深夜の日常
ほそぼそと、書いていこうと思います。
黒一色、夜の彩を映す窓には俺の顔が映っていた。
ふち無しのメガネ、目元を隠すまで伸びたボサボサ気味の黒髪、特徴の無い若者の顔、それもとびきりの退屈に浸りきった表情だ。反転して映る「ジム・スミス」の名札も心なしかくたびれて見える。
無理もない。夜勤、深夜のコンビニのバイトなんぞこんなもんだ。
時給に釣られて来てみれば、ずいぶんと立地に面食らったが、慣れてみればどうということは無い。
魔王城、俗に言われるラストダンジョン内といっても馴染んでしまえばこんなもの。
深夜の店内では四人ほどの客がいるのみ。さっきから四時間くらい入り浸っている完璧に時間潰しにきた馴染みの客だ。
――ん? あれは……
ピコーン
「――あ、いらっしゃぁせぇ」
来客用のブザーに体が反応、俺はもはや反射動作になった挨拶を力無く告げた。
「…………」
挨拶を完全に無視、まるで財布でも落としたかのような仏頂面のまま、見慣れた客がづかづかと店を歩く。
見た目は二十代半ばほどの年齢。輝きを放つ紫の長髪と高い身長、黒い隈取りが映える目元、朴念仁と笑われる俺でも、最初見た時は思わず黙ってしまったほどのシャープかつダークな雰囲気を纏う美しい女性だ。
冷たい眼から放たれる視線からは鋭角な殺気を放たれる。
全身にはやたら有機的なラインを描く尖ったデザインの紫色の鎧をまとっていた。なにか夜中にかたかた動きそうでいやなデザインだ。
肩からは固まる寸前の血のような、クリムゾンレッドのマントが風も無いのに緩やかに揺れている。
客の歩みは入ってからすぐに右へ曲がった。俺のいるレジの反対側、窓際の雑誌コーナーへ向かっていく。づかづかと、そりゃあもう力強くづかづかと。
――……あー、またかよ。
そしてそこでヤングジャンプを立ち読み――というか袋閉じを歪めて斜めから見ようとしている――二人組の内の一人のすぐそばへ進んでいく。
目標の一人、中肉中背の若い男は豪奢な鎧を纏っていた。背に背負うは神々しい大剣。いわゆる岩とかに刺さってそうな伝説っぽい例のブツな感じ。
袋閉じを斜め見しようとするその眼は、冷徹で、残酷で、何よりも必死だった。恐らくいかなる強敵を相手にした時も、この男はこんな眼はしていないだろう。
――あいつ、きっと本気で人殺す時はあんな眼をするんだろうなぁ。そんなにみたいのか表紙の見出しの『女僧侶の秘密の悩殺タイツ』
「――――おいッ!なにやってんだよ!」
「おうふッ!!」
入ってきた紫髪の美女――というか魔王――が、命掛けの形相で袋閉じを盗み見しようとしていた二十代の男――このアレなのが勇者――に怒号を飛ばす。驚きでビクリと身を震わせる勇者。めちゃくちゃキョドってる。これが人類の希望かと思うと人類滅んでもいいかなと思えてきた。「なにお前、ラストダンジョンで『コンビニ行ってくる』って!? 冒険者業舐めてんの!?」
額に青筋を立てて怒鳴り出す魔王。ちょっと涙眼なのは、かなり待たされたからなんだろうか。
「しょうがないだろ! きょうヤンジャンとチャンピオンの発売日だったんだから!」
もはや言い訳どころか大人としてアレなレベルの腐れ言を吐き始める勇者。つうか驚いた時に袋閉じが少し破けている。後で買い取らせよう。死なないかなぁコイツ。
「ラストバトルの途中でコンビニによるわ、オマケに四時間以上帰らないわ、お前ら勇者やる気あんの!? 無いなら帰っていいんだよ! 待たしてる配下のモンスターの時給ももったいないんだから!」
いや結局帰すのかよ。ていうか配下のモンスターは時給制だったのか。
「色々あるんだよ、回復剤切れたし、小腹すいたし、MP無いし」
そこはラスダン前なんだから備えとけ。というか覚悟しとけよ。
「やっぱ冒険者業を舐めてんだろお前! 大体……、あ、ちょっと、おい! 店員! 店員!」
長髪をなびかせ、魔王が振り返る。端正な顔に渋い表情を浮かべながら、俺を手招きして呼び寄せた。この人大人しく振る舞えばただの美人なんだけどなぁ。
「はぁ、なんすか?」
仕方無く近くへよっていく。なんかまためんどくさそうだな。
「さっきステータス確認したら、コイツらMP回復してるじゃないか!? MP回復剤は販売禁止ってこの店出す時の条件で決まってたはずだぞ!」
あー、そういえば出店の際は魔王側と色々契約条件を付けたって店長がいってたっけ。
「ああ、MP回復剤は禁止ですけど、ヒールスポットは契約に入ってないんで、有料のやつがあるんですよ」
一瞬、魔王の顔が呆ける。この人見た目はスパルタンなのにどこかヌけてんだよなぁ。
「はぁッ!? そんな抜け道あったのか!?」
「ええ、店長がそれはOKだっていってました。まあ俺はバイトなんでよくわかんないんですけど」
「店長だ! 店長呼んでこい! 私は断固抗議するぞ!」
バタバタと手を振りながら取り乱す。涙眼がより強まった。少しは落ち着け最高責任者。
「店長は転職神殿と業務提携の相談をするために、二週間ほど出張中です」
「……転職神殿? 何の業務提携だ?」
「なんでも新職業『コンビニ店員』を造るそうで。一応習熟度のクラス名が『暗黒のブラック店員』とか『絶望の廃棄弁当処理係り』とか『愛と悲しみの誤発注』とかまでは決まってるらしいですが」
「……お前んとこの店長はいったいどこを目指してるんだ?」
知るか、俺が聞きたい。
「とにかく! 条件の変更だ! ヒールスポットも禁止にするぞ」
腰に手を当て、胸を張り宣言をする魔王。鎧越しでも豊満な胸の形がわかる。少しは威厳を出そうとしているようだ。
「たしか条件の改正は二年ごと、あと一年は無理ですね」
「ああ! もう!」
苛立った声を上げ、頭を抱えてイヤイヤと振り出す。この人行動が一々子供っぽいよ。
「ふははは! 自業自得だな魔王! それもこれもコンビニのエロ雑誌にヒモをかけるという非道な行いの報いだ!」
急に元気になる勇者、コイツほんと死なないかなぁ。全体攻撃使えないまま大量のスライムに削り殺されればいいのに。
「勇者さん、今雑誌の影に隠したヤンジャン、袋閉じ部分が破れてましたから買取お願いします」
「え、いやあの、ごめんなさい買い取ります」
最初から読まずに買えよ。
「うちの配下のモンスターは未成年もいるんだ、そんな雑誌ヒモ縛りなしで売れるわけないだろ。こないだだって新入りのモンスターに『魔王様、あの縛ってある本は何の本なんですか? 内容教えて下さい』と聞かれて答えるのきつかったんだぞ」
頬を赤らめる魔王。いや、魔王さん、それ質問ぽいただのセクハラだから。
「中身を調べなかったら立ち読み……じゃない、買うかどうか判断つかないだろ! 中身さえ見えれば、はっ、そうか! おい! 盗賊!」
勇者の呼びかけにカップラーメンのコーナーからひょろ長い人影が歩いてきた。
「何だ? 俺は今新発売のチョコサワークリームきしめんと梅ジャム焼きそばのどちらにするか熟考中なんだが」
皮鎧の痩身の男――カップラーメンマニアの盗賊――が口を開いた。それ試食したけどどっちもハズレだぞ。ていうかゲロマズ。
「トレジャーサーチをこの本に使うんだ! そして内容を教えろ!」
トレジャーサーチ、盗賊のスキルで宝箱など、密閉物の中身を探る能力だ。このアホ勇者、小学生辺りが五分で思いつくが、それでもなお踏みとどまることを平気でやりやがる。そこにシビれず憧れず、武器買ったけど装備忘れたとか最高にアホな理由で死ねばいいのに。
「仕方ないな、……任せろ」
身構えた。やるつもりらしい。コイツもアホか。
「これを頼む!」
勇者の出した本は「団地妻僧侶、昼下がりのお祈り」お前どんだけ僧侶好きなんだよ。
「ぬぅんッッ!……、こ、これは!」
「ッッ! どうした盗賊!」
蒼白な顔で尋ねる勇者。お前戦闘中仲間がやられそうでもそんな顔しないだろ?
「なんてこった! 勇者、この本は……スゴくエロい」
「なん……だと……? じゃ、じゃあこっちのエロ本は!?」
今度勇者がだした本は「女僧侶が信仰ぶん投げる時」……なんでうちのコンビニは女僧侶の本が充実してるんだ? ひょっとして僧職系女子が今ブームなのか?
「ぬぅんッッ!……これは、凄まじくエロい!」
「な、なんだってぇッッ! せ、せめて内容を教えてくれ!」
「言葉を出来ないほど……エロい!」
バカだ。ミドリムシのほうが英知と教養溢れる種族に見えるほどバカだこいつら。
「あの、お客さん。今、夜遅いですし、他のお客様の迷惑になりますから静かにしてください」
俺の隣では、魔王さんがドン引き&ウジ虫を見る眼で二人を観察していた。意外と潔癖だな魔王さん。
「あ、いえ、すいません」
「あ、ごめんなさい」
一瞬で素に戻る二人、深夜のテンションの力なんてこんなもんだ。お前ら基本地味な人間なんだからそれらしくしてろよ。
「あぁ、店員さん、ちょっといいかな?」
低い声が聞こえた。勇者の隣で黙って立ち読みをしていた重厚な鎧に顔まで包まれた斧を担ぐ巨漢――戦士だ――が口を開いたのだ。つうか立ち読みしてた本が「ラスダン近くの宿屋主人が教える財テク必勝術」 ……戦士でも税金対策とかすんのか?
「『ラヴラヴ☆ベギラマたん』第十刊と『プリティー神官ペドフィーの毎日』第三刊はここには入荷していないのかな?」
……えーとその題名のマンガはたしか。
「すいません、うちじゃ入荷してない……」
「おい、そのマンガはこのコンビニどころか魔王国内ではおいてないぞ」
俺の言葉を遮って魔王さんが喋る。あ、ひょっとして言うつもりですか?
「魔王城に余りに公許良俗に反する全年齢向けロリペドマンガだから、規制してくれと市民から苦情があってな。試しに我が輩も読んでみたが、噂に違わぬヘンタイぶりだったので速攻で『魔王条例禁止図書』に登録した。いい年した大人があんなものを読むなど恥をしれ恥を!」
ああ、言っちゃったよこの人、いや魔王。たしかに話聞いて読んでみたら俺も引くらいだったけどさ。しばしの沈黙ののち、戦士が口を開いた。
「――――己が信条を貫き通し生きることに後悔は無い。……ロリペドは、恥ではない、生き様だ」
いや恥だよ全力で恥だよ。せめて隠そうよ、だれにも見えないようにしようよ。
「なっ! 痴れ者が! 一体お前ら勇者一味は何を考えて……」
「なー、そんなこというけどよう」
さらにドン引きする魔王さんに勇者が口を挟んだ。
「魔王だってこないだキワドイ内容のBLレディコミ立ち読みしてたじゃん」
それ俺も見たことあるわ。
「……ていッ!」
魔王さんのチョップが勇者の顔に炸裂、ペチりと音を立てた。魔王さんはすでに耳まで真っ赤だった。
コンビニ内では豊富な魔力や体力を誇る魔族の強盗や乱闘防止のため、攻撃魔法完全無効化、物理攻撃力99.9%OFFの結界がかかっている。そのため例え魔族の王たる魔王でも、店内で振るえる暴力はあのへなちょこチョップしかない。
……こんな結界仕掛けるとかいったいうちの店長は何もんだよ?
「誰が!」
ペチリ、と勇者の額が音を立てて叩かれる。
「BLレディコミの!」
ペチリ、と勇者の鼻がちょっと歪んだ。
「ドライな商人のヘタレ受けを読んだってぇ!?」
いや完璧読んでんだろ魔王さん。内容知ってるし。
「ちょっとぉー! 店員さんいるのー!」
「あ、はぁーい! 今行きまーす!」
レジから高い女性の声が聞こえる。ペチペチとチョップ合戦を繰り広げる魔王さんと勇者をほおって、レジへ戻るとするか。
「……だからさぁー、ないのアレ?」
「申し訳ないんですがないんですよ」
レジの前で、年齢は二十代ほど、杖を携え、赤いローブと特徴的な幅広の尖り帽子をかぶった気怠げな女性――魔術師だ――が眉根を寄せていた。……それなりにかわいいんだからそういう表情はしないほうがいいんじゃない?
「だからさぁー、チェーンソー無いの? 最近流行りらしいから欲しいんだけど」
ねぇよ。コンビニが扱うわけねぇだろ。つうかその流行りはちょっと遅れてるよ。
「いやうちの店は条件で武器は取り扱えないんですよ」
「武器じゃないわよ。日曜大工の工具よ。大体さぁー、この店だって強盗用の自衛武器あるんでしょ? それを棚にあげて……」
「武器はありませんよ。自衛の道具はこの常に後ろに置いてあるモップだけですよ」
少なくとも、俺がシフトでいるうちは武器などいらない。
「……さっきからそのモップやたら輝いてて気になるんだけど何製?」
俺の後ろでは金属製モップの柄が鈍く輝いている。
「はぁ、店長の話ではレアメタルのオリハルコン製っていってましたよ。せめてもの自衛になればと店長が造らしたそうですが」
魔術師の顔がヒクついた。
「純オリハルコン製ならうちのアホ勇者の剣より上の武装じゃない! あんたの所の店長は何もんなのよ!」
知るか、あの妖怪の正体など知りたくもない。
「前々から思ってたけどこのコンビニって変よ、立地もアレだけどいつ来てもスイーツのティラミスとかシュークリームとか売り切れてんのはなんでよ?」
「この店出す時の条件で、ティラミスとシュークリームは注文できる限界まで全部魔王さんに献上ってことになってるんですよ」
またも魔術師の顔がヒクつく。杖を折りそうなほど握りしめている。雑誌コーナーで未だはたきあっている勇者と魔王さんを睨む。
「立場思いっきり利用してるわねぇ、あのアマ……」
「城のコックはお菓子作れないし、もうトカゲステーキとか食べたくないってかなり喜んでるんですけどねぇ。ただそろそろ他のお客さんからティラミスを食いたいって苦情が……」
巨漢のオークや強面のオーガから「スイーツを喰わせろ」と詰め寄られる経験はもう二度としたくない。
ピコーン
「あ、いらっしゃ……」
ぬっとした影、のそりとした歩行。一瞬、言葉に詰まる。魔術師がそそくさと店の奥へ逃げていく。
「おい、今はあの娘はいねぇのか?」
見上げるほどの上背、太いを通り越し丸い体、黒々とした体毛に、申し訳程度のコウモリの羽。牙の目立つコワモテの顔のサイドには、捻れたヤギの角がついていた。
「お客さん、今は深夜、あの娘のシフトは昼ですよ。第一、酒に酔って入店は止めてくださいませんか?」
精一杯の作り笑顔。出来うる限りの愛想を振りまきながら、お暇を願うが、……多分いうこときかねぇだろうな。酔っるし。
このクソお客――ド腐れグレーターデーモンという種族のゴミオヤジ――は昼間働いているバイトの娘――半魔族の十六才――になにかとちょっかいだして店長から出禁喰らったロクデナシの客だ。
この魔族の国じゃ昔は人間の血が入った半魔族は被差別種族だったそうで、――最もあの魔王さんが継いでからは差別は全撤廃路線になったそうだが――大体のお客さんはまったく気にしないんだが、たまにこのド阿呆みたくいじりだすやつがいるらしい。
大方、店長が出張と聞きつけて酒の勢いできたのだろう。……店長のヤロウ、出禁にすんならしっかり脅し入れとけよ。
「あ"あッ? いないんなら呼んでこいよ、俺は客だぞ!」
「勘弁してくださいよお客さん。今は深夜ですよ」
ゲフリと息を吐くオッサン、クソ、やっぱり酒くせぇ。
「おい、なんでこの店は酒置いてねぇんだ!?」
「魔王さんとの条件で酒類は置かないと決まってるんですよ」
「だったらお前が買ってこい! 俺は客だ……」
「何をやっとるかこのバカ者がッッ!!」
かん高い怒声、空気が激しく振動する。覇気を漲らせた美貌の魔人が立っていた。魔王さんがオッサンを一括したのだ。しかし、
「ああっ!? どうやって魔王継いだかも怪しいヤツが何いってやがる。オレに指図すんじゃねぇっ!」
レジ横の商品をぶちまけ、かまわず怒鳴り出すオッサン。こいつ酒の勢いでわけわかんなくなってるな。
魔王さんがなんか近くでわたわたしてるが、結界で攻撃能力が弱められても体重は変わらないので、今の魔王さんの腕力ではこの質量だけは巨大なオッサンを店外へ排除は出来ないのだろう。……役たたねぇ、最高責任者。
「大体この店は前から気にくわねぇんだ! 店長は不気味だし、この野郎は愛想ねぇし!」
店長が不気味なのは同意だ。俺の場合愛想を最大限売ってこれだ。しょうがねぇだろ。
「あの半魔族のチビ娘だって、マジメぶっても裏じゃ客でも取ってんじゃねぇのか!?」
……オイッ
「オイ、あんちゃん、あんたも案外あの娘の客だったり……」
「勇者さん、入り口のドア全開にしてもらえません?」
オッサンの真後ろ、出入り口からこっそり逃げようとする勇者に声をかける。……こいつほんとに勇者か?
「あ、ああ、わかった店員さん!」
勇者が出入り口の両扉を全開にしたのを確認。ドアの外にはダンジョンの闇が広がっていた。
「お客さん……」
「――あっ?!」
オッサンの前に立ち、遠目の視線。真っ直ぐに出入り口とオッサンが重なるのを確認、足を広げ腰を静かに落とす。
「店長や店とか俺の悪口は別にいいんですが」
ゆっくりと息を吐き、呼吸を整える。丹田から上る「気」を脳内でイメージ、丹念に静かに「気」を練り上げていく。気を練ることと放つこと、このイメージをどれだけできるかが俺の持つ技術の背骨だ。そっと、緩く握った右拳をオッサンの腹の前、三センチほど離して置く。オッサンの推定体重は二百キロほど。ナマった俺でもまだイケるはず。
「従業員、特に女の子の下品な悪口は止めてもらえませんか、この××××野郎」
昼間だったら言えない最高峰の罵倒。言った俺さえ口を思わずゆすぎたくレベル。もちろん、
「――――ッこの、テメェッ!」
この単細胞に効果はバツグンだ。
「セイッ!!」
飛びかかるオッサンへ、気合いとともに踏み込み。大地を蹴り、練り上げた気を拳から爆発させるイメージを解き放つ。確実な、真芯を貫いた甘く懐かしい感覚。拳に走る焦熱。
次の瞬間、オッサンの体は弾けるように後ろへ吹っ飛ぶ。
「うろおおぉぉぉッッ?!」
豚のような悲鳴を上げ、三メートル程飛ぶ。そのままゴロゴロと転がり、出入り口を出て、店から五メートル離れた所でオッサンは停止した。
ま、加減してあんなもんか。
今のは寸剄、俺の打てる中では最小の距離で放てる中で最強の打撃技だ。……もっと飛ぶとおもったんだがなぁ、やっぱりナマってらぁ。
「ん?」
ふと見ると魔王さんが呆然と俺を見ていた。
「……店員君、君、武道家だったんだ?」
「ええ、食えなくて今じゃコンビニ店員ですけどね。――あ、あのおっさん店外なんであとお願いしていいスか?」
「へ? あ、ああ、わかった。後は我が輩がやろう!」
魔王さんが店外――つまり結界範囲外――を一歩出た直後、倒れるオッサンめがけ特大のファイヤーボウルが炸裂した。……ありゃ、全治半年ぐらいかな。
さて、と。
しみじみと自分の名札を見つめる。あらゆる存在が弱体化するコンビニ――デッドライン、ラスダン支店――において例外はもちろん存在する。
店員の証たる名札を持つ者のみが結界の影響を受けつけないのだ。
「どぉれ、品物並べ直すか……?」
店の出入り口でデカい雑巾――否、オッサンの回転に巻き込まれて倒れている勇者を発見。
ま、生きているみたいだからいいか。
今夜も退屈だなぁ。
次回はバイトの女の子が出てくる予定……です。