表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
マーガレット・リンドブルムと二本の魔剣
18/36

贈り物は馬車

 一尋館へ向かう坂道の入り口に差し掛かった時、先頭をいくマーガレットが不意に片手を上げてふりむいた。停止の合図だ。


「どうしたのよ、マーガレット」

 すぐ後ろにつけていたステラが訝し気に首をひねり、マーガレットの前方にあるものを透かし見た。


「……馬車だね」


 それは僕の位置からも見ることができた。道路の脇によけて停まった、大型の四輪馬車。それなりの量の荷物を運んで長距離を旅するときに使われるタイプの物だ。そのかたわらには丁度、御者台から男が一人降り立ったところだった。


「――うちの」

 マーガレットの口からぽつりと奇妙な言葉が漏れた。


「どうした?」


「どうやらあれはうちの馬車だ……扉に紋章が」


「あ、えーとつまり、リンドブルム伯爵家の!?」


 マーガレットの隣まで馬を進めて目を凝らす。真新しいニスが塗られた馬車の扉には、確かにそれらしい紋章があった。縦に二分割された(エスカッシャン)両側(サポーター)に鹿と獅子、ヘルメットには古めかしいバシネット兜を写した図柄が描かれ、盾の面(フィールド)には飛竜と花束があしらわれていた。


「ああ、間違いない。それも私自身の紋章――五年前に紋章院から認可してもらったやつだ。これはなにかあるぞ」


 ぼくは無言でうなずいた。


 リンドブルム伯爵家は、公にはぼくのことを婿として認めてくれていない。だからマーガレットは現在、彼女自身が分家の当主という形になっている。

 二分割された盾に描かれた図案はそれを示すものだ。その紋章を付けた馬車がここにやってくるとは、どういうことなのか?


 マーガレットがゆっくりと前へ出た。御者台から降りた男は彼女を認め、帽子をとってこちらへ顔を見せた。


「お嬢様、お久しぶりです」


「……お前か! 久しいな、母君は息災か?」


 どうやら二人は主従に近い関係の顔見知りらしかった。


「おかげさまで。最近は『生きているうちにマーガレットお嬢さまのお子を抱きたい』というのが口癖ですが、なに、あと二十年は心配いりますまい」


「二十年も待たせたくはない、むしろ私の身が持たん……シワス、この男はマルメーといってな。私の乳兄弟で、今は父の荘園の代官を務めている」

 マーガレットがぼくを振り返り、 目の前の男を紹介してくれた。


「シワス・ユズシマです。どうぞお見知りおきを」


 馬から降りてマーガレットの横へ。ぼくが手を差し出すと、マルメーはその日に焼けた細面を陽気にほころばせた。


「初めまして、勇者シワス様。お嬢様とのご成婚で伯爵様の城へいらした時には、私は軍務で他所にいまして……ようやくお目にかかれました」


 長時間手綱を握りしめていたせいか、マルメーの手はくしゃくしゃになった手袋の皮と同じ形に、赤く皺立っていた。


「お嬢様をどうぞよろしく」


 荒っぽい仕事に慣れているらしい、大きな分厚い掌がぼくの手を包み込み、グッと力が込められる。



「――それで? この馬車はどうしたことだ。知る限りこんなものは父上の城にはなかったと思ったが」


 馬車の側まで近寄って、マーガレットがその豪華な装飾が施された屋根を見上げる。


「当然です、完成したのは二週間前ですから。カトナの工房から引き渡しを受けてそのまま乗ってきました……お父上からの誕生日の贈り物です」


「そうか」


 マーガレットの表情がわずかに苦しげに歪む。


「どこへ行くにも軍装で馬にまたがっているのでは具合が悪かろう、と仰せで」

 マルメーが少し俯いてそう続けた。


 済まない気持ちでいっぱいになる。マーガレットの父親、リンドブルム伯爵は今も娘をこの上なく愛しているし、本当のところはなんとかぼくとの姻戚関係について落としどころを見つけたいと思っているに違いない。その証拠にこの馬車のサイズ――ぼくたち七人がそっくり乗り込めるほどに大きいではないか。


 いうなれば、駆け落ちした娘夫婦にキャンピングカーを送りつけるような物だ。


「ありがたく受け取っておこう。ちょうどよかったな、シワス。岬の地下迷宮(ダンジョン)へ行くときはこれを使えばいい」


「ちょっ……マーガレット!」


 思わず声を上げて妻をたしなめる。ダンジョンのことなど聞きとがめられて伯爵に伝わったら、またどんな心配をかけるかわからない。だが、僕の気遣いをよそに彼女は唐突に軍刀(サーベル)の柄を乳兄弟の顎に突き付け、下からぐりぐりとこじりあげた。


「お、お嬢様……痛たたた……ッ」


「マルメー、もったいぶるのは無しだ。その程度の用件なら父上がお前を代官の仕事そっちのけで差し向けてくるわけがない。そのくらいのことは私にもわかる……なにか大っぴらにできない困りごとが起きた。そうだろう? それも、わざわざうちに持ち込んでくる以上は、私たち一家の――シワスの力が必要になるかもしれない何かだ。そうだな?」


 マルメーの耳元に口を寄せてそこまでまくしたてると、マーガレットは柄頭を手元に引き、もう一方の腕でマルメーを突き放した。バランスを崩して尻餅をつきそうになる彼を、ぼくは黙って支えてやった。彼は痛みの余韻に息をあえがせながら、ようやっと言葉を絞り出した


「城の武器庫から……『スケイル』が姿を消しました。盗まれたらしいのです。伯爵様は『マーガレットなら見つけ出せよう』と」


「はあ!?」


 マーガレットが声を荒げた。


「どこの何者があの武器庫から収蔵品を盗み出せるというんだ! バカも休み休み言え。それにあの剣はララ大叔母様が佩いた以外は誰一人さやから抜くこともできなかった、いわくつきの代物じゃないか!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ