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オーガと潜ろう5

 地響きを立て竜が振り向く。生物種最強の種族が、赤の瞳で俺たちを見据えた。そして口腔から、空気振動が放たれる。


「あ、ひょっとしてデッドラインさん? サイトーって僕です。よかったぁー、遅かったから心配してたんですよ。ところで判子忘れちゃったんでサインでいいですか?」


 齢千年を超えると思えぬ好青年な口調で火神竜(スルト)は明るく声をかける。


「どーもー、まいどデッドラインです。ご利用ありがとうごさいます!」


 サインをもらい、荷物を渡す。仕事が無事に終わった後は気分がいいなぁ。


「早く帰ろうぜ、ダイム。後でコーヒーでもおごってやるからよ」


「え、いいんですか? ありがとうごさいます」


「あ、私もいいですか?」


「はっはっはっ、ほんと遠慮しないねぇちゃんだな。ま、いいか」


 笑いながら出口を目指す。さあ早く家に帰って寝よう。


――……ぱい。


 そうさ、仕事は終わったんだ。竜はもういない。


――……んぱい。


 もうあのアホ店長も竜もいない俺の部屋で思う存分寝てやるぞ、わーい。


「――現実逃避はやめてくださいよ先輩!」


 ダイムの顔面凶器を見て、俺は現実に引き戻された。




「気持ちはわかりますが、現実から逃げないで下さいよ!」


「うるせーな。わかってるよダイム!」


 現状確認。眼前の広場には伏せている火神竜(スルト)=三匹いれば小国を落とせる戦力。

 味方戦力。ヘタレオーガ×1、根性ねじれへぼ魔術師×1、俺×1。

 結果予測。絶望の極みウルトラブーストはいきたドーン、さらに倍プッシュ!。


 やぁぁってぇられるかッ!


「とりあえず、サイトーが見つからん以上退くぞ!」


「ちょっと待って下さい、火神竜を間近で見るなんてめったにないんですよ! もうちょっと……」


「もういやぁぁ! なんで二十階の低階層にあんなとんでもないのいるんですか!?」


 この期におよんで、学術的興味を優先するダイム。マッハで取り乱すメリル。

 こいつらまったくパーティーとして機能する気が無い!


「とりあえず、まだ竜が気づいてない内にここは退いて……おいメリル騒ぐな! 気づかれるだろ」


「あー、先輩、それはもう遅いです」


 騒ぐメリルを後目に、淡々とするダイム。


「……なんだって?」

「あのレベルの竜は、高精度の探知索敵魔術が常に発動していますから。僕らなんかより探知能力は高いです」


 竜の頭部、眼の周辺に光の線が走る。間違いなく探知魔術が作動していた。


「僕らが竜を見ているということは、十中八九、竜もこちらに気づいているでしょう」


 でしょう、じゃねぇぇよッ!



 オ オ オ オ オ オ ォ ォ ……


 竜の遠吠えが唸る。地響きを上げながら、足がこちらへと動いていく。確実にこっちに気づいてるぞ!


「ちょ、こっち気づいたみたいですよジムさん!」


「見りゃわかるよメリル!」


 身を翻し、大急ぎで壁の裏へ退避。竜から逃げなければ。


「あ、ちょっと」


 竜へ振り返るダイム。なんだ? なにする気だ?


「あのー、サイトーさんてあなたですか!」


 この後に及んでお前は何を!


 しかし、ダイムの言葉に、ピタリと竜が停止。


……えっ、ひょっとしてまじで?


 甘い考えが頭をよぎった次の瞬間、竜の口腔が赤く瞬く。


 ヒ ュ ゴ ゴ ッ ! !


 赤火の渦が竜の頭の近くで揺らめいた。明らかな威嚇のための火炎放射魔術(ファイヤブレス)


「このバカ!」


 ダイムの襟首を掴んで壁裏へ引きずり込む。肝冷やさせんじゃねぇアホ!

 

 壁裏で座り込む。焦りで息が乱れた。いくらなんでもそれはないわな。

「アレがサイトーなわけないだろ!」


「ひょっとしたらと思ったんですけどねぇ。さっぱり見つからないしもしかしたらと」


「もしいたとしても消し炭になって転がってるか、竜の腹ん中だろ」


「いやああ! やっぱりみんなここで死ぬんだ!」


 だから落ち着けへボ魔術師。あと杖振り回すな。


 騒ぐ彼女を尻目に、竜の行動から推測する。


「まあどうも竜には焼く気は無いみたいだな、やる気ならとっくに超焼炎息吹(ナパーム・ブレス)ぐらい後ろから撃ってるだろ」


 竜の魔術の代名詞、息吹魔砲(ブレス)

 息吹、というか口腔から魔術を撃つわけだが、竜の体格と合わせ首の稼働域によりかなり広範囲に撃てる魔術だ。それゆえに回避は難しく専用の防御策が必要になる。狭いダンジョンでは致命的な攻撃だ。

 埃を払いながら立ち上がったダイムが賛同する。


「そうですね、千歳越えの火神竜なら最悪、核爆衝撃極炎息吹(ティルト・ウェイト・ブレス)ぐらい撃てるでしょうし……ということは」


 ティルト・ウェイト・ブレス、戦場で魔術師四十人がかりで発動したのを一回だけ見たことがある。魔術により限定空間を作り出し、内部で核爆発を発生、熱と衝撃のみをこちら側へ召喚する戦術級魔術。

 十数万度の熱と超衝撃を持つが、そんなもんダンジョンで撃ったら竜も生き埋めになるだろう。


「それでも追っかけてくるってことは……丸焼きより踊り食いが好み、か」


「でしょうね」


「もういやあああっ! 竜に食べられるのも丸焼きもいやあああ!」


 だから落ち着けヘボ魔術……


 ド ォ ン


「ひっ!」


 突如、向こう側から衝撃。壁にヒビが入る。中央から、放射状に走る亀裂。

 メリルの取り乱しが収まり、悲鳴を上げたままの表情でフリーズ。


「……追ってきてやがるな」


 ド ォ ン 


 再度衝撃、地響きに足がすくむ。亀裂が深く広がる。冒険者ならまず避けることが常識の壁も、竜にはただの簡単な破壊対象でしかない。――これが竜か。


「お、おお応戦、応戦しないととと」


 震える声で杖を握るメリル。すでに目の焦点が合っていない。


「メリルさん、火神竜にはマグマの中を泳いでいたという報告があります。それほどの熱耐性を持つ以上、メリルさんの魔術では対抗はとても……」


 うわぁ、火神竜ってやっぱスゲェなぁ。なんか絶望的過ぎてなんも感じなくなってきたぞぉ。


「しょうがねぇな、――ダイム、荷物降ろしてこの場に置いてけ。そんでメリル担いで入り口まで走れ。俺が時間を稼ぐ」


 ダイムがギョッとした顔で俺を見る。メリルはまだ言葉の意味が理解できないようだ。

 三度めの衝撃が壁に響く。その音に、黙っていた二人がハッと我を取り戻した。


「先輩、稼ぐって……どうやって!? いくらなんでも相手は竜ですよ」


「なんとなく思ってたけど……このジムさんってやっぱりどこかおかしい」


 やかましいわ。


「逃げてる途中で火を吹かれたらどの道終わり、時間稼ぎは必要だ。たまには年上な所見せてやらんとな。――心配すんな、適当なあたりで切り上げるさ」


 ブレスを控えているなら、接近は出来る。腕と脚が届く距離なら、俺の得意分野。

 ただし、チャンスは一回限り。仕留めきれず二度目に距離を取られたらブレスがくる。


「ダイム、なんでもいいからとっととメリル担げ! そのまま出口まで振り向かず走れ!」


「いくらジムさんでも……」


 ダイムに浮かぶ逡巡、自分でもかなりマトモではないことを言っているのは理解している。


「なぁに、俺が給料以上の仕事しないやつなのは知ってんだろ? こんな安い仕事で死ねるかよ」


 そうだ、死ぬには合わない時給だ。あのクソ店長に文句も言わずに死ねるかよ。

 意を決し、ダイムがメリルの腰を掴む。


「え、え、ちょっと」


 無言のまま、勢いよく肩にメリルを担ぎ上げ、後ろへ振り向く。


「――絶対、助けを呼んできますから!」


 そのまま、脱兎の勢いで走り出した。草食系な気質だが、やはりオーガだ。脚が速い。


――さぁて、


 眼前の壁に向き直る。響く轟音、更に深く鋭く隆起する亀裂。

 はっきりと感じる、この壁越しに強大な覇者がいる存在感、そして壁が意味をなさなくなっているという予感。

 壁が破れるまで、恐らくあと一撃。それだけが見敵までの猶予。


――永いな。


 時間が引き延ばされる。戦闘へ己の精神を切り替えることで、時間感覚が伸びる独特の感覚。本来なら僅かな間であろう最後の一撃への時間が、永い。


 ゴ


 ゆっくりと中心が崩れる。吹き飛ぶ中心から向こう側が見えた。


 オ


 破壊の衝撃が広がる。円状に走る破壊。柔らかく舞い上がる破片。


 ン


 そして、赤火をまといて現れる火神竜。


―――――ッッッ!!!


 竜は吠えていた、と思う。吠え声を理解するよりも先に、弾けるように突撃。降り注ぐ破片を避けながら、拳の届く距離に竜を捉えるまで、ひたすらに前へ。

 

「ッ!?」


 不意に頭上を飛び越える光球。一直線の弾道で、竜の頭部に突き刺さる。


――メリルか!?


 担がれながら放たれた照明魔法の一種、いきなりの目潰しに竜が巨体をきしませのけぞった。遠ざかっていく彼女の声が聞こえた。


「死ね、死に腐れこのバケモノトカゲェェ!」


――ねぇちゃん、意外とやるな。

試験的次回予告3



「ハァイ、というわけでなんだかお久しぶりでス。『ダンジョンコンビニ』裏の裏の裏の裏の主役の店長でス!」


「……おいそれ結局表だよな?」


「そしてこちらは店長の愛人兼店員のジム君! もちろんツッコミ役には『夜の』という意味も含まれ……」


「死ねボケ殺すぞ」


「さて挨拶はここまデ。ここからが本題ですヨジム君!

ぇ営ぃ業ぉぉぉ戦略ぅぅぅぅ――――ッ!(棒)」


「今度はそのネタか、ていうか(棒)まで発音するんじゃねぇよ!」


「きっと、何者にもなれないジム君に告げル。

売上を三倍にしテ!」


「いや何者っていうか俺コンビニ店員だから、それ以前にリアルな無茶をいうな!」


「……ふと思ったんですが、あれって例の日記帳じゃなくて未来日記のほうの日記渡したらどうなるんですかネ?」


「無謀なクロスオーバーはお前の脳内だけに留めろ!」


「まあそれはそれとしテ、近頃なろうでは迷宮がブームですよネ」


「またメタな事話し出すなお前。ていうかそのブームもう遅いよ」


「そこでですネ、そういった作品のダンジョンを無断で間借りしテ、チェーン店を開いて店舗増産、売上アップ計画を……」


「止めろよ! 絶対止めろよ! お前それやったら色んな所から洒落にならんほど怒られるからな!」


「まあそこまでは冗談ですヨ。なにか良く売れそうな商品でも並べますかネ。

魔王さん向けにBL本強化したりとか、あ、薬品カテゴリーだけどある薬品とある薬品を混ぜると爆弾になる商品とかどうでしょウ? 扱いは武器じゃないから売れますヨ!」


「……また魔王さんに怒鳴りこまれますよ? ていうか、さっきから気になってるんですけど、その小脇に抱えてるペンギンのぬいぐるみなんすか?」


「え、やだなぁジム君。さっきまでの会話ネタからわかるでしょ? 今一番ホットなペンギンキャラクター、その名もプリニ……」


「もう黙れお前ぇぇ!」



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