オーガと潜ろう2
「ちょ、ちょっと先輩!」
慌て駆け寄ってくるダイム。急に現れた大柄なコンビニの制服のオーガに、冒険者二名がギョッとした顔をする。
「なにやってるんですか、刺激しちゃダメですよ! お客さんなんだし……」
いやいや、こういう時はナメられちゃいかんのよダイム君。
「まあ待てって、ここはダンジョンだぞ? うかつに愛想よくしても……」
「なんでデッドラインの店員がこんな所にいるんだ? たしか店外の販売は禁止されてたよな」
「そうだよなぁ、店長に聞いたら『うちは店外販売はしませン』っていってたぞ?」
動きを止めた冒険者二人、細身の剣士と太めの戦士がしゃべりだす。
「あれか、とうとう要望に応えて店外販売やりだしたとかか」
「え、店外販売始めたの? 今日弁当忘れちゃってさ、五百ギルくらいの弁当売ってない?」
魔族の二人、いまいち顔の判別の付きにくいオーク二名も話しだした。
「お前まだ一日昼飯代五百ギルかよ、カミサンにちょっとは交渉しろよ」
「うるせえな、うちのカミサンは魔王様より怖ぇんだぞ。そんな真似できるか」
オークも妻帯者は色々大変らしい。
「いや、うちが始めたのは配達サービスで店外販売じゃないんですよ。弁当も配達分以外は無いんです」
思わず顔をしかめるオークのおっさん。剣士や戦士も期待外れだと表情で語っている。
「だめなのか……昼メシどうしよう」
「大人しく上まで戻るか」
うんざりとした様子のおっさんオーク二人。剣士がしげしげと俺を覗きこみ、はっと気づく。
「あ、お前ジム・スミスだろ!」
「え?……あ、ほんとだ、『デッドラインの暴力装置』とか『鬼軍曹の軍曹抜き』とか言われてるジム・スミスじゃねーか」
おい、あだ名増えてんぞ。
「先輩、『鬼軍曹の軍曹抜き』ってそれもうただの鬼ですよね」
ダイム、鬼人のお前に言われたかないわ。
店には色々な客が来る。大体は魔族か冒険者、いたって普通に物を買っていく。だが中には困った客もいるもので、そういった客は店長が冒険者協会に連絡するなどの注意をするのだが、それでもダメなヤツはいる。そういったのを店から追い出したりはしていた。主に殴り飛ばしたりして。
「ダンジョンに潜らせるならやっぱあんたみたいなヤツが必要なんだな。無駄に腕っ節のあるの雇ってんなとは思ったけど」
「まー、まさかリドちゃんみたいな子を潜らせるわけには行かないよなぁ」
「さすがにリドみたいな子供をこんな所に歩かせませんよ」
戦闘能力が無い者がダンジョンを歩くのは間違いなく自殺行為、ちなみに店への出勤は魔王城へ繋がる非常口が店内にあるので、その辺は安全だ。
「そうだなぁ、もしリドちゃんみたいな娘がダンジョン歩いてたら、俺は目的地まで送っていくよ」
「俺は帰りのコンビニまで送っていくね」
「あの娘、家貧しいけど頑張ってるって評判なんだよなぁ」
「リドちゃん見てるとなんか親戚の姪っ子を思い出すよ」
いつの間にか会話に入っているオークのおっさんズ。それにしてもリド大人気だな。
「というわけで通らしてもらいますよ。早くしないと弁当冷めますしね」
ピクリ、と髭の戦士が反応を示す。なんだまだ用があんのか?
「なあ、その弁当ってひょっして、『辛そうで辛くない少し辛いあっやっぱすげー辛いだめ! 後からきた! これだめ! 死ぬ! 喉が焼ける! あぁ、食べるんじゃなかった、俺のバカ! な食べられるラー油を使った特選牛カルビ重弁当』じゃないか?」
「……ええ、なんか名前長くなってる気がしますけど、多分それですよ」
なんだ、何が言いたいんだコイツ。戦士がジリリとにじりよる。
「俺、それ予約しようとしたら店長に『本日は予約終了でス』って断られたんだよなぁ……」
「そうだな。それがちょうど腹が減ってる時に目の前にあるとは……」
「一個三千ギルの高級弁当だっけ、俺も食ってみてぇなぁ」
「俺も俺も」
気がつけばオーク共も距離を詰めてきていた。……クソ、こいつら組みやがったよ。
「先輩、なんか雲行きが怪しいんですが……」
俺の背後でダイムが心配そうに呟く。もうちょっと図体に似合った度胸つけてくれ。
「ダイム、ちょっと下がってろ。――すぐ終わる」
剣士が得物を片手にだらりとさげ、俺に再びしゃべりかける。その表情には、人数的優位による余裕が見える。
「悪いがここはダンジョンだしな、大人しく荷物を貰おうか。恨むなら武器無しでダンジョンをうろついた己の不注意を……」
「悪いが」
不意に言葉を遮られ、剣士の顔が一瞬当惑する。ゆっくりと息を吐き、腰を落とす。
「俺は既に武装してるんですが」
踏み込みと共に腰だめの右拳を突き出す。緩やかな捻りと共に直進。
「っ!」
反射的に剣を横に降る剣士、激突する剣と拳。
響くのは甲高い金属音。確実な、打ち砕く感覚。真上へ高速で飛ぶ小さな影と火花。
「――なッ」
剣士がほおけた視線で俺の頭上を見る。
俺からは見えないが、大体想像はつく。折れて飛んだ剣先が、ダンジョンの天井に突き刺さったのだろう。
「ひッ」
剣士が息を漏らすより早く、練り上げた気を乗せた左拳を鳩尾へぶち込む。
割れた鎧の破片をこぼしながら、声も無く剣士が崩れ落ちた。
これが俺の学んだ拳法流派、南州の八卦掌が一派、『双極拳』の基本防御の型。
練り上げた気による外功で、一瞬の間腕の皮膚を強化、さらに通常は捻る回転により掴みや拳打を無効化するための防御技術『転肢剄』を用いることにより、剣をはじく。
いかなる剣も刃筋が立たねば物は切れない。さらに横流しに力を流し弾き飛ばす。慣れてくれば安物の剣程度、へし折ることも出来る。
うめき声一つ上げず倒れる剣士に戦士やオーク共が一歩、足を引いた。
「す、素手で剣へし折りやがった……ッ!?」
倒れる剣士を足下に置き、残心を崩さず、一歩、詰める。
「今更謝罪とかは入りませんよ、――――もう遅いですからね、お客さん」
精一杯の営業スマイルを浮かべ、俺は告げた。さてもう一仕事。