その線で?」

「ええ。食事のあとでね、ヘルツォークさんの了解を得てあの『ニムダ』を調べてみたのよ、オリヴィアと一緒に」


「明日でもよかったのにな」


 週が変わるまでにはまだ三日ある。夜の輪番でいえばステラと、ジーナと、そして僕が一人で眠る休息の日だ。迷宮へ出かけるのはそのあと。時間は十分にある。


 だが、続くメリッサの言葉はひどく奇妙なものだった。


「面白いことがわかったわ。あの剣ね……各部の素材に、加工の痕跡がないのよ」

「何だって?」


 どういう意味だ。もちろん、あの剣がニムダそのものでないことは切り結んではっきりしたが――


「どんな名工が鍛え、細工した物であっても、普通は何かしら人の手のあとが残る物だわ。鎚で叩くことで生じる、金属組織の変化。圧縮や脱炭の痕跡が。やすりの目のあとが。ニカワや糊で接着した際の汚れ、表面の人為的な腐蝕――でも、あの剣には、何もなかった」

「それはつまり――」


「一足飛びに完成させられた――いいえ、違うわね。最初からあの形でそこに存在を始めた。そんな感じ」


 ぼくはうめいた。同じだ――あのヘルツォーク氏自身と。だが、剣がステラの持っていた細密画と寸分たがわぬ姿で復刻されていたのに比べて、ヘルツォーク氏ときたらひどくいい加減にできている。


 特徴のない単にハンサムで品のいい顔。漠然とぼくたちのことを『覚えて』いる程度の記憶と、オリヴィアの論文を短時間で読み終える知性、理解力。神技と形容するほかないレベルの身体能力、そして剣技。


 アンバランスすぎるのだ。



「なんとなく……わかってきたぞ」


「え?」


「彼を生み出した何者かは、黒竜王のことを充分に熟知してはいなかったに違いない。その反面、ニムダの形はよく知っていた」


「どちらも同じ何者かが作ったのなら、ね」


 ステラは、あの細密画を誰から譲り受けたといっていたか?


 つい今朝がたの、彼女のセリフが脳裏をよぎる。


――この町に落ち着くちょっと前に、黒竜王のとこで懇意にしてた同族の秘教学者(オカルティスト)と再会してね。研究バカだけど悪いやつじゃなかったから、迫害されない落ち着き先を世話してやったのさ――



(そいつだ)


 だが、どうやって? オリヴィアが言っていた通り、転生体を用意する呪術は対象が生きている時点からの、周到な準備と精密な定義づけを必要とする。その秘教学者にはそんなチャンスはなかったに違いない。八年も前に死んだものを今この世に呼び戻す。そんなことができるのなら――


(まて、ぼくは何を考えた? 今?)


 とんでもない冒涜的な想念が浮かびかけたのを、必死で打ち消した。そんなことができるのなら――いや、だめだ。


 手が震えだす。夜ごと夢見る戦場の血の海が、ランプの明かりに照らされたシーツの上にあふれだすような幻覚。ぼくは胸の上で寝息を立て始めたメリッサの手を掴んで引き寄せ、体を入れ替えて彼女の上になった。


「……シワス?」

 目を覚ました彼女の黒い瞳に一瞬戸惑いと怯えの色が浮かんだ。ぼくはきっと、酷く切羽詰まった暗い顔をしていたに違いない。


「起こしてごめん、何でもないんだが――もう一回」

「シ、シワス……」


 亡霊を振り切るために、必死で目の前のメリッサをかき抱いて彼女に集中する。だが、おぞましく罪深いことに、ユージニー王女の面影はどこまでもぼくを追いかけてきた。




 皮肉なことに、翌朝の目覚めはごく穏やかで爽快なものだった。甘えてしなだれかかるメリッサを支えながら階段を下りると、食堂にはそろそろ全員が集合するところだった。



「おはようございます、皆さん」


「ヘルヘル、おはようなのじゃ!」

 食堂の入り口にほれぼれするような美しい姿勢で立つヘルツォーク氏に、クレアムが元気よく挨拶した。


 なにやかにやと話し合った結果、ヘルツォーク氏は一階の片隅、洗面所とは長い廊下を挟んで反対側にある西棟の小部屋に住むことになった。

 ちなみにぼくの寝室は二階の南棟、妻たちの部屋は主に二階。オリヴィアの部屋は三階の、特に床を補強された一角にある。


「クレアムさんのおかげで私の部屋も、人が住む部屋らしくなりましたよ」


「あー、その、すまない」

 クレアムの部屋は三階の西棟。階段を通ればヘルツォーク氏の部屋へはすぐだ。昨晩遅くまで二人ががたごとと模様替えをしていたのは知っていた。クレアムが大はしゃぎであっちこっちと机やベッドを引きずり回すのを、わが家の新任執事は必死で手伝っていたのである。


「ヘルヘルがうちの子になったのじゃー」


「違うって」


 メイド、と言うよりハウスキーパーとしての経験が長いジーナが、ヘルツォーク氏の指導に当たることになっている。足元に絡みつくクレアムを何とかかわしながら、彼は努めて整然とテーブルの上に食器を並べていった。


 今朝の朝食は、オーソドックスに薄切りにして焼いたパンとミルク、ゆで卵に、昨晩仕込んだ鶏もも肉のガランティーヌ(に近いもの)。切り分けられた冷肉が仔牛の骨からとったゼラチンでてかてか輝いて、豊かな朝を演出する。迷宮に出入りするようになると、こういう時間をかけて準備した食事はとりにくくなるだろう。


「そこ、フォークの順番が違います。気を付けて」

「わかりました」


 ジーナがひどく活き活きしているのが何やらおかしい。さて、来週からどうなることやら――

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