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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
マーガレット・リンドブルムと二本の魔剣
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妥結

 技の発動をキャンセルし、ぼくはバランスを崩したぶざまな状態で熟柿が地面に落ちるように着地してしまった。瞬間、鈍い痛みが背筋を這いあがる。


「くっ……!」


 まずい、軽く足首をひねったらしい。

 気持ちの上では昔と同じでも、長年の間になまった体はごまかせない。三年前の塩水事件でも、全力で剣を振るうほどの局面には出くわさなかったのだ。


「シワス、大丈夫か!?」


 マーガレットが悲鳴を上げた。他の妻たちも、あるいは言葉にならない叫びをあげ、あるいは息をのんで硬直している。


「大丈夫だ……来るな!」


 駆けだそうとする妻たちを、剣を持ったままの右手を上げて制止した。謎めいた男は動かない。敵意があるなら、剣技でも魔法でも今このチャンスにこそ放てるはずなのに。


「――苦痛の緩和(レド・アゴン)

 最も簡易な肉体修復の神聖呪文を唱える。足首の痛みがすっと消え、次の瞬間ぼくは渦潮の舌(ヴォルテック・タング)を腰だめに構えて10m強の距離を一気に詰めた。


 追尾しにくい右側面へとまわり込み、振り抜いた剣の慣性をねじ伏せつつ、通常ならば予期できない方向へと突きと斬撃をねじ込む――その速度、一秒に八撃。


(これでどうだッ!?)


 驚愕すべきことに、眼前の相手は困惑した顔のままそのすべてに反応した。

 三発が拳ひとつほどの間合いでかわされた。一発は髪をひと房切り落とすのみに終わり、続く三発は彼の剣で弾かれた。最後の一撃――左斜め下から逆袈裟に斬り上げようとしたぼくの剣はその描くべき軌道の始まりで止められ、彼の剣(ニムダ)と絡み合ったまま動かせなくなっていた。


 彼の胸とぼくの肩はほとんど接するばかりに近づき、吐息がかかるほどの距離にアルフレッド・ヘルツォークの端正な顔があった。


 ため息とともに腕の力を抜く。底なしの無力感が腹の底から這い上がってきて、惨めな気持ちになった。殺すつもりで放った斬撃だったのだ。

 にもかかわらず、ぼくにはこの男に生命の危機を感じさせることができない、という事実。



「マーガレット。ショコラ。それに皆……答えてくれ。ぼくの剣は八年前と比べて衰えているか?」



「……いや」

 マーガレットがやや俯いて静かに答えた


「それはない。シワスの剣はむしろ、力みが消えてより研ぎ澄まされている。昔のように城塞級のドラゴンを正面から屠るような真似は出来ないだろうが、対人の剣技で考えれば、今のほうが上だ」


「そうか」

 

「昔はいざ知らず、今立ち合えば私が負ける」


 彼女がお世辞や気休めを言うような人間でないことは知っている。とすれば――



 アルフレッド・ヘルツォークの『武の器』は黒龍王アルマゲルド・ヘルガイザーその人をもはるかに凌駕する事になる。

 黒龍王と僕の戦いは、こうまで一方的に攻撃をすかされ、あしらわれるようなものではなかった。この事実は彼の正体について想定される答えのうちいくつかを消去する。


「勇者シワス。もう終わりですか? 私は結局、この後どうすれば?」


 穏やかな声で、ヘルツォーク氏が問いかけてきた。


「……連行、といういい方は不適切だし、そもそもあなたに力づくで何かを強制することはできそうにない。それはよくわかりました」


 ぼくは自分がうっすらと笑みを浮かべているのを自覚していた。


「ふむ。そうですか……その、もしや、がっかりされましたか?」

「いや、心の底から安心しましたよ。今のところはね」


 結局のところ、落ち着く結論は当初の予定と同じにならざるを得ない。だが、その意味するところはちょっと違っていた。


「あなたの剣には殺意とか害意と言ったものが何もない。ただ身を守っているだけだ」

 にもかかわらず、その剣が作り出す壁は絶望的なまでに高く、厚い。『剣聖』――そんな言葉すら、脳裏に浮かんだ。


「一尋館へ来てください。あなたには当分、うちに滞在して頂きたい。費用はわが家で負担します」


 男爵と妻たちの上で空気がざわつく。その渦中にいないのはクレアムとジーナだけだった。


「どう思う?」

 丘の上まで馬で戻る道すがら。ぼくはオリヴィアの側にくつわを寄せ、顔は前に向けたまま彼女に話しかけた。


「決めた後で今更聞かれても……うちに他の男の方がいるのはちょっと困るわね」


「ああ、その件に関しては――って違う! 彼の正体についてだよ」


「それは、失礼しました」


 芝居がかった口調で彼女は肩をすくめた。


 オリヴィアの懸念もわからなくはないが、うちに滞在するのは普通の神経を持った男性にとってはおよそ拷問だろう。困るのは向こうも同じこと。

 ただし、ことヘルツォーク氏に関しては、果たしてそんなまともな神経があるのかどうかすらわからない。


「てっきり、あの黒龍王が用意した、転生体とでもいったものかと思ったんだが」


「そうね、私もそれは考えてみたのよ。でもおかし過ぎる。その種の『呪術』は周到な準備と厳密な定義づけを行う必要があるのよ。ことに人格、記憶――言うなれば『魂』と呼ばれる部分の再現には最大の精度が要求される。さもないと、転生という現象を人為的に起こす意味がないから」


「わかる。その観点でいえば、ヘルツォークさんの存在はむしろ真逆だ。例えるなら――」


 ずっと頭の中でくすぶっていた、もやもやした観念が明確な言葉をとった。

「出来の良くないスケッチをもとに設計図を起こして再建された聖堂みたいな、そんな感じだ」


「面白い例えね。でも、だれが何のためにそんなことを?」


「解らない。しばらく彼を観察してみるしかないよ。まずはあの(ニムダ)だな、今度は現物があるわけだしメリッサに解析を頑張ってもらおう」


 実のところいま思いつく手がかりはそれぐらいだ。


「そうね、私も手伝うわ」


「頼む」


 オリヴィアは微笑んでうなずくと馬の歩調を速め、前方を進むメリッサのところへ寄せていった。

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