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このろくでもない、しかしやかましい店内5

「いでででっ!! ギブ! ギブギブ! あべししちゃう! ひでぶっちゃうから!」


 叫ぶ勇者の頭蓋から手を離す。いつかこのガキには後悔させてやろうと思っていた。


「しかし、本当にこちらにくる気はないのか? あんたの腕でコンビニ店員はいくらなんでも惜しいと思うが」


「いや、盗賊さん、俺は別にこの仕事で満足してるんで……」


 冒険者の仕事は端から見るだけでやったことは無い。まあ戦闘なら一通りこなせるが。


「なぁ、あんた頼むよ。店員さんさえくれば、男女比が2対2から3対2で男有利になるしさぁ、入ってくれよう」


 気持ち悪いからすがりつくんじゃねぇよ勇者。……いや、ちょっとまて。


「男女比が2対2って、女は魔術士さんだけじゃ……」


「あーそれね。うちのパーティーくれば、珍しいもんとか見れるわよ?」


 魔術士が戦士アンバーの傍らへ近づく。鈍色を放つ、脇腹の装甲へ手を伸ばした。


「――何をする、イーリー?」


「新人勧誘の隠し芸よ、アンタも協力しな、アンバー」


 僅かに動く手、何かを操作。同時にアンバーの二メートルの巨躯が唸る。


「――おい!!」


 抗議の声を上げる巨斧の戦士、胴体装甲の隙間から大量の蒸気が吹き出る。


「えっ! ちょっ、お客さん、店先で何を……」


 次の瞬間、アンバーの胴体装甲が跳ね上がった。蒸気が散る店内、鎧の中身が露わになる。


「…………はっ?」


 思わず、間抜けな声が出た。一瞬見たものが理解出来なくなる。なんだこれは、ナンダコレハ?


「はい、これがうちの第二の女性メンバー、アンバーこと、アンバレア・メルクリス・フロアシャイティ」


 もはやイーリーの声が遠く聞こえる。

 跳ね上がった装甲の下は、肉体ではなく金属部品がひしめいていた。複雑なコード類、空気圧で動くチャンバー。

 そして、中心にて機械に囲まれた一人の少女。

 見た目は十代前半ほど、ウェーブのかかる柔らかな銀髪とそこから覗く少し尖った耳先。 華奢な骨格に、透き通るような可憐な容貌。肌はやや薄い褐色。

 エルフ、正しくはダークエルフと言われる種族。だが純粋種のエルフは、森の気が満ちる場所以外では健康を損なう体質だ。ダンジョンの中にいるということは。


「……ハーフ、エルフですか」


「正確には四分の一、クォーターダークエルフだ、店員よ」


 アンバーの声は、もう重々しい男のそれではなく、鈴の音のような少女の声だった。

 どうやら声を変える機能もあるらしい。


「いやー、アンバーってエルフ種じゃ珍しく機械いじりが好きでさぁ、機械仕掛けの鎧の性能試したくって冒険者やってんだってさ」


 アルドの言葉に、ダークエルフの少女――エルフの血を引くなら見た目通りの年齢ではないだろう――が頷く。


「……あのー、ということは今までのアンバーさんのロリ趣味ってのは一体?」



 動く機械の腕、いきなり両肩を掴まれ引き寄せられた。エルフ独特の儚げな印象を持つ顔が近づく。


「店員よ、ならば問う――――少女の形をした生き物が、少女を愛でてはいけないのか?」


 ああ、そうかこの人、性別とか関係無くガチの人なんだ……


「いえ、ありません……」


 とりあえず、この人が法に触れる事をしないよう祈ろう。


「な? だから店員さんがパーティー入ってくれれば安心なのよ。俺もそろそろ冒険者引退しようと思っててさぁ、店員さん入ってくれれば後は安泰だし……」


 いきなり爆弾発言をかますアホ勇者。しかし周りのメンバーは平然としている。


「……いや、あの、勇者さんまだ全然若いですよね? 俺と同じくらいだし、貴重な勇者職なんだから、急いで止めなくても」


 この勇者アルド、言動はアホだが最年少で勇者職になったという、合格当時は結構騒ぎになった異才の男だ。それでもう引退だと?


「もう決めたんだ……

寂れた港町あたりに住処を移して、

女の子の尻を揉みし抱く仕事で僅かな日銭を稼ぐ。

その金で質素な飯と安酒を買って、夕暮れが沈む海を眺めながら、晩酌をする。

そんなありふれた、枯れた生活をしたいのさ……」


「……俺は女の尻揉んで金もらう商売探すほうが、ダンジョンで冒険者続けるより遥かに難しいと思いますけどね」


 なんだいつものアホじゃねぇか。


「あー、そのアホ勇者ね、酒場で女の子にふられるたびにそういうこと言うから。んで、明日にはさっぱり忘れてるからほっといて」


 イーリーの勇者を見る視線は、完全にゴミをみるそれだった。もうなんか仲間内の照れとかノリとか一切無い、呆れと諦めだ。


「大体さぁ、おかしいんだよ店員さん。俺モテたいから勇者職になったのに、全然モテないんだよ!」


 そりゃあんたじゃなぁ、と思ったが、少しばかり妙な話だ。アルドは黙ってさえいればなかなか精悍な顔だ。冒険者の成績が賭け事の対象になる以上、トップランカーは人気がある。ならば、言い寄ってくる女がいても不思議はないはず。


「誰も寄ってこないんですか?」


「酒場行って『俺勇者職だよ』っていうと女の子寄ってくるんだけどさぁ、いい所見せようと思ったんだよ。

ほら、女の子は夢を熱く語る男がカッコイいってゆうじゃない?

だから俺もいっちょ夢を熱く語ってみたわけよ」


「何を語ったんですか?」


「『俺はハーレムを作るのが夢なんだ』って熱く語ったんよ、気がついたら女の子いなくなってた」


 当たり前だアホ。


「なんでだ! 俺の何が悪いんだよ!」


 しいていうなら生きていること、それ自体かな。


「勇者さん、ちょっと思い浮かべて。勇者さんと仲良くなった女の子が、熱く夢を語ってくれた、ここまでならどうおもう?」


「え? いや夢を持つことはいいことなんじゃね?」


「……じゃあその女の子の夢が『逆ハーレムを持つこと』だったら?」


「うわ引くわぁ、マジ引くわぁ」


「あの……その感想が、女の子から見た勇者さんなんじゃないスか?」


 一瞬の沈黙、勇者の顔に、水滴に墨を一滴落としたように理解の表情が広がっていく。


「――ああっ! キモイ! 俺たしかにキモイわ!」


 や っ と 気 づ い た ん か い こ の ア ホ 。


「そうかぁ、俺キモかったんだぁ……

なぁ、今思いついたんだけどさぁ、『俺、逆ハーレム作るの夢なんだ』っていったら女の子も共感しやすくてモテるんじゃね?」


「勇者さん、それただのホモですよ」


 いやぁ、アホの思考って読めねぇわ。常に斜め下だな。


「――話は聞かせてもらった」


 伸びる右手が勇者の肩を強く掴む。アルドの後ろには、魔族を統べる覇者、魔王さんがいた。その眼に宿るは好奇の光。つまり、なんかやたらわくわくしてる。


「男でありながら、逆ハーレムを望む。なんと革命的な夢だ。私もこの国を出来るだけ差別の無い国にしたいと願っている、性別が同じ相手を愛することで、石を投げられるような社会にしてはならない。

――一つ、後学のためにお前のその趣味について詳しく聞きたいのだ。ちょうど学ぶための教材も手に入った所だし、な」


 レジに投げ込まれる雑誌、題名は『特攻乙女BLチーム、鬼畜戦士でへたれ攻め特集号』

 ……うん、この人も順調に悪化してるわ。ていうか、勇者のことアッチの趣味だと思ってるのか。


「では勇者との勉強会のため、休憩室を借りるぞ店員! さあ、参ろうか!」


「やぁめぇぇてぇっ! 助けてぇ、店員さぁんっ!」


「あの、休憩室は店員専用なんですけど……」


 俺の制止も無視して休憩室へ進む魔王さん。片手に雑誌、片手に泣き叫ぶ勇者を引きずり突き進む。なんか初めて魔王さんを魔王らしいと思ったわ。

 ま、止めんのめんどくさいからほっとこう。


 十数分後、勇者はコンビニの隅で体育座りのまま動かなくなっていた。目は虚ろ、表情は無く呆然としている。

 時折、なにかブツブツと「そう、そのまま飲みこんで、僕のドラゴン殺し……」とか「ところでこの蘇生者を見てくれ、こいつをどう思う? ……すごく、灰になってます」とか呟いているが、もう相手したくないから無視しよう。


「違うなら違うと先に言えというのだ…… おかげで久々に本気で語ってしまったではないか!」


 弁舌に疲れた喉を御茶で潤しつつ魔王さんが愚痴る。若干顔が赤い。……魔王さん、あんた一体なにをやった?


「魔王さん、もう休憩室入るの止めてくださいよ、あそこは基本従業員専用なんスから……」


「わかっている、もうあそこには入ら……」


ピコーン


「あ、いらっしゃせぇ」


 さらに来店、反射動作で体が入り口へ向く。


――……ん?


 来店者は一名、服装はゆったりとした濁った白の麻の服、顔を隠す編み笠、腰につけられた皮の鞄。

 もうかなり長い距離を旅してきたのか、元は純白だった服が濁ってしまっている。編み笠や鞄もあちこちに擦り切れが見えた。


――珍しいな。


 これは俺の故郷、大陸東方の伝統的な旅人の服装。南方に位置する魔王国ではまず見られない代物だ。

 客は真っ直ぐにレジ前へ、俺の前に立つ。編み笠に隠れ、その顔は見えない。

 やがて、口を開いた。


「――――久しいな、ウォン・ガンロウ」


 囁くような声が呼ぶ名は、捨てたはずの、かつての俺の名前だった。



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