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オーガと潜ろう3

「そんじゃ、覚悟はいースかね」


 ゆっくりとした歩調で前へ出る。意を決したように急激に踏み込むオークのオッサンその一、手に持つ厚みのあるバトルアックスを垂直に振りかぶり、必死の形相。斧の峰に左の腕をピタリと重ねている。一撃に全筋力と体重をかけて叩き割る必殺の構え。


「フンッ!」


 上下へ天地を裂くが如く一閃する刃、しかし軌道はとうに読めている。

 上体をわずかに捻り、アックスが傍らを空ぶるのを確認。タイミングを合わせ、横薙ぎの裏拳をアックスの峰めがけて解き放つ。


 ッ ゴ ォ ン !


 巨人の骨をへし折るような激突音と共に、火花が刹那の内に咲いて散った。アックスが半ばからへし折れ、破片は向こう側の壁にしっかと食い込む。ここぞという時に安物は使うもんじゃないぞ。


「お、斧まで……ッ!?」


 折れた斧を手に呻くオークへ、右の掌底を顎先へ掠めるように撫で振るう。


「――っ」


 狙いはドンピシャ、いい感触。顎先へ伝わる衝撃がテコの原理で脳をシェイク。力無く、膝からオッサンが崩れ落ちた。


「二人め、と」


 さぁー乗ってきたぞ、サクサクいこうか。


「う、うおおおッ!」


 叫びながら槍を突き出す髭の戦士。俺は打突に合わせ拳を振り下ろす。

 拳に当たった槍の穂先が下方へ曲がり、生えるように床へ突き立つ。


「――セイッ!」


 脚を上げ、気合いと共に震脚を槍先と柄の接合部へ振り下ろす。ドンッという衝撃が走り、呆気なく刃が外れて床を跳ね、壁へ突き刺さった。

 震脚の一歩を起点に前へ踏み込み、戦士との距離を詰める。


「バケモ……ッ!


 二歩めの踏み込みで更に加速、戦士がなにやらド失礼な事を言い終わるより早く、腰の回転動作からの肘鉄をこめかみへ叩き当てる。

 ぐらりと体が揺れた。無言のまま倒れる人間がもう一人追加。


「ほい三人目」


 最後に残ったオークのオッサン――たしか昼飯代五百ギルの方――がアックスを握りしめながら唖然とした表情で俺を見ている。そんなに見つめんなよ、穴があいたらどうする?。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は別に奪うつもりは……謝る、謝るから!」


 わたわたとした動作で武器を捨てる、こちらをなだめようと必死だ。これは一つ声をかけた方がいいだろうか。


「あのー、お客さん。大人しくしてもらえれば、こっちもありがたいんですけど、いいスか?」


「あ、ああ! 大人しくする! だから……」


 ああ、こりゃ良かった。


「ありがとうございます、お客さん。こっちも出来る限り」


 ゆっくりと間を詰める。


「――――手早く一瞬で終わらせますから」


「……ヒッ、ヒイイィィィイイッ!!! ぐっ」


 ほい四人めっと。謝っても遅いって言ったじゃねーか。






「先輩、今の人たち、大丈夫なんですか……?」


 後ろで俺を見下ろす巨漢、ダイムが呟く。お前その質問何度目だ。大体オッサンどもを置いてきた十五階は既に通り過ぎた後だ、忘れろ。


「べーつに死にゃしねえよ。死んだほうがましだと思うぐらいぶん殴っただけだ」


 黙々と歩を進める。現在十八階、目的地まであと少しだ。


「……顔から倒れてましたけど、あれ明らかにヤバい倒れ方ですよね」


「あそこに適当に転がしときゃ見回りのコボルトのオッチャンたちが回収すんだろ。余計な心配すんな」


 一見無法地帯なダンジョンにも法はある。最低限の安全保障(セーフティー)というやつだ。 ダンジョン内での殺人や障害は戦闘や事故ならば基本罪には問われない。ただし明らかな戦闘不能者を攻撃、死に至らしめることは違法だ。「誇り高き戦士の行いではないから」「ダンジョンは試練の場であり無益な殺戮の場ではないから」というのが理由とされている。

 そしてその安全保障の実質管理として整備員であるコボルトのオッチャンたちがいるわけだ。

 基本業務はトラップ設置と戦闘不能者の搬送。完全中立で動くダンジョンの管理人たち、オッチャンたちの働きでダンジョンは最低限の安全を保っている。

 最も、魔王軍所属の基本公務員扱いの魔族と違い、冒険者は搬送された病院で目玉が飛び出るほど高額の治療費を請求されるわけだが。



「それにしても先輩、ちょっとこれは参りましたね」


 立ち止まったダイムがハンドアックス――雑用に使う小型の斧――を一薙ぎ、鋭い悲鳴を上げながら影が後ろへ跳びすさる。

 発光機関に照らされる小さな影。子供ほどの背丈に灰色の毛並み、短い足と長い腕。


「ダンジョンに来たらこういうのは恒例だからな。ま、とっとと追い払え」


 もう一匹の影へ軽めの拳打を繰り出す。よけながら同じく下がる影。

 歯を剥いて威嚇、潰れたカエルのような鳴き声を放つ。

『ゴブ・エイプ』 ダンジョン内に生息する迷宮獣の一種だ。ダンジョン外のサルと似たような外見ながら、それをしのぐ筋力と敏捷性を持つ。ただ基本的には初心者や中級者向けの弱めの迷宮獣だ。


「数は三匹、群れからはぐれたヤツらか?」


 ゴブ・エイプは基本的には二十匹前後の群れで生きる。これしかいないならコイツらははぐれの寄せ集まりだ。


「……そうでも無いですね」


 斧を構えながらダイムは反論する。大柄なダイムが小型の斧を持つと玩具に見えてくるな。


「ゴブ・エイプの群れからはぐれるのはリーダーに敗れた若いオスだけです。三匹中二匹がメス、しかも毛並みと体長から若い。ならばこれははぐれの寄せ集まりではなく、群れから迷子になった個体だと思います」


 普段の気弱な態度とは裏腹に、妙にきっぱりと断言する。つーか詳しいなダイム。


「あれ、お前そんなキャラだっけ?」


「僕の希望専攻学は『迷宮内生物学』ですよ。これぐらいしってて当然です。それに学問は実践して初めて価値があるんですよ」


 ダイムの胸が大きく膨らむ。鋭い吸気音、やがてその牙が覗く口から放たれる巨大な吠え声。


「キ ィ オ オ オ オ ェ エ ェ ッ ッ !!」


「うおっ!」


 思わず耳をふさぐ。暴力のような空気振動がダンジョンの歪んだ壁を殴打。鼓膜が痛い痛い痛い!


「なんだよ、ダイムッ! 急に野生化しやがって」


 吠え声がピタリと止む。落ち着いた様子でこちらに振り向くダイム。


「野生化したんじゃありませんよ、ゴブ・エイプの警戒の吠え声の真似したんです」


 周りを見るとゴブ・エイプは一匹も見当たらない。逃げ去ったようだ。


「逃げてくれましたか、我ながら上手く真似出来た様ですね。生き物を傷つけるのは正直イヤですし」


 勇猛と怪力が売りの鬼人族とは思えぬ発言をするダイム。


「……なあ、上手く真似出来たとかじゃなくて、単純にお前の大声に驚いただけじゃね?」


「ち、違いますよ! ちゃんと真似出来たから逃げたんですよ!」


 えー、怪しいなぁ。


 キャリアーを再び担ぎ直しながら、歩み始める。さすがに十五階以降は迷宮獣が増えてきた。


「しかし妙ですね」


「何がだ?」


 強面の顔を傾げ、疑問を口に出すオーガ。


「さっきのゴブ・エイプや、その前の迷宮獣もそうでしたけど、このあたりの階層の迷宮獣は積極的に襲ってくるタイプじゃないんですよ」


 人を頻繁の襲う迷宮獣はもっと下の階層に多い。このあたりは所詮は初心者向けだ。しかし十六階を過ぎた辺りから結構襲われようになった。まあ全部余裕で撃退したけど。


「所詮は動物だしなあ。腹が減りゃ人ぐらい襲うだろ?」


「それでももっと襲いやすい獲物はいるはずです。それにあの攻撃性は飢餓というよりは、何か危機感による不安からのような……全体的に気が立ってるというか」


「あんなサルだかカニだかの機嫌を気にしても仕方ねぇぞダイム」


 いまさら迷宮獣の都合など考えても仕方ない。どうだろうがとっとと荷物届けて帰るのがベストだ。


「……ちょっと待って下さい、先輩」


「どうした」


 またも足を止めるダイム。じっと耳をすましている。


「なにか……人の、女性の声が聞こえませんか?」


「んん? ちょっとまてよ」


 神経を耳に集中、ダンジョンの静寂に耳を傾ける。

 わずかに聞こえる高い、女性の声を連想させる音。しかも泣き声。


「……ダイム、こりゃ人か?」


「迷宮獣の中には人の声を出せる種類も存在します、ただこの階層にはいないはずです」


 人の声で呼び寄せる迷宮獣は攻撃性の高いタイプだ。


「ダンジョンで泣き入れる冒険者なんて聞いたことねぇよな。ということはやはり迷宮獣の類……」


「もし擬声のできる迷宮獣なら……しかも低階層……新種か?……」


 顎に手を当てブツブツとつぶやき始めるダイム。おーい聞こえてっか?


「先輩、あの声の方へ行ってみましょう!」


 巨漢を声の方へ向け、進み始める。オイコラ待て。


「おい、冒険者を助ける義理は基本的にないんだぞ!」


 ダンジョンを歩く以上、自分の身は自分で守るのは最低限の常識だ。


「もし、人ではなく迷宮獣なら、新種の可能性があります!」


 振り返らず叫ぶダイムの声には熱気がこもっていた。


「もし新種だったら学名に僕らの名前が載るかもしれません。図鑑に名前が載るんですよ! これは探すべきですよ!」


「そっちのほうかよ!」





 声の主が割と簡単に見つかった。

 ひだのように異常形成された壁の隙間で、屈みこんでシクシク泣いていたのだ。

 年は二十歳ほど、赤毛の髪に黒ローブ、宝玉のつい杖などちょっと時代遅れ――つまり中古――の装備。少しそばかすのある顔には、泣きはらした赤い眼がある。見ての通り、人間だ。


「新種じゃ無かったんだ……」


 たんこぶをつくり、ガックリと肩を落としたダイムが呟く。……こいつもなかなかアレな性格してんなぁ。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! わ、私パーティーからはぐれちゃってどうしていいかわからなくて……もう本当に死ぬかと思った……」


 メリルと名乗る女性の新人冒険者、魔術師が泣きながら礼を言う。最初に見つけたのが強面のダイム――しかも新種が発見出来ると浮かれていた――だったため、半狂乱で杖をダイムに振り回していたのを俺が取り押さえ、なんとか落ち着かせたのだ。


「あ、あのお願いですから一緒に地上まで連れて行って下さい! 私一人じゃ無事に帰れません……」


 あー、やっぱそうくるわな。


「悪いんだけどさぁ、俺ら二十階まで用事あるから上いかんのよ。あんたも冒険者ならその辺は自己責任で……」


「だったら二十階までついて行きますから連れて行って下さい! お願いですから!」


 拝み倒すメリル。そうは言ってもなぁ。


「先輩、しょうがないですからここは連れていくしかないんじゃないですか? さすがに見捨てるわけには……」


 彼女を見つけたダイムも口添えしてきた。しょうがねぇか。


「じゃあ、あんたも二十階までいくか? 地上に戻るのはその後だぞ」


「ありがとうございます、ジムさん、ダイムさん! あの、ところで皆さんの職業は一体……?」


 メリルが不思議そうに俺とダイムの制服を見つめている。まあ気になるわな。


「ああ、十階にデッドラインってコンビニあるだろ、そこの店員」


「……コンビニ店員がダンジョンに?」


「弁当配達でもぐってんだ」


 メリルの目が一瞬点になる。新人冒険者とはいえ、冒険者がコンビニ店員に助けられる現実は少々キツかったか。


「そ、そうですか……」


 細い体をふらつかせるメリル。結構自信喪失したらしい。


「ところではぐれた仲間はどこいったんだ? どっかであんたを探しているんじゃないか?」


「はぐれた時に私はてっきり下に潜ったと思って進んでしまったんです。仲間の人たちはひょっとして上に戻ったのかもしれません……」


 はぐれた時は上に戻るように全員で決めとけよ。危なかっしいなあ。


「で、仲間ってどんなヤツなんだ? 新人から目離すとは面倒見良さそうじゃないな」


「いえ、新人の私も心よく迎えてくれたいい人たちなんですよ。ヨゼフさんとガットさん、ヨゼフさんは細身の剣士で、ガットさんはヒゲの似合う槍を使う戦士で……」


 …………あっ、やっべ。やっちまった。

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