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オーガと潜ろう1


――結構冷えるな。


 幅三メートル、高さ四メートル程、左右と天井を覆う黒き壁は有機的なラインを描き、うねっている。壁に斑状に取り込まれている発光機関は思いの他強く、視覚には問題は無い。おかげで念のために持ってきた照明道具は無駄になりそうだ。

 このような通路のサイズや、壁についている発光機関の存在は、作成者である謎だらけの消えた超技術保持種族、前方を外れた(アウトフロント)が少なくともサイズは人類とそれほど変わらず、俺たちと同じ光を使った視覚を持っていたと推測出来る。


――まあ、それでも謎だらけなんだが。



 遥か古より世界中にあるダンジョンは、一体いつ頃からあったのか全くの不明だ。中心にあるとされる、魔力を生み出す重魔力炉芯の構造原理も不明、なぜ今になって魔王城以外のダンジョンが枯渇しているのかも不明、その他まとめだしたら切りが無いほどの不明点だらけだ。

 ダンジョン――に成る前のアウトフロントの造った何か――の開発目的は重魔力炉芯による魔術エネルギー発生、もしくは希少物質作成施設ではないか? というのが大方の意見だが、魔力を吸収することにより再生、増殖する構造体が暴走――超長期経年劣化によるもの、というかそれ以外原因が思いつかない――することにより施設は「迷宮」へと変質してしまった、というのが現在の主流の説となっている。


――今この状況じゃんなこたぁどうでもいいんだが……


 視覚に問題は無い、といっても流石に遠くは薄暗い。通路の向こう側は闇が横たわっている。そもそも構造体の増殖具合によっては照明が十分ではなかったり、危険な構造になっていたりする事も多々ありのんびりと気を抜くことは出来ない。


 最初の作成理由はどうあれ、最早ダンジョン(ここ)は血と闘争、欲望と栄光を得るための戦いの場。油断すれば即、死が待ち受けている。



「先輩、ちょっとは荷物持ってもらえませんか?」


 歩を進める俺の背中へ、投げかけられる落ちついた男の声。


「お前は運搬、俺は安全確保。そういう役割分担だろ? 文句言わずキリキリ歩けよダイム」


 振り向いた先には巨大な人影。

 二メートル三十センチの背丈、分厚く密集した筋肉、浅黒い肌、針金のように生い茂る髪とそこから覗く二本の角。顔付きは骨張り、掘りの深い、奥に潜む目は爛々と輝く。口元には下の犬歯が二本頭を出していた。

 そして、その戦闘力溢れる雰囲気をぶち壊す、オレンジと白の暖色ストライプの「デッドライン」の制服の上着。


「そうは言っても僕もう結構持ってるんですよ? そろそろ変わって下さいよ」


「お前戦闘はキライだし下手だって言ってたじゃねぇか。適材適所だ、大人しく運べ」


 この鬼人族(オーガ)は十八才の青年ダイム。オーガでも恵まれた体格の持ち主ながら、普通は荒くれ者や闘争中毒の多いオーガの中でも珍しい大人しい性格のヤツだ。

 実家は代々虐殺戦鬼(スローター)の称号を持つ戦闘職だそうだが、本人は進路に大学を希望、親と喧嘩してバイト浪人をしながら一人暮らしをしている

 希望学科は「迷宮生物学」 デッドラインのバイトに希望したのもダンジョン研究観察も兼ねてだそうだ。

 ダイムの肩から下げられたそこそこの大きさの銀色の箱――保温機能付きのキャリアー――が揺れる。


 歩きながら手書きの地図を確認、現在の階層は地下十五階だ。


「そろそろ次の階層の階段が見えるはずなんだが……」


「先輩、その地図手書きなんですか? ダンジョン事務所で売ってるやつじゃなくて?」


 ダンジョン内のマッピングした地図はある程度までならダンジョン入場受付の事務所で手に入る。

 いわゆる魔王城の外貨会得、小遣い稼ぎなんだがこれがそこそこボる上に、トラップが表記されないのだ。


「大丈夫だって、夕方タバコと新聞買いにくるコボルトのおっちゃんたちいたろ? あのオッサン、ダンジョンのトラップ設置と怪我人回収係の人たちだから。あのおっちゃんたちから聞いたやつだから心配無いよ」


 コボルト族独特の、キツネのぬいぐるみのような横顔と、その見た目に全くマッチしない年齢と性別にそったやたらダンディな声のオッサンコボルトのシゲさんを思い出す。


「やっぱり戻って店長から地図借りた方が……」


「もうじきなんだ、すぐにつくよ。ったく、あのボケ店長また面倒なサービスはじめやがって……」


 こうしてダンジョンに潜る事態になったことのはじまりを思い出す。

 そう、あれは一時間前、出勤した俺に店長がやたら高いテンションで声をかけてきたあの時からだ。




「ジィームッくーんッ!」


 出勤一番、俺の顔を見た途端に飛びかかる店長の顔を間一髪、掴む。力を込めながら抑えた。

「オウ、遠イ!? ジム君との距離がとても近くて遠イ! これが心の距離!? でも肉体の距離さえ近ければ私はいっさい構いませン! カモン、零距離射撃!」


「だ、か、ら、抱きつくのは止めてもらえませんかねって、暑苦しいんだよぉぉぉッ!」


 狭いスタッフ室で無理やり店長を引き剥がす。店長が口元で指をくわえながら残念そうな仕草を見せる。


「むー、ジム君にはちょっとお出かけしてもらうので、今のうちにジムニウムを吸収しようと思ったの二……」


 店長の服装は先日のスーツではなく、店の制服であるシャツとスカート、エプロンだ。それでもやたら胸元を強調するのは忘れない。


「ジムニウムは存在しねえと……お出かけ?」


「ええ、ジム君、お出かけですヨ。ちょっと地下二十階まデ、商品の配達にネ」


 店長の足元には銀色のキャリアーが二つ置かれていた。


「……配達?」




「……つまり、ダンジョン内配達サービスを始めたから届けてこいと?」


「ええ、そういうことでス。ジム君頑張って!」


 十五分後、店長の説明を聞く所によると客の要望を受け、ダンジョン内へ商品を配達するサービスを試験的に開始するという。


「でもね、店長。ダンジョン内だと下手すりゃ商品を盗られても文句は言えないんすよ」


 デッドライン内なら通常の魔王国の法律が適用されるが、一歩外に出たダンジョン内ではダンジョン法が適用される。これはデッドラインの店員も例外ではない。

 つまり商品が取られたり襲われる可能性は十分にある。


「だからこそ『デッドラインの暴力装置』と影口叩かれてるジム君の出番なんですヨ!」


「……誰だ『デッドラインの暴力装置』って言ったヤツ?」


 どうやらそいつとよく話あって平和的解決を目指す必要がありそうだ。主に肉体言語を使って。


「まあ、二十階までなら大して強い魔獣もいないでしょうし、行けると思いますけど」


 ダンジョン内は充満する魔力により、独自の発達を遂げた生態系が構築されている。最も強く魔力が充満する最高階層を頂点として、外の野生動物を数段凌ぐダンジョン内生物、通称『魔獣』がダンジョン攻略の難易度上昇に一役買っているわけだ。

 ちなみにデッドラインのある場所は地下十階、地下二十階なら中堅冒険者がうろついて階層だ。俺なら問題なくいける。



「そう来なくっチャ! 念のためダイム君をつけますから頑張って下さいネ」


「所で届ける商品ってなんですか? あんまり重いのは勘弁なんですけどね」


「ふっふっふ、実は我がデッドラインの目玉商品なんですヨ」


 屈むながらふたを開ける店長。谷間が見えそうになるが辛うじて目をそらす。コイツわかっててやってんな。


「あら、ジム君別にもっと見ててもいいんですけド…… さア、これがうちの目玉商品ですヨ!」


 店長の掲げた四角形の物体。というかコンビニ弁当。


「『辛そうで辛くない少し辛いあっやっぱすげー辛いだめ! 後からきた! これだめ! 死ぬ! な食べられるラー油を使った特選牛カルビ重弁当』でス!」


「ただの激辛じゃねぇか!」


「牛肉は高級な物を使用した前日予約のみ販売、一個三千ギル、限定二十食を全部注文してくれたありがたい大口のお客様がいるんですヨ。 あ、あとついでにこれも注文してましタ」


 魔王国で肉体労働者の平均日給は八千ギル前後、確かに高級だ。更に店長のだしたもう一つの箱。書かれた文字は「デラックス世界のウサギコレクション」


「……食玩ですか?」


「ええ、世界中のウサギのミニフィギュアでス。ワンカートン大人買い、シークレット狙いですかネ」


「ここダンジョンですよ?」


 弁当ならわかる。探索中の食事目的だろう。たが食玩は何に使うんだ?


「ま、私たちはお客様の要望に応えるだけですから、細かいことは気にしなイ! それじゃいってらっしゃイ」







――なんかわからんつーか、誰なんだこの注文した「サイトー」って?


 うっかり種族名を聞き忘れたが、ダンジョン内にいるなら魔王軍か冒険者のどちらかだろう。とりあえず、今することは。


「先輩、アレ……」


 ダイムが前方の薄闇を指さす。通路の先、階段前に広がる大広間のような空間。


「ああ、知ってるよ」


 とっくに察しはついている。なんせ剣を打ち合う金属音が狭い廊下に響いているんだから。

 剣士の打ち下ろしを、掲げた斧でオークの魔族が防ぐ。

 バックステップで下がる剣士、オークの反撃の斬撃が宙をなぐ。

 もう一人の戦士の槍が、別のオークに突き出される。とっさに身をひねったオークは槍を掴み戦士の動きを封じようと力を込めた。


「……戦闘、ですよね、これ?」


 困った表情でダイムが尋ねる。


「ああ、戦闘だな、ダイム」


 魔王軍の魔族対冒険者、ダンジョンなら日常茶飯事だ。


「どうしますか? 階段は向こう側ですよ」


「そりゃお前、やることは決まってんだろ」


 にこやかに、できるだけ愛想を振りまきながら四人の死闘へ近づく。


「ちわぁーす、毎度ありがとうございます、コンビニデッドラインです。配達の邪魔なんで早く済ませるかどいてもらえません? ダメなら実力で排除しますけど」


「――先輩ィィィイッッ!?」


試験的次回予告2


「店長の魔の手を逃げ出したジムを待っていたのは、またしても地獄だった。

明日をも知れぬ暗闇でもがく、それだけが冒険者(ボトムズ)生き様。

血と闘争、修羅のダンジョンでジムはこの世の乾いた真実と出会う。

配達の先に幸福などない。

次回、ダンジョンコンビニデッドライン『誤配』

コンビニ店員はみな愛を見ない」


「……シゲさん何やってんすか!?」


「おう、ジム。ちょっと店長に次回予告頼まれてな」



※シゲさんの発言と次回内容に一切関係はありません。絶対にありません。

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