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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
マーガレット・リンドブルムと二本の魔剣
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ニムダ

「シワス……あたしが黒竜王の配下だったことは覚えてるよね?」

 ステラの声。振り向くと、褐色の曲線美が食堂に入って来るところだった。彼女が朝食に遅れたりすっぽかしたりするのはいつものことだが、二日連続の出席。しかも、いつも手放さない火酒の瓶が見当たらず、普段は野放しの二連ミサイル(おっぱい)すらタイトな胴着の下に抑えつけられていた。これは、彼女が本気になった時の姿だ。昨日の黒い革鎧姿よりも、はるかに。


「ああ、覚えてるとも、だけどそれとこれが一体……」


「うっかりしてたよ。あの男(ヘルツォーク)の持ってた剣、みんな見覚えあったでしょ? でも誰も明確に思い出せなかった。そりゃそうよね、黒竜王と戦った時には剣の拵えにまで目をやる余裕はなかったもの。でもあたしは、それより前にあいつに拝謁する機会が何度もあったんだよね」


「待て、その理屈はおかしい。君だって昨日は思い出せなかったじゃないか。それにジーナに至ってはあの剣に擬態までして……あっ」


 そこまで言って、僕はハッと気が付いた。八年前の最終決戦に、ジーナは同行していなかったのだ。奉仕種族である彼女の自我は通常の人間と比較するといくらか弱い――強大なカリスマや影響力を持つ存在の前では、そちらに従属してしまう可能性すらあった。だから、彼女はぼくらの帰りを宿で待った――


「うん、気づいたみたいだね。ジーナが擬態したのは、昨日初めて見た剣だったわけ。いくら彼女の記憶が正確無比でも、アレと黒竜王を結び付けるのは無理よ。……で、あたしだけど」

 次の瞬間ステラはがっくりと首を垂れて肩を落とした。

「ごめん、素で忘れてた」 


「おい」


「昨夜遅くオリヴィアに相談されてね、やっと思い出したのよ……あたし、しばらくお酒控えるわ」

 そういいながら彼女は一枚の羊皮紙を取り出した。テーブルの端の空いた部分に広げられたその巻物の表面には、一本の剣を描いた精緻な細密画があった。それは確かにヘルツォーク氏が携えていた剣と寸分たがわぬものに見える。


「……これは?」

「この町に落ち着くちょっと前に、黒竜王のとこで懇意にしてた同族の秘教学者(オカルティスト)と再会してね。研究バカだけど悪いやつじゃなかったから、迫害されない落ち着き先を世話してやったのさ。その礼に、蔵書を何冊かもらったの。かさばるんで閉口したけど、捨てずにおいてよかった」


「そ、そうか……いや、でかしたショコラ。酒のことは気にするな」

 こいつはまさにファインプレーだ。


「……この細密画は『魔剣ニムダ』。黒竜王ことアルマゲルド・ヘルガイザーの佩剣さ……どんな武器かは知ってるね」

「ああ」


 そんな名前だとはたった今知った。だが、かの剣と斬り結んだ身としては忘れたくても忘れようがない。


 剣身の形状はごくシンプルな、身幅5㎝ほどのブロードソード。

 厚さ10㎝を超える鉄の扉をすっぱり断ち割る切れ味だけでも武器として強力この上ないが、特筆すべきは緑色のオーラを帯びて斬りつけた相手を猛毒で侵し、継続ダメージを与える能力だ。

 魔剣としては比較的シンプルな部類だと思うが、むしろそれだけに対峙した際の嫌さは計り知れない。

 一例をあげて具体的に言えば――玉座の間に飛び込んで奴の口上を聴いている間に毒オーラの余波だけで三度吐いた。


「形はそっくりだ、確かに。だが昨日の剣からは、あの時のような負のオーラを感じなかった……なぜかな?」

「分からない」

 ステラは首を横に振った。

「うーん、毒沼作りすぎて毒が切れたとか?」

 メリッサが自信なさげに人差し指を立てる。その表情はどこか悔し気でもあった。

 ああいった魔剣の能力はそれぞれが特異すぎて、現物を目の前にしない限りは彼女の身に着けた技術と知識をもってしても、類推すら難しい。


「それだったら決戦の時点で毒がないはずだろう」


 八年前に僕らが勝利を収めるまで、黒竜王の支配下の地域には点々と、いかにもな毒の沼地が生成され続けていた。永らくそのメカニズムは謎だったが、討伐後、魔城に残されていた記録によってそれは明らかになった――黒竜王自らが領土内を巡回して大地に剣を突き立て、土と水を毒で汚染して人類の生息地を狭めつづけていたのだ。


「分からないことが多すぎるな……だがこれは、ろくなことにならない予感がする。この三年のんびり暮らしてきたが、さすがにいつまでもは続かないか」

 ぼくは深いため息を漏らした。妻たちの間からもこだまのようにため息が繰り返された。

「やり切れんな……シワスはもう十分すぎるほど戦ったというのに、まだ終わらんのか」

「済まない、マーガレット。これはぼくの性分にも問題がある……ごめんよ、子供を持つのはまだ当分お預けになるかも」

 

 だが、マーガレットはそんな僕の弱気を叱り飛ばすように、力のこもった眼差しで僕を見返してきた。

「勇者シワスともあろう男が、情けないことを言うんじゃない。何が起ころうと私たち六人がついている――最短で片を付けようじゃないか」

 言い終わると、マーガレットは大ぶりの椀に盛られた粥を一気にかきこんで胃の腑に収めた。


 彼女の小さく引き締まった形のいい唇を、不釣り合いに長い器用な舌がくるりと舐めた。


 その美しさと豪快さが同居した姿はぼくの心に現役時代と変わらない勇気の灯をともす。だが――ああ、妻よ。妻たちよ。

 このぼく、『元勇者』ユズシマ・シワスにはあの頃のような超常の力、神々に与えられた戦いのための加護と摂理の外の力(チート能力)はもはや備わっていない。


 今この身にあるのは、妻たちと幸せに余生を過ごすために、神殿で交換してもらった新たな能力。手から出る無限の石鹸と、あらゆる家事を万能にこなす力と、一日三時間の睡眠で健康を維持する丈夫な身体。


 それだけなのだ――

 

 

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