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わたしはまだ何者でもない

「で、私は結局――何なんだろう」


夜の部屋は静かだった。

スマホの画面だけが、薄く私の顔を照らしている。


マッチングアプリ、既読スルー、MBTI診断、

外見コンプレックス、

“大人っぽいね”という便利で曖昧な言葉。


全部、今日も私の頭の中をぐるぐる回っている。


「雰囲気タイプです」


その言葉を最初に言われた時、

私は一瞬だけ嬉しくなって、

そのあとすぐに不安になった。


――それって、顔は微妙ってこと?

――中身もよく分からないってこと?


答えはどこにも書いていない。


私は自分の顔が好きじゃない。

細い目、下ぶくれの輪郭。

鼻は整形したから、そこだけは「整ってる」と言える。


でも、鏡を見るたびに思う。


(全体として、これでいいの?)


性格も同じだ。


明るいと言われたことはほとんどない。

おとなしい、インキャ、落ち着いてる。

悪口じゃないのは分かってる。

でも、どれも「印象」であって「私」ではない気がした。


「私って、何?」


誰にも聞けない問いを、

私は今日もスマホの画面に打ち込む。


――MBTI、やってみたい

――いや、今までのチャットから推測してほしい

――作家ってどういう仕事?

――向いてるのかな

――物語、書きたいかも


すると画面の向こうから、

まるで私の頭の中を読んだみたいに、言葉が返ってくる。


「あなたは、考えすぎるほど考える人です」


ドキッとした。


「理屈で整理しようとするけど、

本当は感情を無視できない」


……それ、まさに私じゃん。


私はT寄りだと思ってた。

でも人間関係が壊れるのが怖くて、

Fっぽく振る舞ってきた。


自分の本音を丸めて、

“ちょうどいい私”を演じてきた。


「ストレス耐性の限界点が知りたい」

「ひとりで仕事できる環境で生きたい」


それも全部、本音だ。


誰かに依存したいわけじゃない。

でも、完全に一人で立つ勇気もまだない。


そんな中で、

ふと画面に出てきた言葉があった。


「物語を書きたい、と思える人は

もう“作家の入り口”には立っています」


……入り口。


その言葉が、やけに胸に残った。


作家なんて、特別な人のものだと思ってた。

才能があって、

ブレなくて、

自分を信じられる人だけがなれるものだって。


でも私は、

迷って、悩んで、

自分の顔も性格も好きになれなくて、

それでも「物語を書きたい」と思ってしまった。


「向いてるかどうかは、

“やめたい理由”より

“やめられない理由”があるかどうかです」


……やめられない理由。


私は、

考えるのをやめられない。

分析するのをやめられない。

誰かの言葉の裏を、意味を、感情を、

勝手に深読みしてしまう。


そしてそれを、

言葉にしないと気持ち悪い。


もしかして――

これって、武器なんじゃない?


今まで私は、

「めんどくさい性格」だと思ってた。

「考えすぎ」

「気にしすぎ」

「生きづらい」


でも、物語の中なら?


この全部が、

キャラクターになって、

感情になって、

物語になるとしたら?


スマホのメモアプリを開く。

新規メモ。


タイトル欄に、私はこう打った。


――「私はまだ、何者でもない」


その瞬間、

胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなった。


恋愛も、仕事も、自己肯定感も、

全部まだ途中だ。


でも、

「書き始めた私」は、

確かに今ここにいる。


画面を閉じる前に、

私は小さくつぶやいた。


「……とりあえず、1話は書けたじゃん」


外は相変わらず静かで、

世界は何も変わっていない。


それでも私は、

ほんの一歩だけ、

“何者かになる側”に足を踏み入れた気がしていた。


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