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魔王さんの日常

 私……じゃなくて我が輩は、ああ、めんどくさい!

 なんで魔王に即位したら喋り方までかえなくちゃいけないんだろ? でもそうしないと秘書官のアリスがうるさいんだよなぁ。

 つくづく私には魔王は向いてはいなかったと今更ながら思う。


 三年前、私は父上から王位を奪った。魔王国での正当王位継承方二種のうちの一つ、「力による簒奪」すなわち自らのみの力で前王を殺した。……正確にいえば、あれは闘いですらなかった。

何も知らなかったバカな小娘が、バカな暴走をして、周りにその尻拭いを押し付けた、ただそれだけの情けない話なんだ。


 それでも私には成し遂げねばならないことがあるし、魔王としての責務を果たさねばならない義務がある。あきらめも泣き言も言う資格はどこにも無い。


 魔王国に置いて、魔王の責務は二つ、一つは(まつりごと)、政治に責任を負うこと。

 そして魔王国国王独自の責務、「ダンジョンにおいて先頭指揮を取る事」


 魔王国では、個人の力が持つ意味は大きい。それは魔王城地下のダンジョンを鍛錬の場とする歴史へとつながる。

 その方針は昨今の世界中のダンジョンの衰退にも変わることは無い。

 だが、うちの国はうちの国なりに強かだった。


「ダンジョンでは力のみが法である」とし、極最低限が整ったダンジョン内限定法を成立。早い話がダンジョン内では冒険者達は探索の成果であるレアメタルや貴金属類等を略奪されても、己の力で取り戻せ! イヤならダンジョンに入るな! という実にアグレッシブな法律だ。


 こうしてラストダンジョンでは冒険者や魔族が入り乱れ、奪ったり奪われたりを繰り返す疑似的な戦場となった。

 そして魔王は魔族達の先頭にたち、冒険者達を蹴散らして成果物を全取りするいわゆる「ボス」としての役目を負うことになる。

 ……まあ、早い話が冒険者の上前をハネる仕事なわけだ。


 元々、強大な魔力を持つのが魔王族の特徴。それを頼られるのは当たり前の結果だろう。

 正直私は戦いはあまり好きでも得意でも無いが、先頭を張って目立てばそれだけ国民からの人気も上がる。

 そんな私が必死にやる気出してるのに中にはアホな冒険者もって、あぁ思い出したらまた腹立ってきたあのバカ勇者ぁぁぁああっ!


 それはそれとして、今はデッドラインの店長と一つ話さねばならないことがある。ついでにリドの顔でも見に行こうと寄ってみたわけだが……なんで店先でイチャついてるんだこの店長と店員は!?


「あ、失礼しました魔王さン。『薔薇貴族ワイルド』ではなく、耽美系路線の『BL乙女Aチーム』のほうでしたカ?」


「そうじゃない! あぁ後でどっちも買うけど。私、じゃなくて我が輩が話したいのはこの間の……」


「……申し訳ありませんでしタ魔王さン」


「……へっ?」


 深々と頭を垂れる店長。完璧な謝罪の姿勢。


「先日のジム君の暴力事件はひとえに私の指導不足によるものであり私に責任がありまス。本来店員がお客様に暴力を振るうことは許されませン。しかし彼にも彼なりに許せないことがありやってしまったことなのでス。どうか魔王さん、私たちを許してくださイ」


「……店長」


 店長の後ろでは店員――たしかジム・スミス――が普段冷静な彼らしくない、オロオロとした様子で店長の背中を見つめていた。


「い、いや店長、別にその件は追求するつもりはないぞ!? 大体あのバカは国外退去だし、リドの事をあんなふうにいってたら私だって怒る。もうあの件は終わりでいいんだ!」


「……ではこの件は終わりということデ?」


「ああ、終わりだ! 無しでいい」


 店長が急激に姿勢を伸ばす。そのまま勢いよくターン、ブロンドの長髪をなびかせ、ジムの方へ振り向いた。


「ほらネジム君! やっぱり大丈夫だったでショ!」


 ……しまった。つい勢いで許してしまったけど、この件盾にして色々要求通したりとか出来たじゃないか!


「ところで魔王さン、一つ聞きたいのですがジム君がオッサンを挑発した時にかなり口汚いこといったそうデ。一応本社に詳しい報告書を書かなきゃいけないので証言として具体的に何を言ったか教えてもらってもいいですか?」


「え、言わなきゃだめなの?」


 かなり口に出すのもはばかられるくらいアレな言葉だったなぁ。


「そこの本人に直接聞いてくれ。わた、我が輩は言いたくない」



「じゃ仕方無いですネ、ジム君もう一回言ってみテ」


 店長と私の視線がジムに向く。気まずそうな顔をしながらジムが小さな声で呟いた。


「……この××××野郎、です」


 やはり何度も言いたくなかったのか、今にも消え入りそうな声だ。


「ちょっと聞こえませんヨ。ほらジム君男の子なんだからもっと大きな声デ」



「この××××野郎」


 先ほどよりはっきり聞き取れる声。店長もピクリと反応を示した。


「そ、そんなことヲ…… ちょ、ちょっと聞き取れなかったのでもう一度お願いしまスジム君」


 ……あれ?


「この××××野郎」


「っんぅ! ……も、もう一度お願いしまスジム君」


 店長がビクリと背を震わせた。両手で自分の体を抱きしめながらなにやらもじもじと身をよじらせる。


「この××××野郎」


「あン……もっと、もっと強く!」


 ――ええと、これは……


「……この××××野郎っ!」


 強まるジムの語気に連動するように、店長の身のよじりが大きくなる。いつしか店長の呼吸には熱を孕んだ吐息が漏れていた。


「はぁ、はぁ、……ジム君、もっともっと強く言っテ!」


「……こっのっ、××××野郎!」


「んぅんんっ! ……良いですよジム君、もっと、キツく罵って!」


「お前は俺に何をやらせてんだよ!」


「だからお前ら何をやってるんだ!」


 ジムと私が同時に突っ込む。店長の仮面に隠されていない顔の下半分と首もとがうっすらと赤がさしている。


「……いや別に上司の言うことに従っただけなんですが」


「思いがけずなかなかツボにハマる言葉だったのでつい堪能してしまいましタ。口汚いジム君もなかなか新鮮ですネ」


「だ、か、ら、っ! 何をしてたかじゃなくて店先でやるなと言ってるだろうがッ!!」


 思わずレジの机を叩き叫ぶ。ああもうだめだ、こいつら、というかこの店長と話すといつも変な方向に話が進む。とっとと話を終わらせないと。


「わた……ああもう私でいい! 私が今日来たのはヒールスポットの撤去を命じるためだ! 魔力を回復するヒールスポットは冒険者の過剰な支援につながるから使用禁止にする」


 首をかしげ、少し困った仕草をする店長。言ってやった、散々話そらされたがとうとう言ってやったぞ!


「んー、正直うちとしてはヒールスポットは大人気なので使用中止はキツいですネ。それにほら、魔族の方も使用しているんですヨ?」


「それは別に私のほうから言い渡す。とにかくヒールスポットは撤去。これは確定だ。いやならダンジョンから出て行ってもらおうか?」


「仕方ありませんネェ、……ジム君ちょっとホットスナックの『からあげ氏』揚げてくれませんカ? 十個ぐらイ」


 ジムが不思議そうに眉をよせる。


「……? 店長、からあげ氏は五個ぐらい揚げてあるのがありますよ」


「わかってますヨ。それでいいんでス。ほら早く向こうのフライヤーで揚げてきて下さイ」


 店長に促され、いまいち納得いかない表情のままトボトボとフライヤーに向かうジム。


「さて、魔王さン。これをお読みくださイ」


 レジの足下の棚から取りだしたビニール袋。その中から取り出されたのは一冊の本。やたら薄く、表紙にはカラフルな漫画の絵が……ってこのキャラクターは?


「これ、ジャンプの漫画のキャラじゃないの?」


 書いた人間は違うようだが、デザインには見覚えがある。


「おやそのキャラをご存知ですカ、さすがですね魔王さン。まあまずはお読み下さイ」


 言われるままにページをめくる。ていうかこの内容は……


「BLじゃないかコレ!?」


「そう、これは私の国の伝統工芸作本技術『ドウジンシ』で作られたBL本です」


 うおっ、しかもなかなかハード!


「魔王さん、もしヒールスポットをこのままにしてくれるのでしたラ、ドウジンシを注文できるカタログを毎年夏と冬にそちらにお送りいたしますガ?」


 店長の眼が怪しく光る。コイツはいつでもそうだ、相手の趣味や傾向を細かく調べ、ワケのわからんツテやコネ、手練手管で籠絡にかかってくる。また絶妙に私の趣味にジャストミートな物を!


「私を買収する気か!?」


「いえいエ、これは正当なる取引ですヨ。なにせ魔王さんに指図できる者などいないんですかラ」


 だめだ、ここでのんでは店長の思うツボ。断固はねつけねば!


「まだ迷っているようですネ。じゃあ最後の切り札でス。実はうちの店には月毎に新商品のサンプルが届くのですガ」


「……それがどうした?」


「私のツテで魔王さんの所にスイーツの新商品のサンプルを回せるよう手配できまス。ちなみに来月の新商品は『フルーツトマトの涼夏ゼリー』でス」


 なにそれ食べたい。ていうかトマトがデザートになるの?


「……毎月届くのか?」


「ええ、二種から三種類ほどですネ」


「……カタログのドウジンシっていうのは……その、受け取り場所の指定を魔王城じゃなくてこの店にも出来るか? 見つかると秘書官のやつがうるさいんだ」


 アリスに見つかるとほんとに捨てられそうになるからな。


「お荷物のお預かりなら承ってますヨ」


 ……やはりこの店はサービスがいい、良すぎる。


「――仕方無い、そこまでいうなら次の条件改正まで一年、待ってやろうじゃないか」


 これはアレだ、欲望に負けたんじゃない、あえて相手の手のひらに乗ると見せかけて、ヒールスポット撤去より大きいメリットを得るためのアレだ、交渉術とかそういうやつだ。そういうことにしておこう!


「ありがとうございまス魔王さん! あ、もちろん届いた荷物には間違えないよう『魔王様用BL』と書いた紙を貼っておきますから心配しないで下さイ!」


「――それは止めてくれ」



試験的次回予告


「ハァーイ、皆さんこんにちワ。『店員&店長』の『誰にでもマヨネーズかけるほう』店長でス!」


「……お前言葉の意味をキチンと理解して言ってるよな?」


「突っ込みがローテンションなジム君にランボー怒りのマヨビームッ!」


「ああ、止めろ、コラ! うわっヌルヌルする! 目に入った!」


「次回のダンジョンコンビニ デッドラインは『I think I’ll participate in the triathlon with my old, one-speed bicycle.(トライアスロンに、買い物用の自転車で出ようと思うんだ)』でス。それではシーユーネクストタイム!」


「トライアスロン舐めすぎだろッ!」



※店長の言動と次回の内容は全く関係ありません。

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