03
塾への道へと走って向かったさっちゃんを見送り、妹さん、優希ちゃんの方を振り返るとその様子に目を見開いた。
「どうした?」
蒼汰は優希ちゃんの前にしゃがみ込むと苦笑しながらそう聞いた。さっき、さっちゃんに手を振った時は表情を変えてなかった優希ちゃんが、目いっぱいに涙を浮かべていたのだ。
「……にい、にーちゃ」
ボロボロと涙を零しながらも、我慢しようとしているのだろうか。口をへの字にして自分の服の端を握っている。我慢してたのか、自分を置いてお兄ちゃんが何処かに行ったことに寂しくなったのか。
両方かな?
「お別れとかじゃないんだぞー。お前の兄ちゃん、少しお仕事してくるだけだからな」
「おしごと?」
蒼汰は頷いて、親指で優希ちゃんの目の下と頬を軽く拭う。優希ちゃんも自分の腕でゴシゴシと目を擦ると少し赤くなった目で蒼汰をジッと見つめた。
「受験勉強」と言っても難しいから、「おしごと」で教えたんだろう。学生のお仕事は勉強だしね。
蒼汰は優希ちゃんの様子にニコリと笑うと「よし」と立ち上がった。大きな手を優希ちゃんの頭にポンポンと二回乗せると、玄関から家の中に入った。
ここまでの間。私は蒼汰の見たことがなかった一面に目を瞬きさせていた。
運動好きで勉強も上位で、誰にでもフレンドリー。そういう一面なら知っているが、蒼汰が小さい子と接している所は見たことがなかった。
……とりあえず、私達も中に入るか。
「__中に入ろっか」
そう声をかけてみると、優希ちゃんはこちらを見上げた。黙ったまま私を見つめ、ゆっくりコクンと頷くと左手を伸ばした。その小さい手を右手で軽く握ると、ニコッとへの字だった口角を上げた。
手を握ったまま二人でリビングに来ると、台所からは微かに焼けたパンの匂いがする。
蒼汰は欠伸をしながらトースターの前でパンが焼けるのを待っていた。
「蒼汰、バイトだったんだし寝てていーよ。優希ちゃんの面倒なら私だけでもみれると思うし」
リビングのソファーに優希ちゃんを座らせると、自分も朝食の用意をしようと台所に向かおうとした。だけど、小さい手は思ったより強い力で私の右手をギュッと握ったままだった。
「じゃあパン焼いたらもう一回寝てくるわ」
手を握られたまま動けない私の様子に、仕方ないという風に笑った。私は苦笑してソファーの優希ちゃんの隣に腰を下ろす。
蒼汰は二階の部屋に戻り、私と優希ちゃんはダイニングテーブルの所に移動して朝食を食べていた。
きつね色に焼けたパンにマーガリンを塗り、テレビを見ながら食べる。優希ちゃんは朝食は家で食べてきたらしく、黙ってテレビを見ていた。
「ねー、なまえは? 」
二枚目のパンにマーガリンとジャムを塗っていると、隣から年相応の可愛らしい声が聞こえた。「ん? 」と聞き返すと、私を指差して「なまえ」と言った。
「泉だよ、あ。さっきのお兄ちゃんは蒼汰」
自分を指差して言うと、蒼汰も名前を言ってなかったことを思い出して苦笑する。優希ちゃんは小さく唸った後、何か思いついたようにハッと顔を上げて笑った。
「じゃあ、いずみちゃん と、そうくん? 」
名前を聞いた優希ちゃんが首を傾げてそう呼んだ。