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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
第2章
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第8話 雪辱・迷宮・パートナー(3)

チハヤが背負う、彼女の背丈を超えるほどの大剣。チハヤはそれを片手で事も無げに引き抜き、コテツの目の前の机に置いた。ずん、と重みのある音が響く。


「私のハザマ刀、『断風(タチカゼ)』です。……これで緋火竜に挑み、そして、敗れました」


『断風』。2メートル近い全長と、30センチを超える刀幅、並の刀の数倍の厚みが特徴のハザマ刀。一振りで強風が吹き荒れ、巨大な樹木も容易く薙ぎ倒す。刻まれた魔術は「風の太刀」。斬撃を風の刃として飛ばす、強力な遠距離攻撃だ。


(断風は、良業物の中でも上位のハザマ刀。こいつでも、緋火竜には歯が立たないのか)


ハザマ刀には、上から順に最上大業物・大業物・良業物・業物と呼ばれるランクがある。業物・良業物の多くは製造法も流通し、普通の鍛冶屋が扱えるのも良業物までになっている。とはいえ、良業物の中でも上位の断風は、王国剣士団でも使いこなせる者は多くないだろう。


ちなみに、さらに高ランク大業物・最上大業物はほぼ特注品。それぞれが貴重な素材と高度な魔術、そして一握りの鍛治師の技術により生み出された、世界で一振りの刀といえよう。ただ、並の鍛治師がオリジナルで打ったところで、ほとんどが業物にも届かない。それは「業無」と呼ばれる。


「……それにしても、よく使いこまれ、よく手入れされた一振りだ。4年、いや、3年物?」


その短い期間でこの刀を使いこなすには、凄まじい修練を要したはずだ、とコテツは感心する。チハヤもチハヤで、「一目で、そこまでわかるものですか」と驚きの表情を見せた。


「あなたの見立て通り、この刀を手にしたのは入団から1年後で、今からちょうど3年前です。元々の私は、小振りの刀で速さと手数で戦うスタイルでした。しかしそれでは、強力な魔族に真正面から戦うことはできない。だから、大剣の断風を使い始めたんです。……ただでさえ若い女だと、色々と舐められますから」


若くして王国剣士団に入団し、ミウと2人で生きてきたチハヤ。詳しい事情には踏み込めないが、色々と苦労があったのだろう。もう一度チハヤは断風を手に取り、すっと水平に持ち上げた。チハヤの細く、しかし鍛え抜かれた右腕は、ひとつの震えもない。


「この刀を不自由なく振るえるようになった頃、私は剣士団二番隊の中でも、十指に入る実力があったと思います。……今は伸び悩み、下から数えた方が早いでしょうが」


ウォーバニア王国剣士団は、総団員200名超。1人の総団長を頂点に7つの部隊に分かれ、各隊は隊長・副隊長と30名前後の隊員で構成される。隊の中で十指に入るとは、全体でも上位3割前後の実力を持っていると考えていい。世界最強と名高いウォーバニア王国剣士団において、だ。


「緋火竜と戦ったとき。風の刃は、灼熱の息に飲まれ届きませんでした。数時間に及ぶ戦闘の中で、一度だけその懐に飛び込むことが出来ました。しかし渾身の一太刀も、硬い鱗と分厚い肉に阻まれた。……あの怪物を倒すには、もっと大きな刀が必要です。炎の息ごと両断できるような、強大な一振りが」

「……確かに。今のチハヤさんの膂力なら、もう一回り大きい刀も振るえそうだ」


チハヤは力強く頷く。その表情から、断風を扱えるようになってからも鍛錬を積み上げてきた様子が窺えた。そこでコテツはふと、クロガネから課された修行の一つを思い出す。おもむろに、再度チハヤに右手を差し出した。


「チハヤさん。もう一度、俺の手を握ってくれないか?」

「……? はい。構いませんが」


少し困惑した様子で、チハヤはコテツの右手を握り返した。コテツは瞳を閉じ、チハヤの手のひら越しに伝わってくる情報に全神経を集中する。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「一流の鍛治師は握手ひとつで、そいつがどんな剣士か解っちまうもんだ」


それが、クロガネの教えだった。手の大きさ、指の長さ、握力、血の巡りや筋肉の動き。掌から伝わる情報は無数にあって、そこから剣士の特徴を掴むことができる、と。かと言ってコテツはこれまで、鍛治師である師匠の手しか握ったことがなかった。


(だから、その言葉は眉唾だったけれど。……確かに剣士の手には、その剣士の力量が表れている)


改めて、チハヤの手の感触を確かめる。手のひらの固さは近しいが、手のサイズはコテツより一回りは小さい。指の細さや形、力の入り方などもまったく違う。それらの情報を通して、チハヤの剣士としての輪郭が少しずつ浮かび上がってきた。もっと知りたい、と反応を確かめるように握る力に強弱をつける。


(……あれ。掌の温度が、ちょっと上がったような…)


内心で首を傾げた瞬間、コテツの全身がふわりと宙に浮かんだ。そして2秒後、けたたましい音と衝撃がコテツを襲った。


チハヤが、コテツを投げ飛ばしたのだ。


「……妙な触り方を、しないでいただけますか」

「……も、申し訳ない」

「貴方を、一定以上は信用することにしました。しかし、不審な振る舞いを許容できるほどではありません」


見下ろすチハヤの瞳に、光はない。


「……まさか。まさかミウにも、同じようなことはしていないでしょうね?」

「し、してない。です。ミウさんには、その必要はなかったし……」

「必要?必要があればしたのですか?そしてなぜ、私にはその必要があったのですか?」


いつの間にか、断風の柄に手をかけているチハヤ。コテツの右手は急激に冷えていき、痛みで熱くなっていたはずの背中からは、冷汗が一気に噴き出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


コテツは慌てて、先ほどの握手の理由を説明した。チハヤは胡散臭そうに弁明を聞いていたが、握手の情報から剣技の癖をいくつか言い当てると、ひとまず納得した様子だった。コテツは胸を撫で下ろしつつ、自らの無礼を省みる。


「……気を、取り直して。今後の手筈なんだが」

「そうですね。少し握手した程度で、新しい刀は造れそうなのでしょうか?」

「……ええと。少し、情報整理する時間をくれないか」


3日後の昼にまたここに来て欲しい、とコテツは伝えた。もらった資料を見直しつつ、彼女の戦力と緋火竜の戦力について詳細に分析する。刀の試し打ちまではいかないまでも、造る刀の方向性は固まってるはずだ。


「わかりました。ではまた、3日後に。……生半可な刀では、赫竜に刃は届かない。改めて、そう伝えておきます」


チハヤは軽く頭を下げると、早足で鍛冶屋くろがねを後にした。



「ふう……」


緊張の糸が切れたコテツは、思わずため息をつく。そこで、忘れていた背中の軋みが気になり出した。コテツは立ち上がって、軽く体を捻る。派手に投げられたように思えたが、さほど痛みは残っていない。受け身の覚えはないので、あれでも接地の勢いを多少和らげてくれたのか。腕力はもちろん、その力加減の繊細さに驚いた。


再び椅子に座り、緋火竜の資料を頭から目を通す。体の細かい特徴、魔術の分析、生物としての習性。被害状況の報告書も、思わず目を背けたくなる衝動を抑え込み、一字一句漏らさず読み込んだ。


そして後半、チハヤと緋火竜の交戦のレポート。彼女の話通り、終始劣勢の戦いのようだった。しかしそれを包み隠すことなく、淡々と戦況を書き連ねている。もはや内容よりも、精神力と視野の広さに感服する。


(改めて、緋火竜の強さは相当なものだ。俺も今まで、師匠と何度も魔族と戦ったけど、これほどの相手はそうそういない。……だけど)


コテツは右手をじっと見つめた。そして、握っては開き、握っては開きを何度も繰り返す。まだ曖昧なその違和感の輪郭を、確かめるように。

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