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オーガと潜ろう7《ラスト》

「本んっ当おぉぉぉに、すいませんッした――――ッ!!」


 土下座、ただ全力で土下座。額をつけた絨毯はほんのり暖かかった。……あれ、これ床暖房?




 竜二体に連れてこられたのはダンジョン二十階層、つまり先ほどド突き合いをした階層の隠し部屋だった。


「ちょっと待っとってな兄ちゃん。えーと……お、あったあった。ほいっと」


 ダンジョンの壁際に立つと老紳士の声の竜がどこからともなく取り出したリモコンらしきものを起動、即座に壁が割れ、スライドして開いた。……自動ドアらしい。


 招かれた空間は、血と闘争の戦場たるダンジョンとは一線を課す、穏やかな部屋だった。

 

 きめ細かい上等のレンガ、炎がはぜる暖炉には鉄鍋に入ったシチュー、緩やかな時間の流れる屋敷の一室といった風情。

 ただし、全てが身長二十メートルの竜サイズだが。


「あらあら、そんなことしなくていいんですよぉ、元はと言えば主人が悪いんですから」


 コロコロとしたのんびり口調の老淑女の声が聞こえる。もう片方の竜、――というか奥さんの方――がこちらに首を伸ばした。


「まーあれじゃの。ワシも大人げなかったし、ほれ、(こうべ)上げてくれんかの? な?」


 俺の眼前には、つい先ほど死闘を繰り広げた竜、――つまり旦那の方――が腹ばいに伏せている。後頭部首筋にはこれまた竜サイズの特大氷嚢を当てていた。


 結論から言うと、やはり竜はサイトーだった。というか夫妻だった。……なんかおかしいとは思ったんだよ、ブレス吐かないしなんか攻撃手抜いてるぽかったし。


「私達夫婦はずっとこのダンジョンの部屋で隠居してましてねぇ、ほら久しぶりに知ってる人以外で人がいるって珍しくて。そしたらうちの人が『迎えに行ってくる』って聞かないんですよ」


 奥さんの方の竜が旦那をあきれ気味に見つめた。


「この人もういい年なのにまだ子供っぽいんですよ。大方一つ驚かそうとして吠えたり火吹いたりしてたんでしょうけど……

それでこうなってるんですから、自業自得ですよ、あなた。そこのお兄さんたちもごめんなさいねぇ、怖い思いさせてしまって申し訳ないわぁ」


 穏やかな声で謝罪する老淑女。旦那の方は決まりの悪そうな顔をしていた。どうやら力関係は奥さん>旦那らしい。


「いえいえこちらこそ先輩が飛んだご無礼を……あ、このカップケーキおいしいですね」


「それにしてもこの紅茶いい茶葉使ってますね! おかわりいいですか?」


――こいつらぁ……!


 土下座する俺の後ろで響く声。ゆっくりと立ち上がり、声の方向へ振り向く。ああ、血管切れそう。


「……お前ら、何のんびり茶しばいてんだよ!」


 何もかも巨大な竜の部屋、その中で唯一の人間サイズのテーブルと椅子。

 そこに腰掛ける、オーガと魔術師。


「え、いやほら、おもてなしはキチンと受けないと失礼じゃないですか、先輩」


「そうですよ! こういうのは感謝して頂かないと……あ、ありがとうございます」


「喜んでもらって嬉しいわぁ、久しぶりのお客さんだから茶葉奮発したのよ。カップケーキもたくさん焼いてるからどんどん食べてちょうだいね」


 巨大な爪の先でティーポッドからメリルへ茶を注ぐ奥さん。カップケーキもキチンと人間サイズなんだが、器用なもんだなおい。


「調子乗ってたワシも悪いとは思うんじゃがのう、正直まさか素手の人間が竜に殴りかかってくるとは思わんかったからなぁ。常識的に考えて」


「そうですね。いくら先輩でも竜に素手で殴りかかることはしないと思ったんですが。常識的に考えて」


「やっぱりジムさんってどこか常識外れですよ。常識的に考えて」


 うるさいっつうの。


「――しかし、まさかダンジョンに住んでいるとは俺も思いませんでしたよ。こんな快適な部屋まで作ってるなんて」


 生息、ではない。まさしく居住。まさか文化的かつ文明的な生活をドラゴンが営んでいるとは思わなかった。自動ドアと床暖房まで完備しているとは俺のアパートより遥かに良い部屋だ。……ダンジョンって住めたんだなぁ。


「ワシは元々魔王軍の軍属でなぁ、ちゃんと住民登録までしておるぞ。退役後に『どこか静かな場所で隠居したい』といったら、知り合いにここを紹介してもらったんじゃよ」


「退職金でリフォームして、恩給でのんびり暮らしてるのよ。たまに知り合いの娘さんが来てくれるんだけど、それ以外の人は全然来なくてねぇ」


「最近ダンジョンにコンビニというものが出来たから、一つ人に化けて行ってみようと思ったんじゃが……あんま長い事使ってなかったから人化の術忘れててのう」


「忘れてるのはあなただけですよ。じゃあ私だけが人に化けて買いに行くっていったら『自分も行きたい』って駄々こねはじめるんですから。

コンビニさんに連絡したら店長さんが配達してくれるっていうからお願いしたんですよ」


 最初はとんでもない見た目とダイムの解説に面食らったが、基本的にはお茶目なだけの仲のいい夫妻のようだ。


「ああ、ほれ、なんじゃっけ、注文してた弁当。『辛そうで辛くない少し辛いあっやっぱすげー辛いだめ! 後からきた! これだめ! 死ぬ! ……だめだな、こんなラー油は出来損ないだ、本物のラー油じゃない、一週間、一週間あれば究極のラー油を用意して差し上げますよ、な食べられるラー油を使った特選牛カルビ重弁当』だっけ? そろそろどんなもんか食べたいんじゃが」

――なんかまた名前変わってきてるぞ……


「はい、こちらに……」傍らのキャリアーを開け、中身を確認。この際商品名なんかどうでもいい。「受け取りに判子もらえますか?」


「ああ、判子な、ばーさん判子どこじゃったかのう。四、五十年前にタンスに閉まったと思うんじゃが……兄ちゃん、やっぱサインでもええか?」


 四、五十年か……やはり竜と人では時間感覚が違うな。


「別にサインでも構いませんよ」


 おお、スマンのう――太い爪先でボールペンを握る老竜。さらさらと俺が持つ受け取り書にサインを書いていく。

 器用だなぁ、つうか達筆過ぎて読めねぇ……


「あ、お客さん。こっちの食玩のほうは……」


 キャリアー奥の食玩を引っ張り出す。やはりこれも竜、多分奥さん辺りの趣味なのか?


「おお、忘れとった。これはワシらじゃなくて知り合いの娘の頼まれもんでな、注文する時に一緒に取ったんじゃよ」


 あれ? 竜夫妻の物じゃないのか?


「小さい頃から知ってる娘でしてねぇ。私達の所に大きくなった今でも遊びに来てくれる優しい子なんですよ。

それに最近お仕事関係でとても偉くなったんですって。なんだか私達も誇らしいわぁ」


 知り合いの娘さんはどうやらこの夫妻にとって孫娘のようなものらしい。とても性格のいい人なんだろうか。


「じゃあ俺達もそろそろお暇を……おい! ダイム、行くぞ!」


「あら、もうすぐその娘がくるのよ。良かったらもうちょっとゆっくりしていかないかしら?」


「そうじゃなあ、もう少し茶でも飲んでいかんか?」


「あー、いやこの後も仕事があるもんで……」


 チーンと不意にベルがなる。訝しげに振り向くと部屋の隅にある人間サイズの扉、その上部のランプが点滅していた。


「あらあら、ゼルフィアちゃんが来たみたいね」


 奥さんが巨体を揺らして扉へ近づいていく。


「……あの扉は何ですか?」


「ああ、あれは例の知り合いがつけてくれた魔王城直通の非常通路(エレベーター)じゃ。ゼルフィア、知り合いの娘が来るのに使ってんじゃよ」


 偉くなったとは聞いたが、ずいぶん権限があるんだな。


「先輩、ゼルフィアって名前ってひょっとして……」


 いつの間にか近くに来ていたダイムが呟く。なんだ? 聞き覚えのある名前なのか?

 ゆっくりと開く扉、中にいる人影が現れる。

 長身かつ整ったプロポーション、三つ編みにまとめた紫の長髪、厚めのメガネ、上下は安っぽい水色のジャージだった。

 そして何よりも最大の特徴、赤くなった目元と鼻をすする声。つまり、半泣き。


「ば、ばあち"ゃん……」


「あらあらゼルフィアちゃんどうしたの? そんなに泣いて!」


 泣きの入った第一声に、奥さんが慌てる。


「なんぢゃあ!? ゼルフィアどうしたんじゃあ? 誰かいじめられたんか?」


 駆け寄っていく旦那竜。というか、あの人って……


「なあ、ダイムあれって……なんか見覚えある人なんだが」


「……ええ、多分先輩の思った通りです」


「ばあちゃん、またアリスに本捨てられた……」


「まあ! またなの! 小さい頃はあんなにゼルフィアちゃんとアリスちゃんは仲良かったのに……」


「ううむ、ゼルフィア、ちょっとアリス呼んでこい。じいちゃんが説教してやる!」


 捨てられた本……多分、BLかなぁ……


「うん、大丈夫だから、本は最悪もう一回買い直せば……げっ!」


 娘さんの視線がこちらを見て固定。表情に現れる動揺。いわゆる『見られたくないものを見られた表情』


「な、なんでお前らここに! ……あ、いやえーと私はアリス、アリスだ! 魔王じゃないぞ!」


 とっさに偽名を名乗るゼルフィア――――というか魔王さん。……アリスってたしか側近の名前だよな? いいのかそっち名乗って? ひょっとして魔王さんこんななのはこの夫妻が甘やかしてるからなのか?


「あのー、もう正体モロバレですから、魔王さん。第一、そのジャージの格好で深夜におでんやらアイスやら買いに来てたじゃないですか」


 深夜勤務であの格好はよく見ている。まさかバレてないと思っていたとは。


「なっ!? 知ってたのか! バレてないと思ってたのに!」


 魔王城地下ダンジョンをジャージでウロウロ出来る姉ちゃんなんぞあんたしかいねぇよ。


「魔王さん、別に食玩とかわざわざダンジョンに配達しなくても、魔王城くらいなら届けますよ? というかダンジョン潜るのはキツいんで正直配達はちょっと……」


「仕方ないだろ、世界のウサギシリーズの隠しのヴォーパルバニーが欲しかったんだ! それに、あ、あれだろお前ら……」


 魔王さんに、一瞬の逡巡が見える。しかし意を決したように喋りだした。


「良い年した大人、それも魔王がこういうおもちゃを買うと……影でこそこそ『大人気ない』とか『ダメ大人』とか『ミーハー』とか色々言うんだろ? アリスのやつが言ってたぞ」


 なんかそうとう不信に思われてんのかな俺達。あの店長が怪しいのはしょうがないけど。


「あのね、魔王さん。俺達は一応客商売なんすよ、少なくとも店の商品をどんな人が買おうと、それを影で笑ったりはしませんよ。俺だって影でそんなことをする店には行きたくありませんからね。うちの店長はそういうのは厳しいタイプですし」


 実際、店長はチャランポランに見えるが、接客態度には厳しい。裏で客を笑う事は絶対してはいけないとまず最初に言われた。


「先輩の言う通りですよ。それにああいう食玩はむしろ大人が集めるものですから、別に魔王さんが集めても別に変じゃありません。僕だって生物図鑑シリーズ集めてますし」


 抗弁に加わるダイム。そういやこいつも色々集めてたな。


「う、うむ、――そ、そうか、別に変なことじゃないのか……な」


 魔王さんの強張った表情が徐々に溶ける。どうやら思い込みとわかってもらったようだ。


「あ、じゃあ食玩の箱振って中身探ったり、計り持ち込んで重さ計ったりしてもいいよね!」


「それはだめです」


 魔王さん、それは営業妨害だ。


「……この人ほんとにあの魔王なんですか?」


 口を挟むメリル。猜疑の視線を魔王さんに向ける。無理もない、魔王といえば魔族最強、冒険者最大の障壁。このどうみても家の近くに買い物にきた姉ちゃんではそうは思えないだろう。


「あ、ジムさんそれって『世界のウサギシリーズ』! それ私も集めてるんですよ」


 俺の手に持つ食玩に気づく。どうやらメリルも魔王さんと趣味が同じらしい。


「お、なんだお前も私と同じやつを集めてるのか?」


 少し嬉しそうな反応を見せる魔王さん。やはり同じ趣味の人間が近くにいないのだろうか。


「え、魔王もこのシリーズ集めてるんですか?」


「あ、ああ! 良かったらダブったやつ交換しない……」


「――うわぁ、魔王がウサギのフィギュア集めてるとかイメージ崩壊もいいとこですね! 自分のキャラクターわかってるんですか!? ギャップ萌え狙いとか今時寒いだけですって」


「え、いやあのちょっ……」


 困惑の声を上げる魔王さん、ショックで一歩足が引く。オイ、メリルもう止めろ!


「大体魔王がそんなの集めてどうするんですか? 寝る前に名前とか付けて遊ぶんですか? 成人でそれは有り得ないですって」


「う、うう、」


 魔王さんの足が更に引く。図星か? ひょっとして図星だったのか? おい、メリル空気読め、頼むから空気読め! メリィィィルッッ!!


「――うわああぁぁぁぁぁああんっ!!」

 身を翻す魔王さん、そのまま猛スピードで扉へ走っていく。逃げる気らしい、かなりショックだったのか!


「魔王がウサギ好きで悪いかぁぁぁ……あだっ!」


 あ、コケた。しかも結構派手に。


「ゼルフィアちゃん! どうしたの!」


「なんぢゃ、ゼルフィア、派手に転んだのう」


 魔王さんに夫妻が駆け寄る。やっぱ過保護だなぁ。


「うぅ、イジメるよぅ……魔術士がいじめてくるよぅ……」


 うわぁ、魔王さん結構打たれ弱いんだなぁ。


「やった! やりました! ついに念願の魔王を倒したよジムさん!」


 ガッツポーズを決めるメリル。……この娘は実力とか攻撃力とかでは計れない破壊力を持っている……っ!

 メリル、恐ろしい娘!


「あのー先輩、そろそろ戻らないと店長に怒られるんじゃ……」


「ん、そうだなぁ」


 腕時計で時刻を確認。この時間帯は……




同時刻、デッドライン魔王城ラスダン


「店長ー! いくらレジをやってもお客さんが無くなりません!」


「ああ! リドもうちょっと頑張っテ! ……ジム君達はいつ帰ってくるんでしょウ? 私もう限界……」




 ……一番忙しい頃だな。


「ダイム……もう一杯紅茶頂いていくか?」




 後日、人件費が割に合わないとの事で配達は取りやめになった。

 それから、たまに赤背広の老紳士と赤服の老淑女というダンジョンに全く場違いな夫婦が買い物に来るようになったが、とりあえず俺は気づかないふりをして、軽く挨拶をする程度にしている。

 

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