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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
マーガレット・リンドブルムと二本の魔剣
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厄介ごとの、お裾分け

地下迷宮(ダンジョン)……」


 ぼくは絶句した。こんな辺鄙な港町――だからこそ余生を平和に暮らせると信じて住み着いたというのに、何というひどい朝だろうか。

 黒竜王の剣とその持ち主が目と鼻の先に宿をとっているというだけでも頭がおかしくなりそうなのに、街の側にはダンジョンと来た。


「それで、その話を持ってきて、ぼくにどうしろと言うんです?」


「シワス、ちょっとそこ空けて」

 テーブル越しに男爵に詰め寄ったぼくを、メリッサがたしなめて席へ戻らせた。

 昨晩のエビやカニの残りにクリームチーズと胡椒を加え、薄切りの丸パンにはさんだ、美味そうなサンドイッチ風のものが客の前に据えられる。


「残り物で恐縮ですけど、どうぞ召し上がってくださいな」


「やや、これは奥様、まことにかたじけない!」

 一瞬相好を崩した男爵に毒気を抜かれる。ええい、仕切り直しだ――ぼくは男爵の前の皿からさも当然といった態度でサンドイッチをひょいと一切れつまんだ。


 こんなうまそうなものを来客にだけ出すなんて、メリッサも意地が悪いじゃあないか。


「……古代遺跡とおっしゃいましたね。じゃあ自ずとそれなりの構造と性質を備えているわけだ。普通に考えれば古代人が何らかの用途で作った建造物の遺構。よって有意味な通路と部屋の構成を持ち、自己充足的に循環する魔力などの作用ではなく、周囲の自然環境と生物学的な秩序に従った生物が生息する」


「おっしゃる通りです。少なくとも冒険者(フィールドワーカー)たちが確認したエリアに関しては、大型のコウモリ類や蟷螂蟹(マンティスクラブ)など、動物に類するものが見受けられたとか」


「蟷螂蟹は十分危険じゃないですか。大きなものなら板金鎧着てても胴体に穴が開く……まさか、そこを冒険者たちに開放するつもりじゃないでしょうね? 確実に人死にが出ると思うんですが、あえてそこを覚悟で推すだけの収益(あがり)が見込めるとはとても……」


「できれば私も、蓋をしてなかったことにしてしまいたい。しかし、あの冒険者たちはこちらに拘束されるのを嫌って、その日のうちに出て行ってしまい申した。どうにも初動を間違えた。多分、来週にはこの町にメディムから多数の冒険者パーティーが詰めかけることでしょうな。それを押しとどめるだけの権限、警察力、どちらも私にはありません。この町にも」


 最悪だ。ぼくは頭を抱えた。


 冒険者は結局のところ、ぼくが地球にいたときに様々なファンタジー系のゲームや漫画、小説で見たものと同様。

 命を天秤に乗せてその日その日の糧を得る不安定な稼業ではある。ロッツェルとその周辺の治安は多かれ少なかれ悪化を免れまい。


「何らかの対策を、とらねばなりません」

 

「――この町の周辺で古代遺跡と言えば……シワス、三年前のあの事件の時の」

 テーブルを挟んでにらみ合うぼくと男爵に、ずっと黙り込んでいたオリヴィアが口を挟んできた。


「塩水事件のことかい?」


「ええ。あの時の地下通路と同じ時代のものだとしたら、ちょっと厄介よね?」


「すでに厄介だけどさ……もし同じ時期のものなら、奥深くには不死生物(アンデッド)魔法的構造物(コンストラクト)もいるかもしれない。今の技術で作れないような魔法文明の産物もかなりの確率で手に入るだろうね」


 言っててますます気が重くなってくる。駆け出しの冒険者(フィールドワーカー)たちがその手の脅威や秘宝に遭遇したら、彼らだけでは到底対処できない。


「エスティナ公国の『梯子(ラダー)』みたいな自律稼働型のダンジョンとは比較にならないでしょうけど、それでも、管理、あるいは監視を行わないとひどいことになるのじゃないかしら』


「さすがは奥様……さようさよう、私もそうした懸念を抱いておるのです。シワス様とご家族にダンジョン探索を、とは申しません。ただ、もしも何かあった時にご助力いただければ、とこの数日そればかりを考えておりました」

 顔を輝かせてオリヴィアに熱弁をふるう男爵を見て、ぼくは深い憂鬱にとらわれた。結局はこうなるのだ。

「調子のいい人だ。まあ仕方ない。ぼくだってこの町を愛してますし、冒険者の中にはあちこちの貴族の次男三男、相続にあぶれた血気盛んな連中も多い。いざというときに彼らを抑えられる実力や権威が必要だ……そういうことですよね」


 そこまで言って、ぼくは不意にこれから口にする言葉の効果を思い浮かべ、虚無的で嗜虐的な快感を覚えた。


「いいですよ、何かあったらぼくが彼らのケツを拭きましょう。そのための細かな手筈はまたあとで。実は男爵閣下、こちらからもお伝えしなきゃならない火急の懸案があるんです」

 

 一瞬喜びと安堵に緩んだ男爵の顔が、ぼくの言葉とともに次第に曇り、不安げに見開かれた眼の中で瞳が針でついたようにきゅうっとすぼまるのが分かった。


「そういえば、先ほど……大事なかったというにはまだ早い、とおっしゃった。何事が?」


「ええ。端的に言えばこうです。『黒竜王アルマゲルド・ヘルガイザーが何らかの形で復活した――あるいは復活しつつある』」


――げえ。


 カエルを踏みつぶしたような声がかすかに響いた。


「すでに奴の佩剣『ニムダ』はその姿だけは寸分たがわず取り戻し、この町に存在しています」


 気の毒な領主が椅子からずり落ち、食堂の床にへたり込む音を、ぼくはどこか上の空で聞いていた。





「それで、どうするのですシワス殿……まさかこんな少人数で、本当に黒竜王めを捕縛に行くと?」

 宿屋『モーブのねぐら(デン・オブ・モーヴ)』へ向かう道すがら。ニューコメン男爵は馬上で実に往生際悪くぼくたちに抗った。ぼくたち一家はと言えば全員が武装し、馬に乗っている。


「これ以上いても仕方ないでしょう。もしあれが本当に黒竜王その人なら、常人が何人来たところで戦いになれば死ぬのがオチだ。だがかつてぼくらはこの七人で奴を倒した。これ以上のメンバーはあり得ません」


「じゃ、じゃあなんで私まで?」

 彼はひどく狼狽え、怖気づいていた。


「ニューコメン男爵。あなたは国王陛下の命で、かつての英雄、しかして今や一つ間違えれば国内最大の潜在的危険人物になりうる『ユズシマ・シワス(ぼく)』を監視するためにここにいる。違いますか?」

「そ、それはそうだが……私はこの八年間、そうしたお役目を超えたところでシワス殿とお付き合いを頂いておるではありませんか。何故今更そのような」


 ああ、彼がごく善良な人物であることは認める。君も今まで見た通りだ。いろいろ底意があったとしても決してそれを隠し通すことができないし、底意を持つこと自体を気に病む。ニューコメン男爵とはそういう人だ。


 だが、だからこそなのだ。


「ぼくの考えたことはこうです。黒竜王ヘルガイザーと、『特徴のない男』戦士ヘルツォーク。この二者が同じか、ごく近しい存在だったとして……」


――この地上に、一尋館以上に安全に、彼を周囲と隔離しておける場所は存在しない。だから、ぼくが彼を預かる。


「あなたはそれをその目で確認し、ぼくが黒竜王と手を結んだ、などということが喧伝されない様に国王陛下と宮廷にきちんと伝達してくれなければならない」


「なるほど……」

 男爵は絶望的な表情になった。


「何、そんなに心配はいりませんよ、たぶんね……クレアム!」

「クレアムはここなのじゃ。大きな声出さなくても聞こえるよー、じゃ」


 第5夫人はぼくの膝の間に挟まる形で、同じ鞍にまたがっていた。丸くて小さいお尻がぼくの股間に当たって、ちょっと変な気分になりかける。


「そろそろ宿屋だ。クレアム、あのヘルツォークさんから、同じ竜族の気配は感じたかい?」


 クレアムはにっこり笑って首を横に振った。

「ないないのじゃ。ヘルヘルはクレアムと同じじゃない、のじゃ」

「なるほどね。どういうことかはやっぱりわからないけど、彼は『本人』じゃないわけだ」


 八年前。ぼくの剣を背中まで通るほど深々と受けた黒竜王は、ひどくお約束なセリフとともに息絶えたものだった。


――私の負けだ。だがこれで安心するなよ。私は必ず、また再び蘇る。お前たち人類がこの世界の主でないことを、何度でも思い知らせてやる。


 お約束に従うならああいう場合、復活するのはぼくが年老いて息絶えた後。人類は再び、新規の勇者を現在よりも恵まれているとは限らない環境で、育て上げざるを得なくなる。


「『早すぎるだろう、黒竜王ヘルガイザー!』そう叫びたくなったけど、事はそれほど単純でもないみたいだな。さて、着いたか」


 子豚の丸焼きをかたどった、のどかな看板を掲げた宿屋。その戸口の前で馬を降り、ぼくは腰に下げた剣を抜き放って叫んだ。


「アルフレッド・ヘルツォークさん! 申し訳ないけど出てきてください。あなたを連行します!」

 

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