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最終回 第二十三話

 エレノア・フォン・アールデムの心は、春の小川のように穏やかに、そして絶えず喜びのさざ波を立てていた。


 ロゼと、共に生きていく。その決意を父と兄に伝え、受け入れられたことで、エレノアの心は確かな未来への希望で満たされた。


 世間の風当たりはまだ冷たいかもしれないが、エレノアはもう、一人ではない。ロゼが隣にいてくれる限り、どんな困難も乗り越えられる。そう、心から信じることができた。


 公爵家の人々は、エレノアとロゼの関係を静かに見守っていた。


 ルーク兄様が理解を示してくれたことで、表面上は波風が立つことはなかったが、メイドたちや一部の執事の間では、二人の親密さに驚きや、好奇の目が向けられることもあった。


 しかし、ロゼはもう、そんな視線に怯えることはない。エレノアが隣にいてくれる安心感が、彼女の背中を押し、メイドとしての仕事にも、一層の自信と輝きが増していた。


 ある日の午後。エレノアは、ロゼと共に、公爵家が所有する小さな私設の礼拝堂にいた。


 ステンドグラスから差し込む柔らかな光が、堂内を七色の輝きで満たしている。そこは、アールデム家が代々、家族の節目や大切な誓いを立ててきた、神聖な場所だった。


 エレノアは、ロゼの手をそっと握った。


「ロゼ。わたくし、ここであなたと誓いを立てたいの」


 エレノアの言葉に、ロゼは大きく目を見開いた。その瞳には、期待と、そして微かな緊張が入り混じっていた。


「エレノア様……?」


「わたくしたちの愛を、誰にも、何にも、邪魔されないように。そして、わたくしたちが、永遠に共に歩むことを、神と、そしてお互いに誓うのよ」


 エレノアの言葉は、ロゼの心に深く響いた。それは、形式的な結婚というよりも、二人の魂を結びつける、真実の誓いを意味していた。






 *****






 その数日後。公爵家の礼拝堂には、オスカー公爵と長兄ルーク、そして公爵家で二人に最も理解のある主任執事と、主任メイドが、静かに集まっていた。彼らは、二人の最も大切な誓いの場に、証人として立ち会うために来たのだ。


 エレノアは、純白のドレスに身を包んでいた。それは、社交界で着る華やかな装飾のものではなく、ただ純粋な白一色の、シンプルなドレスだった。髪には、控えめな白い花飾りが編み込まれている。


 ロゼもまた、新調された、エレノアが贈った上質なドレスを身につけていた。その黒髪のショートカットは、丁寧に整えられ、その小さな身体は、いつも以上に輝いて見えた。


 エレノアとロゼは、礼拝堂の中央に立つ祭壇の前で向かい合った。


 祭壇の上には、厳かに輝く『光の聖杯』が置かれている。かつてエレノアが破壊しようとした聖杯は、今、二人の愛の誓いの証として、そこに存在している。


 オスカー公爵が、静かに口を開いた。


「エレノア、ロゼ。今、ここに集いし者たちは、お前たちの愛を見守り、祝福するために参列した。身分や、過去のいかなる隔たりも、お前たちの心を阻むものではない。互いを信じ、支え合い、真の愛を育むことを、ここに誓いなさい」


 オスカー公爵の言葉は、厳格な公爵としてではなく、娘の幸せを心から願う父としての、温かい言葉だった。


 エレノアが、ロゼの手をそっと握った。


「ロゼ。わたくしは、前世で、深い苦痛と憎悪に囚われていました。人間を信じられず、復讐することだけが、わたくしの生きる意味でした。この世界に転生してからも、『善行の呪い』に苦しめられ、孤独の闇の中で、もがき続けていました」


 エレノアの声は、礼拝堂に響き渡る。その言葉には、偽りも飾らない、エレノアの真実が込められていた。


「ですが、あなたは、そんなわたくしの前に現れ、わたくしの歪んだ悪意さえも、純粋な心で受け止めてくれました。わたくしが、最も憎むべき『いじめ』をあなたに与えた時でさえ、あなたはわたくしを恨まず、私を信じ、私を赦そうとしてくれた」


 エレノアの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。ロゼもまた、エレノアの言葉に、涙を流している。


「あなたの純粋な愛情が、わたくしを『善行の呪い』から解放し、歪んだ復讐心から救い出してくれました。あなたは、わたくしに、真の『愛』とは何かを教えてくれました。わたくしは、あなたのいない人生など、もう考えられません」


 エレノアは、ロゼの手を強く握りしめた。


「ロゼ。わたくし、エレノア・フォン・アールデムは、ここに誓います。あなたの全てを受け入れ、あなたの過去も、現在も、未来も、全てを愛します。どんな時も、あなたの隣に立ち、あなたを守り、あなたを支え、あなたと共に笑い、共に歩んでいくことを、永遠に誓います」


 エレノアの言葉は、揺るぎない決意と、ロゼへの深い愛に満ちていた。


 次に、ロゼが、震える声で語り始めた。


「エレノア様……。わたくしは、孤児として生まれ、誰からも必要とされない存在だと思っておりました。公爵家に来てからも、不器用で、ドジばかりで、いつも皆さまにご迷惑をおかけしてばかりで……」


 ロゼの声は、嗚咽に混じって、かすれていた。


「エレノア様が、わたくしに『指導』してくださった日々は、確かに辛うございました。ですが、わたくしは、あの時、エレノア様が、わたくしに期待してくださっているのだと、そう信じておりました。エレノア様のお言葉が、わたくしを奮い立たせ、わたくしを成長させてくださいました」


 ロゼは、涙を流しながらも、エレノアを真っ直ぐに見つめた。


「エレノア様が、わたくしに心から謝罪してくださった時、わたくしの世界に光が差しました。わたくしは、エレノア様の苦しみを理解し、エレノア様がどれほどお辛かったかを、痛いほど感じました。そして、わたくしは、エレノア様と共に、しあわせになりたいと、心から願いました」


 ロゼは、エレノアの手を握りしめ、その小さな身体に、確かな決意を宿した。


「エレノア様。わたくし、ロゼは、ここに誓います。あなたの全てを受け入れ、あなたの過去も、現在も、未来も、全てを愛します。どんな時も、あなたの隣に立ち、あなたを守り、あなたを支え、あなたと共に泣き、共に歩んでいくことを、永遠に誓います。エレノア様は、わたくしの太陽でございます。わたくしの、全てでございます」


 ロゼの言葉は、純粋で、ひたむきな愛に満ちていた。






 誓いの言葉を交わし終えると、エレノアとロゼは、互いの薬指に、シンプルな銀の指輪をつけ合った。それは、宝石一つない、素朴な、しかし純粋に輝く、二人の愛の証だった。


 二人は、そっと抱きしめ合った。その瞬間、礼拝堂を包む光が、一層強く輝いたように感じられた。

 オスカー公爵は、その光景を温かい眼差しで見守っていた。彼の目にも、うっすらと涙が浮かんでいる。


 ルーク兄様もまた、最初は複雑な表情をしていたが、今では静かに微笑み、二人の幸せを祝福していた。主任執事も主任メイドも、感動で胸がいっぱいになっている。


 礼拝堂を出ると、外は、澄み切った青空が広がっていた。小鳥たちがさえずり、庭園の花々が風に揺れている。全てが、二人の新たな門出を祝福しているかのようだった。


 エレノアは、ロゼの手を強く握りしめた。


「ロゼ。わたくしたちは、もう独りじゃない。これからは、二人で、どんな困難も乗り越えていこうね」


「はい、エレノア様!」


 ロゼは、満面の笑顔で頷いた。その瞳には、エレノアへの揺るぎない愛情と、未来への希望が、きらきらと輝いていた。


 悪役令嬢になれなかった公爵令嬢と、孤児院出身のメイド。二人の愛は、身分や過去の隔たりを超え、確かな未来へと向かって進み始めていた。この誓いの時が、エレノアにとって、真の幸福を掴む、始まりとなったのだ。




(おしまい)



この物語が、あなたに愛をもたらしますように。

愛をこめて 翠野ライム

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