このろくでもない、しかしやかましい店内7
「……で、こうやって面を突き合わせた以上、あたしが何を言いにきたかわかるな?」
空になったからあげ氏の袋をゴミ箱に投げ捨て、身を乗り出すフェン。絶対に逃がさんという意地が瞳に見える。
「……あー、はいはい」
だが俺とて四年間逃げ続けた意地がある。
「……トイレ借りるんだったら、そこの雑誌コーナーの隣に」
「違う!」
「あ、利用するんならなんか買ってくんない?」
「さっきからあげ氏買ったろ!?」
こうなったらとことん話ズラしてやらぁ。……後ろに並んでるオッサン達がどんどん悲しそうな顔になってるぞ、そういや結構待たせてんだよな会計。
「あの、ねぇちゃん、俺らさぁ、そろそろ会計をした……」
「だから、今日こそお前を引きずりだして白黒つけてやる、ガンロウ!」
フェン、ちょっとオッサン達の話聞いてやれよ……
「魔王さまぁ……」
魔王さんへ救いを求める視線を送るオッサン達。魔王さんはその場でストップのジェスチャーでオッサン達を制する。
「待て、……もう少し面白い展開になるまで待つんだ!」
おい、管理職!
「いやー、たまには責められてる店員さん見るのも面白いなぁ、イーリー?」
「ほんとほんと、浮いた噂ないなって思ってたけど、なんだかんだでまさか修羅場見られるとは思ってなかったわ。なんか得したカンジ」
相変わらず高見の見物の勇者と魔術士。床に座ってポテチ食いながらこっちを観戦している……こいつら後で覚えてろよ、つーか会計前の商品食うんじゃねぇよボケ!
「ウォン、お前が道場を出て行ってから、あたしがどれだけ探し回ったかわかるか? チンピラ同然に職や住処を転々として、おまけに傭兵までやって、お前は拳士としての誇りは無いのか。
先生が教えてくれた武術に対して申し訳がないと……」
フェンの言葉は正しい。今の俺はおよそ武術士からかけ離れた生き方をしている。
そう、俺に武術の全てを教えてくれた先生には、足元にも及ばない生き方だ。そんなことは、わかってた。
「……誇りなんて、いらねえよ」
気がつけば、言葉が口を突く。
「……ウォン、お前いまなんて言った!?」
「俺には、先生みたいな武術士として生きるのは無理だって言ったんだよ!」
そうだ、俺には出来ない。あの人のように生き抜いて、死ぬことなど。
「ふざけるなよ、ウォン! お前に今更そんなことをいう資格が……」
そうだ、フェンの言葉はいつも正しい。俺にはそんなことをいう資格がない。四年前、俺はそういう風に生きなければいけなかった、先生が死んだあの時から。
だから俺は、そこから逃げ出した。
「……だったらフェン、なんのためにここに来た?
やる気の無い奴につきまとってわざわざ説教するためか?
――違うだろ」
俺もフェンも武術士だ。武術士は、生き様も死に方も武でケリをつける生き物だ。
「違う!、あたしはお前を……」
わかっていた。フェンには敵意は無い。けれど、動き出した自分の黒い感情が止められない。
――いつもそうだ、先生の最後を思い出す度、俺は……
「じゃあどうすれば良かったんだよ、フェン?
四年前のあの時、俺が先生に負けていれば良かったのか。それともその前に、お前に負けていれば良かったのか!?
――あの時、俺は死んでいたほうが良かったのか?」
言葉を放つ度、フェンの表情が苦しみに歪む。俺がアイツの心を傷つけているのがわかる。
それでも、言葉を止められない。
――俺は、最低だ。
「違う、あたしは、お前に死んでなんて……」
「じゃあ、あの時お前が先生と戦って勝ってれば良かったのか!?
……だったら、尚更殺し合いなんかさせるわけにはいかないだろ、先生はお前の実の父……」
パンッ
乾いた音、左頬に僅かな衝撃。
二度めの平手打ち、やはり威力は無い。だがどこか、前よりも突き刺さるように痛い。
「……あの人は先生で、師だ。父親じゃない」
俺を見るフェンの眼じりが光る。涙が溜まっていた。
そういや、こいつ昔から良く泣く奴だったな。今でも変わってないのかよ。……いや、そうか、変わったのは俺だけなんだ。俺だけが、どうしようも無く劣化したんだ。
「……すまん」
お互い、笑える位にボロボロだ。結局俺とフェンは、四年前から何も立ち直っちゃいない。
フェンは意地を張ることで、俺は逃げ続けることでなんとか保っているんだ。
「いやー、お店出てきたラ、なんか修羅場時空発生してますネ! シュ☆ラバンバ! って感じでス!」
結局、逃げて、追われて、追いつかれて、そうやっても何もムニュって……
「ちょっとジム君、無視しないでヨ! ジーム君! ほら、背中に胸当ててますヨ、胸!」
どうしようもないムニュって、ムニュムニュっと逃げ続けてもムニュっと。
「うるっせぇよ、バカ! 暑苦しいからひっつくなアホ店長!」
背中から抱きつく両腕を無理やり引き剥がす。振り向けば、やはりあのキツネ面。だが服装は制服ではない。
下着が透けて見えるネグリジェだ。
「――店長、寝てろ。頼むから、いやホントにつーかその服止めろ。誰も得しないから」
ジト目で睨む、いや多分効果ないだろうが。
「いやー、寝てたら話し声で目がさめましテ、休憩室の方こっそり覗いたラ、死にそうな勇者さんに盛り上がってる魔王さんが、BLについて熱く語ってて出るに出られない状況だったんですヨ! いやーあれはビビりましたネ!」
なんだその目覚めの状況。もう外出るの諦めて寝とけよ。そして一生目覚めんな。
「……あー、こちらの方はどなたで?」
しばらく固まっていたフェンが声を上げる。あぁ、思いっきり店長の格好にドン引きしてるわ。腰が若干引けてるもん。
「あらどうモ、申し遅れましタ、わたくし、コンビニデッドラインのラスダン店、店長職を勤めるスズガネ・イスルギと申しまス、以後お見知りおきヲ、フェンさン!」
のばされる店長の細く白い指先、握手を求める。
「あ、はい、どーも……」
やや躊躇しながら一応は握手を交わすフェン。ただ明らかに握り方が緩い、いつでも手を抜けるように準備している。
「……店長、ということはウォンの上司、ですか?」
質問がぎこちないぞフェン。
「ええ、もちろン!」
店長の声が弾む。とても嬉しそうに弾む。
……おい、イヤな予感すんぞ?
「ジム君はわたしの部下兼愛人兼奴隷ですかラ!」
空気が止まった。分子振動が止まった。時間が止まった。空間が止まった。星の自転運動が止まった。
「――ふ、」
そして再起動。
「――ふざっっっけんなッッ、こぉのボケナスがぁッ!!」
叫ぶ。叫ばなければいけない。全力でNOを示さなければならない。もうこれは洒落ではすまされない、人間の尊厳としての問題だ。俺は戦わねばならない!
「――そーか、そういうことか、ウォン」
うつむいたフェンが呟く。なんだ? 理解してくれたのか?
「お前にしちゃこのコンビニの仕事はずいぶん長く続いてると思ってたんだ……
続くはずだよな、
――女と所帯持って店やってるんだからな!」
はい変な方向勘違いきたよー
「あのな、フェンこの店長はたまに、……いやかなりよく錯乱して嘘を口走るからマトモに信じては」
「子供の頃、使いを頼まれて一緒に街の方へ幾たびに、お前はいつも胸のデカい女ばかり目で追ってたよな、ウォン!」
バレてたのかよ……っ!
「ちょっとまて、だからっていくらなんでもこれはないだろ!? これだぞ! このキワモノだぞ!」
「えー、キワモノのジム君にキワモノって言われると傷つきますネー」
「誰がキワモノだよ!」
「火神竜と正面から殴り合いする時点でキワモノだと思うけどなぁ……」
魔王さんちょっと黙ってて!
「そ ん な こ と は ど う で も い い ! !」
突如、フェンの声が店内に轟く。鼓膜が痺れ、空気が震える。武術に置ける基本、丹田からの発声だ。
「気が変わった!」
瞬間、俺の胸元に手が走る。一瞬の隙をついて名札をもぎ取られた。
「おい、フェン!」
迷うことなく名札を胸元につけるフェン。その顔には明らかな敵意。
「あたしもこの店のことは少しは情報収集していてな、攻撃力低下結界は、この名札で無効化されるんだろ?
さぁ、このままじゃお前は不利だぞ。
――大人しく店の外に出て、あたしと勝負してもらおうか」
うわぁ、めんどくさくなりやがったな。
試験的次回予告
「あーはいどうも、『店長&店員』の『関節技にこだわるほう』ジム・スミスです」
「既に接客業のセリフじゃありませんネー、ところで特にこだわってる点はどこですカ?」
「そうっスね、『極めたら、折る』スかね」
「……ジム君、何事もこだわりすぎるのはどうかト」
「あとレストランの店主と喧嘩したら、まずアームロック使うって決めてます」
「それ以上いけなイっ!」
「えー次回のダンジョンコンビニデッドライン、えー、……だめだ英語読めねえや、いいや適当で、『中華料理の名前で肉とだけ書いてあったらほぼ豚肉を指す』です。それではシーユーアゲイン!」
「うわ最後グッダグダじゃないですカ!」
※次回予告と次回内容に一切関係は無いっていってるだろ!