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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
マーガレット・リンドブルムと二本の魔剣
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大灯台

「うむ、美味い! 我ながらよくできているぞ、この粥は」

 朗らかな声と共に席を立ち、マーガレットは自分の椀を持ってお代りをよそいに行った。こちらに背中を向けたその姿に彼女のさり気ない優しさがにじむ。


 屋根に穴が開いていても否応なしに雨は降り、どんなに悲しみに沈んだ朝でも腹は減る。気がかりは多く解決の糸口は見いだせなかったが、ともあれぼくは食事を済ませることにした。


 この世界にはコメがある。しかもそれなりに改良された美味いものが。故郷を偲ばせる美味い飯と優しく愛らしい6人の妻のためなら、最盛期の力に及ばずともいまの全力を尽くすしかない。そうじゃないか?


 露地飼い地鶏のガラを煮出したスープストックを、冷蔵庫から出して使ったらしい。鍋の大きさからするとやや不足だったはずだが、逆にそれが濃厚過ぎないあっさりした風味を作っている。

 ローズマリーとタイム他数種類の香草が加えられた香りのいいスープがコメをたっぷりとふくらませ、口に運ぶとそれが舌の上でほろほろと崩れた。

 肩ベーコンの表面、それ自身の脂でカリッと揚がったようになった部分をナイフで切り取り、三枚ほど粥に載せる。コメ粒の間を流れるスープの表面にわずかに色のついた脂がうっすらと広がり、塩コショウとニンニクのピリッとした刺激でさらに食が進む。


「うん。元気が出てきた」

「そうだろう、そうだろう。行軍で疲れた兵士たちも、これを食べればまたはつらつと歩き出したものだ。胃にもたれないから夜営で眠れなくなることもない」

「マーガレットにこんな得意料理があったとはね。また頼むよ」


 得意満面になった妻を見るのは良いものだ――よぉし、何が起きたところで我が石鹸できれいに洗い流してくれるわー!


「元気が出たのはいいけどさ、シワス。お客みたいよ」

 窓辺に立っていたステラがこちらを振り向いた。ニムダの絵図を持ってきたままなんとなく席につきそびれた恰好。手元にはジーナが見かねてよそった椀を持ったままだ。

「お客? またか?」

 僕も席を立って窓辺に向かう。窓枠に胸を乗せるようにして身を乗り出すと、閉ざされた門扉の向こうに見覚えのある姿があった。つやのある黒髪と骨太な長身。当節流行りの肩が膨らんだデザインの胴着。


「ん。ニューコメン男爵(新右衛門さん)か」


「そういえば、昨日の騒ぎで結局、ニューコメンさんの用事がわからずじまいだったわね」

 メリッサがはたと手を打った。


「……そういえばそうだった」

 一昨日も昨日も、彼は屋敷を訪れていたのだった。原稿持ち出し騒ぎで後回しになるということは緊急性はさほどではないのだろうが、僕に直接伝えるまで日参したくなる程度には気がかりらしい。


「いつからあそこに立ってたんだろう? さすがに気の毒だな、入ってもらうか」


「きっとお腹を空かせてるのじゃ。クレアムのおかわりをあげるのじゃ」


「それはよせ」


 クレアムの椀には粥だというのに縁の上まで盛り上がるほどの量が盛られ、ローズマリーの長い茎が金魚鉢の水草宜しくテーブルの上まで垂れ下がっている。

 よだれかスープか判然としない液体が、彼女の口元から粥の上へぽとりと滴り、三粒ほどまとまったコメがそのあとを追った。あれをどうぞと渡されて食えるのは辛うじてぼくくらいのものだ。


「私がお迎えに出ましょう」

 ジーナがすっと立ち上がる。

「じゃあ、ニューコメンさんには私がお茶となにか用意しましょ」

 メリッサも立ち上がって台所へ向かった。


「クレアムもお迎えに行くのじゃー」

 我が愛すべき第五夫人はほっぺたにお弁当をくっつけたまま、食堂から駆け出そうとしている。だがぼくはさっと腕を伸ばして彼女を捕まえた。

「クレアム。自分のお椀についだ奴は最後まで食べなさい」

「はいなのじゃ」


 仕方なさそうにぼそぼそと食べ始める。見てくれは八歳児だが時々もっと小さな子のようにふるまうのが、果たしてどこまで素なのか疑わしい。こう見えてもこの幼女、八年前の戦いでは恐るべき熱量の吐息(ブレス)と古代の強力な竜語魔法を操って、大軍を相手に大暴れを演じたのだが。



「シワス殿、ご在宅であられましたか。これは重畳」

 ニューコメン男爵は昨日門前に現れたときとそっくりのセリフを口にしながら食堂に入ってきた。どこかほっとした顔なのは、やはりそれなりの懸案があったと見える。


「食事中で取り散らかしたままで、申し訳ないです。昨日はお世話になりました」


 ぼくが差し出した手を、彼はほどよい握力で握り返した。

「いやいや。原稿の一件は大事なかったそうで何よりです。こちらはこちらで、年来街中に巣食っておったご禁制品の密売人どもを大量検挙できました」

 男爵がそう言って微笑んだ。


「大事なかった、というには少々気が早いんですがね。ですがまずは、そちらのご用件をうかがうだけはうかがいますか。昨日の手柄話だけというわけでもないんでしょう?」


 まずは水を向けつつ、心の中では一枚目のバリケードを築く。彼がどれだけ渇望したところで、僕はこの国の政治にも軍事にも一切かかわりたくない。その思いは結婚以来今日まで変わっていない。

 目の前の男もそれは心得ている。


「ははは……シワス殿にはかないません。むやみにお願いしたところで聞いていただけるとは思っておりませんが、一言耳に入れてはおかねばなるまいと思いましてな……」


 彼は一呼吸置いて、話をつづけた。

「町の南西に突き出した岬をご存知ですな? あそこにある灯台も?」

「ベラスコ岬のことですか。確かにあそこには灯台がありますね。ずいぶん小さな――」

 ロッツェルの街を出て南に徒歩30分ほどの場所だ。海に向かって真っすぐに突き出す、幅10mほどの岩壁。その周囲は高い崖になっていて、先端に灯台というよりは大きな石灯籠と言った風情の建築物がある。


「いや、あそこではないのです。あの灯台は先日の嵐の夜、雷で崩れまして。それで、メディム市からたまたま来ておった冒険者(フィールドワーカー)のパーティーに頼んだのです。岬の根元にある『大灯台』から予備のランプを持って行って、修復してほしい、と」

 男爵の話が妙な方向に転がり始める。ぼくは思わず心の中のバリケードをもう一枚増設した。どうにも、嫌な予感がするではないか。



 冒険者(フィールドワーカー)というのは奇妙な存在だ。それはいくらか、ぼくらがそうであったような勇者パーティーに似ている。様々な社会階層あるいは種族に属するメンバーが、それぞれの技能を持ち寄って力を合わせ、最小限の人数とコストで各種のトラブルや事件を解決し、あるいは遺跡や秘境に分け入っての学術調査に近い事もこなす。


 いうなれば、戦後の新しい社会の中で生まれた新たな職業。そのノウハウの多くはぼくら勇者パーティーの成功に倣ったものだ。

 昨日もちょっと触れたが、この近辺では北東の山岳地帯にある渓谷都市、メディムで活動している者が多い。メディム市はさらに奥地のカゼイ山脈への入り口にあたり、駆け出しの戦士や野伏(レンジャー)でも仕事に事欠かないからだ。


「大灯台とは何です? 聞いたことがなかった。あの岬には別の灯台があるというわけですか?」

「岬の根元には古代から巨大な灯台がありましてね……いや、ご存知ないのも無理はない。灯台そのものは王国建国以前に倒壊して、今残っているのはその一階部分だけですから。何せ今の灯台は小さく、灯台守が住むところもありませんので、大灯台の遺跡を物置と詰所に使っておりました。ところが落雷の所為で灯台は崩れ、灯台守自身も嵐の中で高波にさらわれて行方知れずになった様子。そこで、岩登りや洞窟探索に長けた者をメディムから斡旋してもらったのです」


「それで、その冒険者たちは? まさか、何か事故でも……」

「いやいや。彼らは腕の確かなプロでした。きちんと仕事を片付け、全員が怪我もなく帰ってきましたよ。いい仕事ぶりだった。ただ、彼らの報告がですね」

「もったいぶらずに、単刀直入にお願いしますよ」


 苦笑したかったのだろう。ニューコメン男爵の口元が奇妙に歪んだ。だが内心の不安と葛藤のせいで、その表情はひどくぎこちなく、不吉な印象を与えるものになった。


「……大灯台の地下に、手つかずの古代遺跡が広がっておるというのです。平たく申せば、広大な地下迷宮(ダンジョン)が」

 男爵の口が、不吉な言葉を紡いだ。


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