オーガと潜ろう6
――この好機、逃すかよ!
目潰しに一瞬、いや刹那に怯む竜。それでも十分。
頭上から落ちる巨大な壁の破片を避け、出来る限り直線ルートを跳ねるように駆け抜ける。
内功によって強化された脚力で床を蹴り、降り注ぐ破片を見切りで流す。立ち止まる訳にはいかない。
「チィッ!」
眼前に巨大破片、避けられないコース。
とっさに気を練る。腰だめに構えた左拳に外功を込めた。
「オオオッ!」
速度を落とさず、
拳を解き放つ、狙うは崩壊の中心点。
狙いが当たったことを感触が知らせた。
拳に走る衝撃が通った手応え。同時に、巨大破片がバラけるように崩壊、前が開く。
――よしっ!
突如、前方に轟風。
表面を覆う外皮により、しなる岩の柱としか表現できない竜の尾、それが地面全体を薙払うように振られる。
見えない以上、広範囲で止める気か。
地をこすりながら振られる長さ二十メートル以上、直径約三メートルの尾はまさに動く壁だ。
「くそったれぇぇっ!」
必死に跳躍、尾の壁を飛び越える。足のすぐ下で、竜の超硬度の外皮が通り過ぎていく。まとも当たれば即死だ。
向こう側に着地、受け身を取りながら転がる。床に落ちている破片で制服がズタズタに切れた。
転がりながら立ち上がり再び疾走。止まれば死ぬ。
到着したのは竜の真下。見上げる程に巨大な直立した竜、しかし悠長に眺めるヒマは無い。
格闘術、武術においてあらゆる基本は対人戦とりわけ対武術士に重きを置くことにある。
拳と脚が届く限りオーガなどの強壮な亜人種はもちろん、中位迷宮獣など人のカテゴリーから外れた存在も、極めた武術士ならばさほどの脅威ではない。
武術士にとって最も脅威なのは手の内を読まれる同じ武術士だ。
それにより、歩法やコンビネーションなどのいかに武技を読ませないかの対武術士用技術が発達、根幹を成していく。
しかし、かつていた究極の実戦である戦場で、武術の定石が通用しないことを俺は知った。
戦場を入り乱れる上位迷宮獣や高位魔術師、超技量を誇る剣士達には下手な技法は通用しない。必要なのは、圧倒する破壊力。
乱戦を短時間で制し、防御を撃ち抜く力が柱となる。
どちらが上ではなく、対武術士と戦場では戦いと闘いの違い、方法自体が違うのだ。
――――故に、俺の取るべき方法はすでに決まっている。
身体内部より発生する気を、気の道である気脈より流す。体内で溶けた鉛が走る感覚。行き先は左脚。最大で外功を発生。
――砕けんなよ、俺の脚!
地を貫くように蹴り上げ、宙を舞う。狙いは竜の左脚、逆関節構造のうち、人体でいう足の甲の部分。
その中心目掛け、全力の蹴りを放つ。
挙動の瞬間、一瞬粘りを感じる。だがそれはすぐに突破、加速する足先が伸びる。
同時に発生する衝撃と、一拍遅れる音。脚速が音速を超えた証。
蹴りが入る。ビシリ、と竜の脚、その鱗に亀裂が走った。確実に剄力が入った感触。
――まだだ、
その感触を楽しむより早く、反作用を利用し、反対側へ跳ぶ。
気を右脚へ込めた。再び鉛が気脈を流れる。狙いは竜の右脚。
「――ひれ伏せよぉぉッ、トカゲェェェェッッ!!」
喉から声を絞り出す。矮小な人の身で、強大な竜と対峙するための精一杯の、そして最大の虚勢。
二度めの蹴りも中心へヒット、空中では踏み込みが不十分なため一度目より威力は劣るが、感触からダメージはあったはず。
「オ オ オ オ ォ ォ ……」
ぐらりと竜の体勢が揺れる。上体が落ち、派手な地響きと砂埃を巻き上げ両腕を地に伏せた。
膝をつき四つん這いのポーズを取る竜、俺は即座に体の下から飛び出る。
目指すは右脚、竜が回復するより早く跳躍。岩のような肌を気功で強化した脚力で踏みしめながら、駆け上がる。
俺が狙うのは数少ない人と竜の共通点、脊椎動物共通の急所。頭蓋と脊椎のつなぎ目である後頭部のぼんの窪だ。
――そこを全力でド突き回す!
脚を駆け上り、竜の背中、腰裏に到達した刹那。
「うおっ!」
見覚えのある岩の柱、しなりながら振り回される竜の尾が俺のいる脚の周りを払う。
とっさに手を離し、落下。空中で体勢を整えながら着地に備えた。
「ッ!!」
足先から膝、腰へと衝撃を分散、受け身を取りながら一回転して着地。気功で身体強化しても不意の落下はやはりキツい。
見上げる竜は上体を既に起こしていた。
両脚に光る蒼い燐光、竜の治療魔術により先ほどのダメージは全くの無駄になる。チクショウ。
「チッ」
後ろへ跳躍、踏み潰されぬように竜と一定の距離を取る。
竜がまだブレスを使わないことに賭けるしかない。
巨竜と正面から向き合う。烈火を宿す両眼が俺を見下ろしていた。
取るに足らぬ虫けらか、存外に苦戦する小兵か、どちらにせよ竜に引く気はないらしい。
先ほどの壁越しに向き合った時とは段違いの威圧感と存在感。本来ならば専用の竜狩士が二百人程でチームを組み、それでやっと五百才級に勝率三割を確保出来るのだ。俺のやっていることは、もはや冗談どころかギャグにさえならない無謀だ。
――それでも、それでもなぁ、
限界まで息を吐き、大きく息を吸い込む。息吹と呼ばれる戦闘用の呼吸方で無理やり息を整える。
右脚を持ち上げ、渾身の力を込めて振り下ろす。
「――鋭ッ!!」
ズンッという振動、震脚による衝撃が床を貫く。
「――ビビってんのか!? そのナリは飾りかよオオトカゲ!」
正直、竜に人の言語が解るかなど知ったことではない。だが高い知能を持つ竜ならば、挑発を理解しているはず。
「オ オ オ オ ォ ――ッ!」
竜が吠える。頭上から、斜めの軌道で右腕が落下。爪先が地をこすり、火花を散らしながら俺へ向かう。
「フッ!」
真上へ跳ぶ。地面をなぐ竜の爪、通り過ぎる死の斬撃。
――やっべ!
直後、跳躍による回避を後悔。空中にいる無防備な俺を、今度は竜の左手が狙っていた。
――ままよ!
眼前へ迫る爪を咄嗟に蹴りつけた。 目前を通り過ぎる爪、反動で体がスピン、そのまま落下。
「お、おおおぉ――――ッ!?」
なんとか受け身をとりつつ着地に成功。
――き、奇跡だ……
感慨に浸る暇も無く、地響きと共に竜が足を一歩踏み出す。
そして二歩めと共に踏み込み、再び右爪を振り下ろそうとした次の瞬間、
竜の足元が崩壊した。
「オ、オ オ オ ォ オ ォ ――ッ!!?」
ひょっとしたら疑問系で叫んでいるかもしれない竜。その両脚が瞬く間に床に開いた穴に飲み込まれる。
巨大物体の落下と床の一部崩壊により巻き起こる破片と埃を含んだ風。 轟風が過ぎ去った後には下半身を丸々床にめり込ませ、両手で床を掴む火神竜がいた。
――引っかかったなバカトカゲ!
ダンジョンの床は階層という空間を挟んだ積層構造上、余り厚くない。強度は床の材質頼みだ。
先ほどの震脚は単に竜に対する威嚇や景気付けではない。床を破壊するための一撃だ。
もちろん、俺の攻撃で床を破ることは難しい。しかしそこへ竜の体重を加えられれば?
落とし穴になるかはギリギリだったが、震脚の足応えから床にそれなりのダメージが通った事はわかった。後はそこへ出来るだけ勢いよく竜を誘導するだけだ。
竜が混乱しているうちにブレスを吐かれないように距離を詰める、狙いは右腕からのルート。
跳躍と共に右腕へ飛び乗る。そのまま肩へと駆け上がった。
吠え声と共に左爪が迫る。しかし紙一重で俺の後ろに届かない。爪よりも速く、首筋へとりついた。
――生きているなら、竜にだってあるはずだ……
必死に目を凝らす。生物に置ける構造的急所、そこは気の通り道である気脈の中枢区でもある場合が多い。
気功を習った者なら、気脈を見ることが出来る。逆に言えば、より正確な急所の位置が見えるのだ。
竜の体から透けて見える赤色の光の道、神々しいまでの力強い生命の脈動。そして、
――こいつか!
糸玉のように、赤光が大きく絡まる地点がある。場所は竜の後頭部の下。おそらくはこれが。
右腕に、渾身の剄力を込める。外功を最大で発動、腕の気脈が蒼白い剄力の光で浮き出る。爪の間から血が滴り落ちていく。
俺が放てる中で、最大の、そして乾坤一擲の一撃。これを確実に、急所へ通す!
「――――貫けぇぇぇぇえええッ!!」
肩、肘、手首へと力が伝わる。緩やかに、しかし力強く、螺旋の軌道で走る拳が竜の首へとぶち当たる。
込められた全ての力が、水を吸い込む乾いた布のように竜へ入っていく。
――通っ……
文字通り乾坤一擲の一撃、その手応えは、
――……らないッ!
ハズレだった。
急激に振られる竜の首、それに巻き込まれ振り落とされる。
「うおお!?」
全力を使い果たした虚脱状態のため、ろくに受け身も取れず床に落ちる。
左手で上体を上げ、竜を見上げる。右手はしばらく使い物にならない。竜とはいえ、まさか外すとは勘が鈍ったのにも程がある。
それとも、ここが俺に相応しい死に場所とでもいうのか。
「ち、くしょ……」
力が入らない喉を絞り、悪態をつく。ダイムのやつは一体どこまで逃げた……
「いっっでぇぇぇぇえええッ!!!!」
「……はっ?」
竜は、両手で後頭部を抑えていた。両眼にはうっすらと涙が浮かぶ。そして何より、その声は初老の男性を思い起こさせる……
「――喋ったああぁぁぁぁッ!?」
「うわナニコレ!? 痛すぎじゃろ、……あ、喋っちゃった。兄ちゃん、今の無し、聞かなかったことにして」
「なるか!!」
なんだ? なんだこれ、なんかすげーろくでもない結末になりそうなんだけど……
「あらあら、あなた何やってるんですか? ダメですよ配達の人に迷惑かけちゃ」
いきなり後ろから響く声。それはダンジョンに余りにも場違いな老女の声だった。
「なっ……」
振り向いた瞬間、言葉を失う。
溶岩石の肌、強壮なる四肢、痛がっていた竜よりやや小型の火神竜がもう一体、立っていた。
「……先輩、すみません。捕まりました」
「もういやあああ! ウチ帰りたいいい!」
そして、その両の爪先に掴まれているダイムとメリル。
……あれ、これ詰んだ?