このやかましい、しかしろくでもない店内8
「さあ、このまま店内で抵抗できずに倒されるか! それとも店の外で闘るか! 選べウォン!」
……ああぁぁぁ! あたしは一体何やってんだ!?
別に闘うつもりはなかったのに!
いや久しぶりに会えると思ったら他人のふりしてくるわ、なんか女と店やってるわでムカついたけど!
「二人で道場復活させないか?」って最初に言えば良かったのに、なんでこうなってしまった……
ウォンを追ってから、あいつのいた場所を色々巡ってきた。それでもあと一歩の所で逃げられていた。今日こそはと意気込んで来てみれば、気がつけばこんなことになっている。
……なんで素直に言えないんだろう、もうウォンとは、父さんが死ぬ前には戻れないのか?
「あのな、ここはコンビニなんだよ! 営業妨害するなら名札返してとっとと出てけよフェン!」
怒鳴るウォン、たしかにもっとも。だけどこうなった以上、もう最後まで突っ走るしかない! 最悪ウォンを気絶させてどこか別の場所でちゃんと話を……
「――止めテ! 二人とも私のために争わないデ!」
――っえ? あたしは別に店長に用は……
「お前はそもそも関係ねぇよ! だまっとけキワモノ!」
「ヒドいですヨ、ジム君! 一度でいいから言ってみたかっただけなのニ!」
「なおさら悪いわ!」
「ええ、ちょっと、あの、」
……あぁ、ダメだ、このキツネ面の人喋るとなんか全部持ってかれる。
そもそもなんでネグリジェなんだ? 客の前に出る格好じゃないだろ、いやスタイルのいいのはわかるけど。ダンジョンにあるけど、ここ基本ただのコンビニのはずだよね? 接客云々以前に怪しすぎるだろこれ。
「ウォン、あの……この人、店長というよりただの変た」
「いうなフェン! 言っちまったら、下で働いてる俺が一番イヤになるだろうが!」
やっぱりお前も思ってんのか。
「罵られるのは我々の業界ではご褒美でス! ……というのは置いといテ、さすがにお客様といえど名札を取るのはやりすぎかト、どうか戻していただけませんカ?」
丁寧に頭を下げる店長、……なんかこの人切り替えが急でペース崩されるな。
「い、いやだからあたしはウォンと外で立ち合えれば……」
「いえ、別に立ち合う必要はないですよ店長。こいつを店から叩き出せば終わる話ですから。それに、」
言葉を遮り、ウォンが動く。レジから出て、あたしの真横へ。
「営業妨害してきた以上、客じゃねぇっス。――ただの外敵だ」
じわりとした圧力、空気が歪む感覚。明らかな、威圧。
「――わかってるのか、ウォン? あたしは名札を持ってて、お前には名札が……」
「自分から仕掛けて、いざ事になれば言い訳か? ――鈍ってんのはお前のほうじゃないのか、フェン」
――っこいつっ!
即座に姿勢を落とす。気の流れを意識、丹田から体全体へ力を通すイメージを高める。
――いいだろう、そこまでいうならこの場でやってやろうじゃないか! 後悔するなよウォン!
多少は手加減して気絶させる、その後はウォンを掴んで逃げる、もうそれに決めた!
「っフッッ!!」
吹き出す呼吸と共に、緩やかに踏み込む。狙いはウォンの水月ど真ん中。
捻りを加え、右拳が加速、気を通した一撃をえぐり込む!
ぺ ち っ
手首に伝わる僅かな衝撃、ぺちっという打撃音、これこそが、寸剄によって発生する一撃の……
ぺちっ? ドゴ、とかバキ、とかじゃなくてぺち?
ふと顔を上げる。そこには吹き飛ぶ様子も、崩れ落ちる仕草も見せないウォンの顔。
「……え、ええっと?」
その場でさらに胴を叩いてみるが、ぺちりぺちりと音がするだけ。
ちょっとまって、コンビニ店内なら名札つけてれば攻撃力は低下しないはずで……
「なぁ、フェン……」
哀れむような視線であたしをみるウォン。なんだその視線は、止めろ、そんなんであたしを見るな!
「名札盗られたぐらいで崩れちまうんなら、そりゃ防犯システムとして致命的だろーが。
……その名札、使用する人間の本名書いてないと使えないんだよ」
「……えっ?」
とっさに確認、名札の表には『ジム・スミス』、裏には『ウォン・ガンロウ』
「え、ちょ、これ」
「それからな、こういうのは常にスペア用意しとくもんなんだ」
ポケットから、更にもう一個名札を取り出す。見せつけるように胸元に取り付けた。
「ひ、卑怯だぁぁぁっ!」
「防犯に卑怯も正道もあるか! 勇者さん、ちょっと入り口開けといてくれ、お帰り願うからさ!」
ウォンの体勢が沈む。腰だめに構えられる拳。
「こんなん納得でき……」
動きが始まる。音を置き去りに、拳が迫る。
そこまでがあたしの覚えていた全て。
「に"ゃっ!!」