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俺と従姉妹の恋愛戦争  作者: 黒崎 明夜
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File.00『その始まり』

初めまして。どうもこんにちは。黒崎明夜です。

数か月ほど執筆活動から離れ、ようやくこの『小説家になろう』サイトへと投稿することができました。

今回の課題はずばり、『切なくも愛おしくなる様な小説』です。遅筆ではありますが、楽しく読んでいただければと思います。


 ――人は、よく嘘をつく。

 だが、それ総てが悪意に満ちているというわけではない。

 自分を護る手段としても用いられるが、誰かを護るためにもその《嘘》というものは存在する。

 どちらかと言うと、俺……(たちばな) 邦斗(いくと)は、後者である。

 それが偽善であっても、その嘘を貫き通す覚悟は、できていた。

 ――たとえ、自分の好いている少女が、自分の弟の許嫁だったとしても。



 だから、――――『俺達』は嘘を吐くのさ。





 File.00『その始まり』


 橘邦斗。十八歳。大学一年生。恋愛経歴はなし。特技はなし。強いて言うのならサークルや高校時代の運動部で身につけた体力と、レパートリーの少ない格闘術程度である。

 好き嫌いはなし。しかし食べ物に限る。

 そんな一般市民よろしく普通の大学生が、上流階級である企業の御令嬢と、従姉妹という親戚関係にあるというのは、誰もが聴いて驚く話だ。

 しかし、内情は違う。

 いくら親戚関係とあっても、上流階級と一般の差は埋まらない。――ので、邦斗とその弟、一歳年下の橘 征二(せいじ)は、御令嬢ら姉妹とはあまり交流はないのが普通だ。

 よって邦斗は、その日まで、ほとんど平凡な青春を送ってきた。

 一戸建ての家に、四人家族に一匹の愛犬を入れた、ごく平凡な生活を送ってきたのだ。

 それが、一通の手紙によって崩壊するのは、大学に入学して一カ月が経とうとしていた、ゴールデンウィークの一週間ほど前のことだった。


            ◇


 邦斗は放課後に真っすぐ自宅へと帰宅し、着替えを済ませ、馴染みのショルダーバッグを肩に掛けると、玄関口で愛用のスニーカーの紐を縛っていた。

「あれ、兄さん。何連勤?」

 すでに高校から帰宅していた、黒髪でミディアムウルフヘアの、弟の征二が、スナック菓子の入った袋を片手に、自室のある二階の階段を下りながら邦斗へと聞いた。

「ん? 今日で五連勤になるけど?」

「……まさかゴールデンウィークまでバイトすんの?」

 うわ、と、まだまだ遊び盛りの高校三年生になった征二が顔を引き攣らせる。邦斗はケラケラと笑いながら「六連勤までって決まってるんだよ。明後日は休みだ」と言って立ち上がり、ショルダーバッグを掛け直す。

 ねずみ色のパーカーのジッパーを開き、玄関の扉を開いた。

「んじゃ、行ってくる」

「いってらー」

 弟に送り出され、邦斗はふぅ、と一息ついて、父親の軽自動車を拝借。

 ふと鏡で見えたのは、自分の顔。ボサボサの髪に、黒い瞳。

 日本人特有の、かつ、友人曰く「何処にでも居そう」と言われる顔は、なぜか印象が強い。

(いまどきの若いのは、アイロンだの何だのしてるからなあ)

 って、俺もじゃねーか。と自分で自分にツッコミを入れて苦笑する枯れた性格の大学一年生。

 弟の征二はよくアイロンをしてアシメにしたり、ミディアムヘアとかいうヴィジュアル系バンドのメンバーがしてそうな髪型をするが、一方で邦斗にはその様な興味は全くない。

 これもジェネレーションギャップというものなのだろうか。

 一度征二がガールフレンドを連れて家に来た事がある。その時、邦斗の事を「叔父さんですか?」と聞いてきたほどだ。

 それに征二が愛想を尽かしてしまいそれから三日後に離縁。これは酷い。まったく以て俺のせいじゃないか、とばかりに自己嫌悪したのは、橘家にとって記憶に新しい。

 邦斗はバッグの中身を確認すると、バイト先へと向かって車を走らせた。


            ◇


 某牛丼屋のチェーン店にて。

「お疲れっしたー」

 午後九時半。邦斗は着なれたバイト先の制服をバッグへと仕舞い込むと、足早に帰路につこうと車に乗り込む。

 ちなみに本日は給料日。二十日締めのこのアルバイトは、五日後の二十五日に給料が下りるのだ。

 邦斗は運転席に座ると同時、手にした給料袋を開いて中を確認する。

「ひい、ふう、み……十二万か。まあ、足しにはなるかな」

 休みを一日入れては連勤を繰り返していた邦斗にとっては、これくらいが普通だ。むしろもう少し給料くれたっていいじゃない、と思うくらいである。

 ちなみにその給料の三分の二は、父親との約束で、家計の足しにするため、懐に入るのは四万前後である。

 だからこそ、征二はアルバイトをしないのだ。

 邦斗はんっと伸びをして、エンジンをかけると、馴染みの曲が流れ始める。


 ――天国で君と出会って、君の素晴らしさを知ったよ――


 シートベルトを着けてハンドルを握り、ふぅっと息をはいて、車を駐車場から出す。

 夜だからか、やはり帰宅中の人が乗る車や、家族で旅行から帰って来たのか、大型の車が眼の前を通り、邦斗の車は国道へと出る。


 ――君は私達の世界を救ってくれた。堕天使たちの手から――


 そのまま、邦斗は十分ほど運転し、自宅の車庫へと父親の車を入れて、邦斗は玄関へと回ると……。

「……んっ?」

 邦斗はそこで足を止めた。……いや、止めざるを得なかった。

 ――此処は本当に俺の家か? とでもいう様に。

 眼を凝らして見れば、二人の黒服を着たいかにも『ボディーガード』様がいらっしゃるではないか。邦斗の家の、玄関の前に。

 しかも周囲を警戒する様に見回し、挙句車一台が通りかかると同時にギラリとその眼を光らせて、運転手の顔を一瞥する。

 擦れ違うのは一瞬。だが、それでも尋常ではない視線を感じたのか、少し走ってから、その車は速度を緩めて行った。

(………俺の家、だよなぁ)

 入り口の表札を見るに、橘と書かれたそこは邦斗の家だ。間違いない。だが、ウチの家計ではボディーガードなんてリッチなものは雇えるわけもない。メイドや執事もいるわけがないのだ。

(一旦、離れるっきゃないか)

 邦斗はそう決断すると、足音を立てない様、細心の注意と気配を消して、その場を去った。



 自分の家から少し歩いたコンビニで、邦斗は手元のスマホで自宅に電話を入れると、その電話はツーコールで出た。

『はい。橘でございます』

 馴染みのある母親の声だった。邦斗はその声に安堵の息をはいて、「母さん……」と脱力したような声をあげる。

『あら邦斗。今どこにいるの? お客様が着てるわよ』

「そのお客様って、黒服着たゴツい人たち?」

 邦斗はうんざりした様子で聞き返すと、母の妙子は「まあ」と驚いた様な声をあげた。

『いきなりでビックリしたのね。仕方ないわ。あの人達はただの付き添いの方よ。玄関で待ってるから、早く帰ってきなさい』

「……わかった。十分後に玄関で」

『ええ。玄関で』

 邦斗は通話を切ると、溜息と共にコンビニから出て、自宅への道を戻る。

付き添い(・・・・)、ねえ……)

 時刻はもう夜の十時を回っている。そんな時間に誰が? という疑問と一緒に、まさか、という不安を抱きながら自宅へと戻ると、案の定、玄関には黒いスーツを着た巨漢二人と一緒に待つ妙子の姿が見えた。

「母さん」

「おかえりなさい」

 邦斗はその珍妙な光景に苦笑しながら妙子へと帰宅の宣言をすると、そのスーツを着た巨漢に一礼して、玄関をあがる。

「で、誰が来てるんだ?」

「優紀ちゃんと優衣ちゃんよ」

「……は」

 邦斗は驚いた顔をして息を呑んだ。――なんでコイツらが。

「邦斗は優紀ちゃんと同じ大学だものね。顔くらいは合わせてるんじゃないの?」

「まさか。……アイツの周りは取り巻きでいっぱいだよ」

 邦斗は妙子に苦笑して肩を竦めると、妙子はそう、と相槌を打った。

「まあ、いいわ。とりあえず邦斗と征二の二人にお話しがあるそうだから、しっかりと聞きなさい」

「ん、父さんと母さんは?」

「一緒にいるわよ。まあ、お父さんはお酒入っちゃってるけど」

「……そか」

 バイト代、今日は渡せそうにないな。と邦斗は内心で溜息をついて、リビングのドアを開けると、見慣れた弟と父、兵馬の顔ぶれ、そしていとこである姉妹の顔があった。

「なんだなんだ。今日はどっちかの誕生日か?」

「バイトお疲れ様」

 邦斗のジョークをもろともせずに躱わした従姉、相川(あいかわ) 優紀(ゆき)は、その長い黒髪を手で流して、邦斗へと冷静に労いの言葉を掛けた。

 優紀と邦斗は同い年。だが、弟の征二と、優紀の妹の優衣は一年差があり、邦斗と優紀とは、優衣は二歳差になる。

(俺、やっぱコイツ苦手だ)

 邦斗はイライラとした表情で眼を伏せ、征二の隣の椅子へと腰かけると、征二が「兄さん、お疲れ」といって肩に手を置いた。

「邦斗さん、おつかれさまです」

 そして斜め前に座る、母親譲りの茶髪セミロングの少女は、優紀の妹、優衣(ゆい)。そんな彼女は満面の笑みで出迎えてくれ、邦斗は泣きそうな顔で「優衣は良い子だなあ」と褒めた。

「真っ先に労いの言葉を掛けた私には何もないの?」

「お前は俺のジョークをスルーしただろう」

 互いに睨み合う邦斗と優紀。その弟と妹は微妙でぎこちない笑みを浮かべて「まあまあ」とその場をなだめにかかった。

「兄さん、落ち着こうよ。まずは水飲んで」

「ああ、ありがとう」

「お姉ちゃんももう少し落ち着いてっ? 久々に会ったからってそんな喧嘩腰にならなくても……」

「……そうね。けど私は省みない」

「…………」

「…………」

 邦斗は征二から冷たい水を受け取って飲み干し、優紀は優衣のフォローを眼を伏せて受け流し、その動作が終わると第二ラウンド開始。再び睨み合いを始めた。

 ちなみに鼻を真っ赤にして酔っている兵馬は双方の会話に入る事なく見守っている。

「……そ、それで優紀さん。僕らに話があるんだよね? なんだっけ?」

「……わかった、本題に入りましょ」

 優紀は、長く整ったまつ毛を伏せて、スーツを着た女性から一通の封筒を受け取ると、テーブルの上に広げる。

「あなた達二人に、縁談が来ているわ」

「……!」

「縁談、ですか?」

 邦斗はあからさまに眉根を寄せて優紀を見、征二はキョトンとした、ごく一般的な反応を見せる。

「ええ。私と優衣、どちらかの婿養子になる気はない?」

「…………」

 征二は邦斗の顔を見る。邦斗は征二の不安げな顔を見て、小さく頷いた。

「……優紀(コイツ)が紙持って話に来る場合は、毎度マジ話だからな」

「いやでも、縁談って……僕まだ十七だし」

「それなら、あたしは今年で十七です」

 ぴしゃりと、征二の不安要素をはたき落とす様に優衣が自分の年齢を口にし、征二は言葉に詰まる。

「……にしても急な話だな。おじさんはなんて?」

 相川家は代々、大手企業の理事を務めている家柄だ。

 世間一般では『上流階級』や『お金持ち』、『お嬢様家庭』と呼ばれており、その令嬢が、この優紀と優衣の二人である。

 そしてその従兄弟、かつ親戚である邦斗と征二は、毎年二人の誕生会や祝いをするパーティに呼ばれては、二人の父、譲司に気に入られている。

「どちらを取るかは四人の関係次第、だそうよ。断ってもいいし、受けてどちらかを選択してもいい。けど、その相手がどう反応するかは解らないけどね」

 つまり、優紀が言いたい事は「今後の対応」である。

 例えば邦斗が優紀にアプローチをかけたとする。しかし、相手の優紀が邦斗を拒否した場合、半強制的に優衣へと相手が絞られるのだ。

「詰んだな」

「あんたはもう人生詰んでるでしょ」

 テーブルに伏せった邦斗を、まるで滑稽なものを見ている様に優紀が笑い、次に征二を見た。

「征二くんはどう? 正直、恋愛経歴もあるみたいだし、断ってもいいわ。無理強いはしない。もしこれを受けてしまったなら、貴方の未来はきっと、相川に縛られる」

「………」

 征二は邦斗を見た。邦斗は征二の顔を見ず、ただ突っ伏すだけ。

「こればかりは、自分で決めないとダメだぞ。征二」

「兄さん……」

 いつもなら此処で、真っ先に邦斗が行動する。征二はそれに着いて行ってフォローするというのが、この二人の在り方だ。

 だが、この状況で、弟の未来の可能性を否定され、縛られる事だけは、兄の邦斗にとっては赦せない状態だった。

 だからこそ、今ここで突き放すべきではないかと思ったのである。

 征二は口を一文字に結び、しばし考えると、

「……受けます」

 と、言った。

 邦斗はふっと突っ伏しながら笑い、優紀と優衣が驚いた様な顔をして征二を見た。

「お前ら何驚いてるんだよ。俺の自慢の弟だぞ? 俺より頭が良いし運動神経もいい。思考も柔軟だ。まあ、俺が先に突っ走っちまったせいで行動力はイマイチだがな」

 ケラケラと笑いながら邦斗は顔をあげると、征二は今にも泣きそうな顔で邦斗を見た。

「っし、決まりだな」

「……そうね。――じゃあ、私から二人のうちどちらかを選ばせてもらうわ」

「直球だなぁ、おい」

 邦斗は、突発的に自分の相手を選ぼうとする優紀に苦笑いをかけた。

「まあ、何度か一緒に何処か行ったりとかして、相性を見るのもいいと思って」

 そして優紀は一度邦斗を見ると、邦斗は眼を伏せて、他の皆にはばれないように頷いた。

 優紀が選んだのは――

「征二くん、いい?」

「………はい」

「ほれ。もっとしっかりしろ、征二。告られた経験もあんだろ?」

 邦斗はぽんっと、指名された征二の背を軽く押すと、征二は前のめりに倒れそうになりながら立てなおし、邦斗を軽く睨んで、笑った。

「ありがとう、兄さん」

「おう」

 邦斗は笑って頷くと、優衣が席を立った。

「それじゃあ、あたしは邦斗さんとですね」

「まあ、そうなるな」

 優衣はそのまま邦斗の後ろへと回り込むと、いきなり抱きついた。

「おっと? いいのか姉ちゃんの前で?」

「えへへ。スキンシップってやつです! よろしくお願いしますねっ!」

「あいよ」と邦斗は苦笑がちにそれを受け止め、優紀を見ると、「それが素なの」と平然と言ってのける。

「話は決まったか?」

「まあ、最初は探り探りなんだろ? 見たとこ、期限とかなさそうだしな……っと」

 傍観していた兵馬が口を割り込ませると、邦斗はテーブル上の書類に目を通し、折り紙の様に紙飛行機を折って優紀へ向かって放ると、その紙飛行機の翼が見事に優紀の髪に引っかかった。

「………喧嘩売ってるの?」

「挑戦状ってやつだ。そのままおじさんに渡してみ。キレるから」

 優衣に抱かれたままテーブルに肘を着いて前のめりになる邦斗は、それはもう、子供が悪戯をしている時に浮かべる様な無邪気な笑顔を向けると、優紀はうんざりとした様子で肩を竦める。

「だから厭なのよ、あんたは」

「ま、もうこんなじゃれ合ってる様な間柄じゃなくなっちまった、ってことだ。大学でも声くらい掛けろよ」

「それはこっちの台詞よ。バカ野郎」

 互いに厭味を言い合って中指を突き立てると、優紀は椅子から立ち上がって「叔父様、お邪魔しました」と言って兵馬へ向けて頭を下げた。

「いや、こっちこそすまなかったな。出来の悪い息子で」

「まったくです。特に兄の方は本当になんとかしてください」

 優紀は冗談っぽく言うと、「優衣、帰るわよ」といってリビング前で再度一礼して帰って行った。

「……はぁぁぁぁぁ………っ」

 玄関の扉が閉じられる音が聞こえ、邦斗以外の三人が深い溜息をついて脱力した。

「おいおい、なんだよ皆。これからは殆ど毎日付き合う事になるんだぜ? 慣れなきゃダメだろ?」

 邦斗は無邪気な笑みを浮かべて、空になったグラスを片付けにキッチンへと行くと、――そこには、一枚のメモ用紙よろしく置き手紙が。


『ゴールデンウィーク、予定はしっかりと空けておく様に。

                                優紀』


「無茶言うなよ、阿呆」

 邦斗はその置き手紙に毒突いて、大切に畳んでポケットへと突っ込み、グラスを洗い始めたのだった。

 その夜、事情をバイト先に話した邦斗の携帯電話から恨みと妬みの籠った怒声が響いたのは、言うまでもない。




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