第6話 雪辱・迷宮・パートナー(1)
「……はじめまして。俺は、鍛冶屋くろがねの二代目鍛治師、コテツ。……ミウさんのお姉さんが、ここに何の用で」
もしかして、クレーム的な何かだろうが。コテツは冷や汗をかくが、チハヤの無機質な表情からは何も読み取れない。確かに、艶のある黒髪や年不相応の落ち着きは、ミウに通ずるところもある……と、言えなくもない。
ただ、ミウから聞いた、「いつも優しく穏やかなお姉さま」という話から、なんとなくミウをそのまま成長させた、やわらかで純粋な人物像をイメージしていた。だから目の前の、薄く冷たい刃のような雰囲気の彼女が、ミウの姉であるという事実がまだ結びつかない。
「……そうですね。まずは、これを」
そう言ってチハヤは、懐からぱんぱんに膨れた麻袋を取り出した。それが机の上に置かれると、ごとり、と重みのある音が響いた。
「中には、200万マールぶんの金貨が入っています。……あの包丁、ミウはお小遣いで払ったと言っていましたが、足りるはずもない。妹の世間知らずで、ご大変な無礼を働きました」
「……いやいや。こんなの、受け取れないぞ」
頭を下げるチハヤに、コテツは慌てて麻袋を押し返した。200万マールは、それなりの職で毎日まじめに働いたとしても、稼ぐのに半年かかる程度の金額だ。普通の包丁なら、200本買えてもおかしくない。
「すみません、これでは足りませんでしたか?」
首を傾げるチハヤ。王国剣士団の金銭感覚はどうなってるんだ、とコテツは末恐ろしくなる。
「いや、金額の問題では……ないことも、ないけれど。ミウさんからすでにお金は貰ってる。それ以上もらう道理もない」
「……あなたは、慈善事業で鍛冶屋をやっているわけではないでしょう?自分の仕事への対価は、きちんと要求するべきだと思います。それが、プロとしての在り方ではないでしょうか」
どこか圧を感じるチハヤの問いは、コテツを試しているようにも聞こえた。彼女も王国騎士団として、命懸けで職務を全うしているはず。だからこそ、その言葉には重みがあった。クロガネの、「プロとして、仕事には見合った対価を求めるべきだ」という訓えもよぎる。コテツは一瞬言葉に詰まったが、小さく一息ついたのち、はっきりと言い返した。
「あの包丁は、『ミウさん』が『俺』に依頼した仕事だ。2人で成果物とその対価を決めて、2人とも納得のうえ仕事は終わった。後から他人にとやかく言われる方が、俺としては筋が通らない。……それに、あの一振りに見合う以上のものを、俺はミウさんから受け取ってる」
ミウが、自分の信じる言葉を信じて、仕事を頼んでくれた。それだけで、あのときのコテツにとっては十分な対価だった。さらにミウの仕事で、誰かのために刀を造る難しさと面白さを学べたし、最後には自身の想像を超える一振りを生み出せた。これ以上望む方が、罰が当たると言うものだろう。
チハヤはコテツの言葉に、ゆっくり瞳を閉じた。
「なるほど。それを誠実と呼ぶべきか、甘さと呼ぶべきか。私には判断しかねますが。ミウがあなたに懐いているわけが、少し分かった気がします。……この話を続けるのは、野暮ですね」
チハヤは、麻袋を懐にしまい直した。ひとつ咳払いをして、再び口を開く。
「では、これからの話をしましょう。鍛治師コテツ。あなたに、頼みがあります。……私の新たな刀を、あなたに打ってもらいたい」