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午後七時の日常


お待たせしました。

なんか思ったよりも好評で驚きました。

正直、ストックが少なく文を書くのも遅いので、待たせるかもしれませんがよろしくお願いします。



ピコーン


「あぁりがとうございましたぁー」

「ましたぁー」



 去ってゆくオーク族のお客の広い背中を見送りながら、反射的に発したあいさつが重なる。


 時刻は午後七時、日勤が終わった魔王城のラスダン勤務の魔族が、帰り際に買い物に来る夕方の繁盛期も今日は珍しく早めに終わった。


 店の外は深夜の時と相変わらず真っ暗だ。まあ、ダンジョン内だから当たり前なんだが。そもそも、ラストダンジョンは構造上は魔王城の真下の地下にある、というより魔王城が広大なラストダンジョンの上に建てられたという方が正しい。


 かつて存在した、今なお持って正体不明な超文明保有古代種族、通称『前方を外れた(アウトフロント)

 彼らが作ったとされる世界に数ヶ所存在する無尽蔵かつランダムな資源と増殖構造を持つダンジョンも、徐々にその機能の低下を示し五十年程前から大体が機能を停止していった。

 その中で、南方の蛮族と言われた魔王国、その魔王一族が管理しているダンジョンが、今なおその働きを維持している。

 現在の超重量子魔術炉を中心設計とするダンジョンの全てはアウトフロントの管理していた頃より暴走状態にあり、構造も意味不明かつ、非常に危険な場所となり果てている。


 しかし、人の欲望はしぶとくたくましく元気よく。

 ダンジョンを探索し、生成されたレアメタル等を持ち帰る「冒険者」と呼ばれる職業が現れることにより、ダンジョンは一躍、一攫千金の戦場となり時代をつくる事になった。

 しかしそれも先程言った機能低下により、ダンジョンは次々と封印、または枯渇を恐れ、保有する国のみが探索出来る場所が増えていく。

 自由人たる冒険者には凍える冬の時代の到来だ。


 ただその中で、この魔王城地下ダンジョンのみが古くからのダンジョンの在り方、即ち、


『力を示し、試練を乗り越え、相応しき代価を獲る血の鍛錬の場』


 としての方針を変えなかった。

 それ故にこの魔王城地下ダンジョンには多くの冒険者達が群がることとなる。


 そして彼らは此処をこう呼ぶ。失われゆく中、唯一残る正真正銘のダンジョン。冒険者達の最後の楽園。


『ラストダンジョン』と



 とはいっても世の中そう美味い話ばかりではなく、魔王城独自の――というかかなり魔王国本位な――ルールがあったりするわけだが。


 ま、人間冒険者なんてヤクザな商売じゃなくて、地に足つけた商売やったほうがいいんだよ。例えばコンビニ店員とか。



「あ、もう七時だね、リド、そろそろあがんなよ。弟達が待ってるんだろ?」


 俺の傍らで先程一緒に客を見送ったバイトの女の子――リド・ベイカー、半魔族の十六才――に声をかける。


「あ、はい! じゃああがりますね」


 薄い褐色の肌、半魔族特有の、人間との混血の証しである緩やかに、少し尖った耳と後ろでにまとめられた黒髪。俺より頭一つ低い百五十前後の身長を構成する、成長途中の少女特有の薄い胸と細い手足。

 コロコロとめまぐるしく、活発な表情と明るさ、そして大きく開かれた若者らしい汚れのないグリーンの瞳が印象に残る少女だ。……こういう眼を見る度に、自分の眼が薄汚れていることを自覚するんだよなぁ。



「あ、あとさ、今日も廃棄弁当あるんだけどもっていきなよ。弟さん達、結構食べるんだろ?」


 売れ残りの廃棄弁当を持って帰るのは建て前は禁止だが、正直それほど守られてはいない。食い物無駄にするのは色々申し訳ないし。


「ありがとうございます、ジムさん! 弟達も喜びます」 


 渡された弁当入りの袋を受け取り、リドが微笑む。まるで花が咲くような自然な笑み。

 リドは余り、というかかなり家が裕福ではない。加えて父親がいない家庭だ。元被差別種族は大体が貧困層にある。

 平日は学校に行き、五時から七時まではデッドラインでバイト。その後は兄弟達の世話。休日はほぼコンビニでバイト三昧。若者らしく遊ぶヒマはないだろう。


 三ヶ月前、魔王さんの紹介で、初めてうちの来た時の彼女はひどくおどおどとした、今にも泣きそうな少女だった。

 その萎縮した態度の原因が、元被差別種族として周りからなじられた経験からだと知った時は、俺のようなすれた人間でも彼女をなじった身も知らぬ誰かへ胃液がこみ上げるむかつきを覚えたものだ。

 しかし、根が明るいの娘なのだろう、だんだんと打ち解けて、その性格の陽の部分を見せていくリドを見る度に俺は胸をなで下ろす。


――……なんだ、まだ俺も多少人間らしく振る舞える部分があったのか。


「じゃあ、お疲れ様でしたジムさん」


「ああ、お疲れさん、リドまた明日……ん?」


 視界が急に暗くなる。店の電灯がいっせいに消えたのだ。


「キャッ! ジ、ジムさん!?」


 リドが思わず俺にしがみつく。……リドしがみつくのはいいけど、襟引っ張んないで、制服伸びちゃうから。


「リド、落ち着け。この店でこういうこと仕掛けてくるのは十中八九……」


 そう、冒険者の戦闘に巻き込まれても耐えられるよう、魔術、物理両面で超強度の設計とサバイバリティが確保されたデッドラインでこんなことを仕掛けられるのはただ一人。



「ただぁぁいまぁぁッ!」


 シャウトととも極太のスポットライトがレジ前を照らし出す。……おい、この店にこんな設備あったのか?。

 輝く光の場には、ポーズを決める人影。

 身に纏うは漆黒、スラックスのスーツ、胸元は大きく裂け、形の良い豊満な乳房の谷間どころか、へそまで覗く。スラリと伸びた背丈は百七十後半ほど。砂時計を連想させる見事なプロポーションには長く引き締まった四肢が連なる。

 腰まで伸びるブロンドの長髪にスーツと対を成す純白の紳士帽が乗っていた。朱く紅を刺された唇が艶めかしい。

 そしてもっとも眼を引く特徴、その顔上半分を覆っている仮面。

 幾何学的紋様で形作られる、キツネを模した仮面だ。


 そう、この一応は二十代後半らしき、女性――らしきものが、



「いっやぁぁー、ご無沙汰!」


 その手に握られていたのは煌めく長い棒。というか、あれはオリハルコン製モップ。後ろを振り向くとやはりモップはすでにない。アイツいつの間に取りやがった。


 モップの柄をつかみながら、華麗にステップを刻む。やがてその動きが艶めかしく、扇情的な動きに変わった。


――ていうかアレポールダンスじゃねぇか……


 艶めかしい腰の動き、肢体を見せつけるような舞。クルリと棒を一回しさせ、足と足の間に挟みながら、最後のポージングを取った。


「……す、」

 呆然と見ていたリドが、不意に言葉をつぶやく。


――そうこれが、


「すごいです店長! すごいかっこよかったです! やっぱり店長っていろんなことができないとなれないんですね!」

 リドの眼に嘘はなかった。純粋さ百パーセントの憧れの視線だ。リド、そっちにいくな、戻れ、戻ってくれ、頼むから。


――これがうちの、ラスダン支店の店長だ。



「もぉぉう、あぁりがとウ! オウプリティーガールッ! ベリープリティーガールッ!」


 モップを放り投げ、リドへ脱兎の勢いで飛びかかる店長。


「あ、おかえりなひゃ、ムグッ」


 そのままリドの頭を豊満な胸で熱く抱きしめる。


「出張中寂しかったヨ! リドかわいいよリド! リド可愛すぎて生きるのが辛イ! さあ私にロリコニンを吸収させテ! ロリコニン吸収ゥゥゥッ!」



 なんだロリコニンって。そんな物質あるか。リドが乳に圧迫されて呼吸できなくなってるぞ。


「……店長、ずいぶん早く出張終わったんすね」


 たしか帰るまであと四日あるはずだ。


「おお、ジム君! 元気にしてタ!? そうだジムニウムも補給しないト、ジムニウムゥゥゥ!」


「触るな」


 リドを離して向かってくる店長、おれはとっさに店長の頭を掴んで抑える。店長のジタバタと動く手が空を泳ぐ。


「触るな抱きつくな頬ずりするな! ついでにジムニウムなんて物質は存在しねぇ!」



「オウ、ジム君ツンなノ!? ツン時期なノ!? デレ期が来たら教えてネ!」


 デレ期なんぞねぇよバカ。




「で、なんで早く帰ってきたんですか?」


 リドを帰した後、客がいなくなった店で、俺は店長に問いかける。正直な話、なぜ戻ってきたか検討はついているが。


「んー、ジム君わかってて聞いてるでショ? ……この間ジム君が起こしたお客様追い出し事件ですヨ」


 店長のふざけた口調が急に正される。……やはりそれか。


「魔王さんから事情聞いて、慌て向こうで話まとめて帰ってきたんでス。ジム君、お客様に暴力を振るうのはいかなる場合にも許されませン。わかっていますネ?」


「……ええ、わかってますよ」


「ジム君、私があなたをこの店に呼んだのは、素手による強力な戦闘力を持つことが第一の理由でス。

結界が効いた店内でも、冒険者のいざこざはありまス。しかし、店員が武装するわけにはいきませン。お客様に無用な圧迫を与えるわけにはいけないからでス。この店は安らげる場所でなくてはいけないんですかラ。

それ故に、拳士として素手で戦場を生き抜いてきた君をこの店に呼んだんですヨ」


 思い出す、七ヶ月前、俺は戦場でこのキツネ面に出くわした。


「……別に、辞めろというなら辞めますよ」


 正直、あのオッサンを殴り飛ばしたことに後悔はなかった。

 フゥっと大きく、店長が嘆息する。


「私がいいたいのそういう事ではありませン。君が軽々しい行動をすると色々な人を悲しませるのですヨ。何よりも私が悲しイ」


「…………」


 どうにも言葉が出ない。所詮俺は自分のこと以外には責任のとれない人間だ。


「まぁ、あのオッサンは出禁ですから客ではないですシ、魔王さんからも不敬罪で国外追放処分だそうですかラ、うちには全く禍根も遺恨も残らないんでどうでもいいんですけド」


 …………オイ。


「特に問題なかったなら今までの話はなんだったんすか?」


「ジム君の深刻な顔が可愛くてついやってしまっタ。今は反省していル」


 オーケイ、償う心はあるらしい。


「じゃあ死ね」


 即座に放つ鉤突き――ボディブロウ――、しかし店長はふわりと一撃を避ける。

 何をやっているかわからないが、武術らしき心得はあるんだよなあ、コイツ。



「相変わらず速い拳速ですネェ。ジム君、戦場にいた頃よりいい生きた目をしていますヨ」


 飄々と、掴みどころなく店長が再び話しだす。


「やはりここのほうが君にいい影響があるようでス」


「俺としちゃ退屈で死にそうですけどね」


 生きるか死ぬか、二択しかない戦場の日々は今とは各段に違う緊張感があった。


「我がデッドライン社がこの魔王国に出店出来たのは、魔王さんの被差別種族などの貧困層の労働の場を増やしたいという意向とマッチできたからでス。わずかなところで現れる被差別種族への軽視、過去にある種族同士のしがらみや軋轢が貧困層の労働の場を奪ってしまウ、しかし外国人たるデッドライン社ならそれらにとらわれず、雇用を提供できるからでス」



 実際、今の魔王さんの決断と政策がなければリドがまともに生活や就職、進学をできたかは怪しいだろう。あの酔っ払いのオッサンが言っていた「客を取る」それが事実になる可能性は十分にあった。だからこそあの使い古された下衆のセリフに、柄にも無く俺がキレた理由だった。


「ジム君、物を売るということは幸せを与えるということです。物を得ることは一番手っ取り早い幸福なんですヨ。

幸福とは本来は己の内に問う物ですが、この世のほとんどの人間は物質的な豊さが幸福へ繋がりまス。

私は高潔な人間ではありませン、だがそれでいいと私は考えまス。

俗物であるがゆえ、この世に一番多い俗人の幸福がわかるのでス。

だから私は君にも知ってもらいたいのでス。どれほどに俗で、せせこましくても、多くの人に幸福を与えられるこの『コンビニ』の仕事の良さヲ」


 汚れない者がどれほどに気高く高潔な理想を説こうと、泥だらけで今日を生きるものには届かない。同じ泥にまみれた人間の言葉だけが、汚泥の底で必死にもがく人間を突き動かす。

 この世の多くの人は論理的な正しさだけでは動かない。感情と好き嫌い、発言者の人間性が判断に大きな影響を与えている。そういう意味では店長の在り方は正しいのだろう。でもな、俺はあんたみたいに俗を俗として悟れねぇんだ。


「……店長の言いたいことはわかります。だが俺は仕事は仕事と割り切りたいタイプでね。仕事が好きか嫌いかまで指図されたくはないんすよ」


「んー手ごわいですネェ。でもそういうほうが私落とすのに燃えるタチですヨ! それにほら、好きなほうがやる気が向上して見られますから、その時はボーナスとかあげちゃうかもヨ」


 ボーナス? そんなもん配る気ほんとにあんのか?


「……店長、そういう場合は時給上げるっていうもんじゃないんですか?」


「人件費を容易に上げるのは経営上あまり良くないですかラ、そうですネェ」


 ふわりと片腕を俺の首の巻きつけ、ピタリと腰を密着させた。気温が高かったからか、ポールダンスのせいか、店長の体は少し汗ばんでいた。甘ったるい、女独特の体臭が鼻孔を占領する。


「現物給与なんてどうでしょウ、例えば……」


 俺の耳元で店長の唇が艶めかしく蠢く。吐息混じりに囁き始めた。――ていうか近い、顔が近い!


「――私の体を一晩自由に出来るとか、いかがでス?」


「断る」


 誰がのるかボケ。


「早ッ! 決断早ッ! ひどいよジム君、ちょっとは迷ってヨ!」


 店長を引き剥がし、距離を取る。ちょっとマトモな話をしているとこれだ、全く油断ならねぇ。


「どさくさに紛れて己の欲望満たそうとしてるだけだろお前は」


「美人コンビニ店長が熟れた肉体を持て余して、店員のやる気上げるなんてよくある話じゃないですカ! エロマンガとかの世界だト」


「現実を見ろアホッ!」


 ああ、頭痛がしてきた。


「店先でなにやっとるかお前らはッ!」


 突如響く一括、振り向けば、美貌の魔人、魔王さんが立っていた。……くそ、入店アラームに気づかなかったぞ。


「店先でナニをしているんだお前ら! この破廉恥め!」


 魔王さん、また顔真っ赤になってるよ。


「……店長に口説かれたので全力でふりました」


「部下を全力で口説いたのですが、全力でふられましタ。とても悲しイ」



「具体的に何をやってたかじゃなくて、店先でやるなと言ってるんだ!」


 どうも魔王さん、こういうことには免疫がないらしい。


「あー、はい見苦しくてすいませんでした。ところで魔王さん、今日は一体なんの用事で……」


「うむ、実は……」


「ジム君、それはいけませン」


 急に口を挟む店長、なんだよ邪魔すんなよ。


「魔王さんは大事なお得意様でス。サービスマンとしてはお得意様のことを覚えて、察し良く動くのは当然ですヨ。魔王さんがみなまでいう前にそれをするのでス」


「……じゃあ、魔王さんがなんのためにきたか言わなくても店長わかるんですか?」


「モチロンですヨ!」


 一歩、自信満々の足取りで魔王さんの前へ出る店長。


「いらっしゃいませ魔王さン! 魔王さんが毎月お求めになられるハード路線系BL誌『薔薇貴族ワイルド』ヘタレ盗賊受け特集号は今月ももちろん入荷しておりまス。雑誌コーナーに置いてありますからどうぞお求めくだ……」


「全ッ然ッ、違うわバカたれッ!」


 やっぱだめじゃねぇか。



感想、指摘、質問、苦情、泣き言などありましたら感想欄でお受けしますので、遠慮なくどうぞ。


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